ワイルド わたしの中の獣
映画『ワイルド わたしの中の獣』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Wild 
製作国:ドイツ 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年12月17日 
監督:ニコレッテ・クレビッツ 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

職場と自宅を往復する単調な日々を送るアニアの視界に飛び込んできた一匹のオオカミ。自宅マンションの前に広がる森に暮らす「彼」の持つ野性に心を奪われたアニアは、次第にオオカミに執着し、自宅マンションに連れ込む大胆な行動にでる。そして、野性に取り込まれた彼女はエスカレートしていき…。

ネタバレなし感想

身近になりつつあるオオカミ

オオカミと聞くと「絶滅危惧種」な感じがします。確かに日本では絶滅してしまった生き物なので、そういうイメージが先行するにも無理ないでしょう。しかし、世界を見渡すとオオカミはそれほど希少な生物でもありません。それどころか、一時期は個体数を減らしていたオオカミですが、2000年代になると徐々に回復し、分布を広げています。とくにヨーロッパではオオカミの生息地拡大が顕著です。例えば、2017年でもデンマークでオオカミが実に2世紀ぶりに発見されたというニュースがありました。

そして、本作『ワイルド わたしの中の獣』というオオカミを題材にしたドイツ映画もまた、ポーランドの国境を越えてドイツにオオカミが現れたというニュースがきっかけで生まれたアイディアなのだそうです。こういう人間と動物の付き合いの変化によって生まれる映画もあるんですね。

本作を“オオカミを題材にした映画”と説明しましたが、実際の中身は普通に想像するものとは全く違う、良くも悪くもヨーロッパ映画らしい、とんでもないアナーキーな作品です。それは、あらすじやポスター、予告動画を見てもらえば察することができるとおり。ただ、強調しておきたいのは、本作のオオカミはCGでも着ぐるみでもない全て本物だということ。それでこの内容ですから…うーん、さすがヨーロッパはやることが凄いなぁ。

もちろん単に奇をてらった映画というわけではなく、2017年ドイツ映画賞で作品賞銅賞を受賞するほど(ちなみに金賞は『ありがとう、トニ・エルドマン』でした)、高い評価も獲得しています。衝撃的なオオカミとの“親交”ばかりに目がいきがちですが、ちゃんと劇中には、ジェンダーだったり、移民だったり、介護だったり、今のドイツの社会問題が投げかけられているので、そこにも注目してほしいところ。

作品のテーマ自体はとてもシンプルであり、言うほど難解なものじゃないですから、身構える必要はないと思います。ただ、映像のアプローチだけが変わっているという…そういう映画を見たい方にはオススメです。







↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

フォアグラだから!

昨今のハリウッド映画では本物以上にリアルなフルCGの動物がよく登場します。実物の動物を使った撮影は大変ですし、動物愛護的な事情もありますから、CGの出番がますます増えていくのが世の流れなのはわかります。でも、動物撮影も映画史における伝統技術ですから廃れてほしくはないものです。

そんな現状の中、本物のオオカミが登場している本作の映像はやっぱりインパクトがありました。CGでは絶対では出せない“生っぽさ”、これぞ野生動物!って感じです。

本作に出演したのは、ほとんどがネルソンという名前のオオカミだそうで、もちろんトレーナーに育てられた個体。それでも調教されているとはいえ、しょせんは“調教”にすぎないので、最終的にはオオカミの気分次第です。よく撮ったなぁと驚くばかり。

“ニコレッテ・クレビッツ”監督いわく、「オオカミと上手く撮影する秘訣は、オオカミをそこそこお腹いっぱいにしておくことです(笑)。基本的にエサにつられればなんでもやりますね」とインタビューで和やかに答えていますが、ようは食い意地じゃないですか! オオカミがアニアの後を付いていくシーンではポケットに肉片を忍ばせて少しずつ落としていったり、オオカミが牙をむき出しにしてボリスを威嚇するシーンでは服の襟に肉を付けていたそうで、見方を変えればめちゃくちゃ怖い撮影現場ですよ。

アニアを演じた“リリト・シュタンゲンベルク”はドイツの新鋭女優だそうですが、危険に身を晒しながらの見事な女優魂でした。

ちなみにアニアを“ペロペロ”するシーンは、フォアグラを利用したそうです。なんだ、フォアグラか…。フォアグラなら、OKだね(何が)。

オオカミ誘拐計画

本作で個人的に面白いなと思ったのは、オオカミを捕まえる過程。そこはご都合的に話が進むのかなと、観る前は思ってたのですが、意外なほど現実的というか戦略的でした。

アニアは最初、精肉店で買ってきた生肉で釣ろうとするわけですが、オオカミは食べません。そしてペットショップで買ってきたウサギも食べてくれません。このへんからリアルですよね。このシーンですでに、本作はオオカミを犬扱いにせずに野生動物として描くという意気込みが感じられて好感が持てます。

結局、アニアはオオカミの捕獲方法をちゃんと調べて、囲い罠の追い込み戦法で行動範囲を狭め、麻酔で眠らせるのでした。少人数の素人でも、ギリギリできなくはないであろう現実的ラインの戦略で、「そうくるか」となかなか楽しかったです。

捕まえた後の部屋での飼育体制の用意とか、部屋で最初に目覚めたオオカミとコンタクトする時のアニアの格好とかも、見ていて精一杯の工夫が感じられユニーク。なんというか、このシークエンスは、誘拐犯罪モノのサスペンスと同じ楽しみ方ができますよね。

ワイルド わたしの中の獣

誰しもが抱える解放欲求

本作のアニアの行動は“倒錯している”と思われるかもしれないですが、私たち多くの人が普通にしていることと同じだと思います。

例えば、「私はカレシなんていらない、愛猫がいればじゅうぶん」とか、「2次元が一番だ」とか。また、アイドルのコンサートに行って歓声をあげたり、言うなら映画を観ることだって同じ。これらは一種の現実からの“逃避”です。いや、それだとマイナスイメージがありますから、“解放”と言い換えたほうがいいかもしれません。誰だって鬱屈した現実世界から離れたくなることがあるものです。

アニアもまた、世界に嫌気がさしていたひとり。男に振り回されているめんどくさい妹、終わらない父の介護、パワハラばかりの上司、雑用しかない職場…。そんなアニアにとって、光をあててくれた存在だったのがオオカミだったというだけです。

本作を監督したのは“ニコレッテ・クレビッツ”という女優業で活躍してきた人で、本作にも非常に女性らしい視点に溢れてます。監督は、今までの「女性としてこうあるべき」といわれてきたイメージを全部壊す作品だと語っています。そういう意味では“純愛”のようなステレオタイプさえも否定しているような気がします。解放した先に残るのは、厳しい自然の弱肉強食。それでもそこに喜びを見いだせたら、それで幸せなのでしょうか。

たまには解放しないとね…。でも、残念ながらオオカミは飼えません。ハスキーで我慢してください。

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