ヤクザと憲法
映画『ヤクザと憲法』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:ヤクザと憲法 
製作国:日本 
製作年:2015年 
日本公開日:2016年1月2日 
監督:ひじ方宏史 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

ヤクザはどのような日常を送り、何を考えているのか。大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」にカメラが入り、これまで見えなかったヤクザの現実を記録。「清勇会」会長は、カメラの前で「ヤクザとその家族に人権侵害が起きている」と語りはじめる。

謎多きUMA「ヤクザ」

「ヤクザ」またの呼び名を「暴力団」って何?と聞かれれば、「悪いことをしている人たち」と答えるのが当然です。じゃあ、実際に何をしているの?と言われると、それは映画やTVドラマ、ゲームなどフィクションからの受け売りでしか答えられないのが普通でしょう。そのイメージだと極悪なことを幅広く組織的にやっていそうな印象です。

確かに警察の統計を見ると、平成27年の暴力団の検挙人数は、一部だけを抜粋すると、殺人で115人、強盗で295人、強姦で48人、暴行で1115人、傷害で2596人、詐欺で2281人、覚せい剤取締法で5618人となっています。もう、これだけ見るとひぇぇ…という感じ。でも、ヤクザじゃなくてもこれらの犯罪を起こす人はいるわけで、ヤクザ特有の問題性というのはイマイチ見えてきません。

また、最近は暴力団の構成員は激減しており、準構成員も含めた総計だと、平成3年には91000人いたのが平成27年には46900人にまで減少。ヤクザの弱体化が進んでいるという声も聞かれます。

そんな謎多きUMAみたいになっている日本のヤクザに迫ったのが、本作『ヤクザと憲法』であり、本作は東海テレビが製作し、2015年3月に放送されたドキュメンタリー番組の劇場版です。

大阪の指定暴力団「二代目東組二代目清勇会」の事務所にカメラが入り込み、彼らの日常を撮るというなかなかの衝撃作。カメラはヤクザの人たちの会話、電話対応、総会、金のやり取りなど、こんなとこ撮っても大丈夫?というような場面を次々映し出します。なかにはほっこりと笑えるシーンもあれば、背筋の凍る怖いシーンもあって…。

これを実現するために、「取材謝礼金は支払わない」「収録テープ等を事前に見せない」「モザイクは原則かけない」という3つの条件を取り決めたとのことですが、それでもよく実現したなというのが正直な第一印象。

フィクションでしか知らないヤクザの実態が垣間見れる本作。ヤクザに興味ある・なしに関わらず、日本の社会にヤクザは確かに存在するのですから、日本人であれば必見だと思います。ちゃんとヤクザの基本解説も挿入されるので、全然知識がない人でもわかりやすく、オススメです。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ヤクザの日常

本作、まず何が楽しいってヤクザの日常パートです。

当たり前ですけどヤクザの人たちも私たちと同じ人間ですから、普通の暮らしをしているわけです。オフィススペースも事務所の上の寝泊まり階も生活臭いっぱい。平凡そうです。例えば、本棚にはヤクザ関連の本に交じって犬や猫の本が…。癒しが必要と言っていましたが、そういうものなんだろうか。

ヤクザの人も基本は愛嬌があって“見ている分には”面白おかしいです。ヤクザの構成図を筆ペンで書いて教えてくれたりとか、TVで他の暴力団逮捕の報道を「ありゃあ」と観ていたりとか。

それでも記者がヤクザっぽいものを探そうとするのも笑いを誘います。まあ、部屋に置いてあったテントバックを指して「マシンガンは入っていないのですか」のシーンは、わざとらしすぎる感は否めないですが。でも、それに対する「銃刀法があるので置けないですよ、テレビの見すぎじゃないですか」という返しが、なんというか一番日本でその言葉が似合わない人間がしゃべっていると考えるとシュール。

そんな中に明らかにこれは普通じゃない系のモノが混ざっている。事務所前の道路を常に見張る監視カメラ、狭い階段ひとつしかない出入り口…。犬猫の本があっても、やっぱりヤクザの事務所なんだなと実感させられます。

良くも悪くもヤクザのありのままの姿を映し出した作品として、本当に貴重な映像です。

ヤクザと憲法

ご想像に任せます

じゃあ、本作でヤクザの実態がわかるかというとそうではないとも思います。ましてや、この映画を観ただけでヤクザを知ったような気になるのは論外。

例えば、本作に映るヤクザの暮らしは決して裕福そうではなく、お金のやりくりに必死そうです。それも事実なのかもしれません。しかし、一方でヤクザは見栄を張らず、いかにも貧しそう身なりで、儲かっていないアピールを常にする必要があるとも聞きます(上に目を付けられないため)。年商数十億の人でも普通の近所を歩いているおっさんと同じ姿をしているとか。つまり、本当の実態はわからないです。

そもそも本作はヤクザが映していいよと言った部分しか映していないわけですから、ヤクザ側に不利なことは案外何もない気もします。

このドキュメンタリーに映し出されたのはヤクザの実態の1%ぐらいに過ぎないのでしょう。でも、その1%を知ることさえこんなに難しいというのが、ヤクザの世界の闇の深さを示している…そんな印象も受けました。

ヤクザと憲法

これは因果応報なのか

本作の大きなテーマである「ヤクザに人権はあるのか」という問題。

葬儀場で葬儀ができない、口座を解約させられる、保険に入れない、保育園に入れない…普通だったら考えられません。

劇中に登場したヤクザの人が言う「互いに気に食わないのならそれでいいから、共存すればいい。排除しなくていい社会が望ましい」というセリフもいかにも道徳的で平和的な考えに思えます。

でも、社会がヤクザを良しとは思っていないのも事実。共謀罪と違って暴力団対策法や暴力団排除条例に反対する人なんてあまり聞きません。

たぶんヤクザがこんな目に遭う理由はヤクザが一番わかっていると思うのです。本作はヤクザが映していいよと言った部分しか映していないと前述しましたが、この手のドキュメンタリーではよく盗撮や盗聴をします。でも、本作はしない。それは違法だからという真面目な理由はもとより、やはり相手がヤクザだからというのが決定的な理由でしょう。それが全てを物語ってます。

ヤクザはヤクザというだけで社会に影響を与えます。それはヤクザが力を望んだ結果です。そして、そのヤクザの肥大しきったシステムの闇が、ヤクザ自身も底なし沼のように苦しめる。ヤクザの構成員が減少しても、この闇は残る。もちろん、ヤクザのなかにはこの闇の頂点に立ち、莫大な利益を得ている人もいる。でも、大多数はヤクザになってもやっぱり搾取される側であり、この上下格差は一般的な企業や国家と変わらないです。映画最後のヤクザの人の「(ヤクザを止めたとしても)受け入れてくれるのか」の言葉を聞くと、ヤクザというシステムが「一番しんどいときに助けてくれる受け皿」として機能しているとは決して思えないかな…。

反社会的組織とどう向き合うかという問題は、最近は拡大するテロリストとの関連性もあって国際的な課題となっています。是非はともかく、本作は反社会的組織の栄枯盛衰をドキュメントするという意味で、いずれどの反社会的組織も行きつく未来を見せてくれた作品となったのではないでしょうか。

(C)東海テレビ放送