ホワイト・ガール
映画『ホワイト・ガール』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:White Girl 
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本では劇場未公開:2016年にNetflixで配信 
監督:エリザベス・ウッド 

【個人的評価】
 星 5/10 ★★★★★

あらすじ

ニューヨークのクイーンズ・リッジウッドに友人のケイティと一緒に引っ越してきた女子大生のリア。彼女は、ヒスパニック系ドラッグディーラーの青年・ブルーと出会い、恋に落ちていく。しかし、ブルーが逮捕されたことで、リアはドラッグを売って弁護士を雇う金を集めようとするが…。

ネタバレなし感想

映画でわかる薬物の怖さ

日本の行政による薬物乱用防止の取り組みは、いまだに「ダメ。ゼッタイ。」というキャッチコピーを使っています。なぜか地球を擬人化したキャラクター(「ダメ。ゼッタイ。君」という名前らしい…)と一緒にこのキャッチコピーを街角のダサい看板などで見かけたことがあると思います。まあ、行政でさえこんな感じですから、実際、現状を見ると薬物は若い人の間で蔓延し続けているようです。

やっぱり正論の言葉だけでは人の認識は変えられないものです。だったらドラッグ映画に注目してみるのはどうですか(と無理やりつなげてみるダサい論法)。いや、でもプリントを配ったり、ポスターを掲示したりするより、薬物の危険性を描いた映画を一本見せる方が、学校でも効果あると思うのだけどなぁ…。

ということで本作『ホワイト・ガール』は、薬物の危険性をリアルに生々しく描いた最近の映画としてオススメできる一作です。

内容はだいたいあらすじに書いたとおり。白人の調子のってる女子大生が、大方の人が予想できるとおり、破滅していくお話しです。捻った展開もなく、割とベタなオチ。でも、映像の生っぽさが印象に残ります。

女子大生が薬物を売っていくといえば、ハーモニー・コリン監督の『スプリング・ブレイカーズ』が思い浮かびますが、それと似たものと思ってもらえればいいでしょう。

実際の出来事に影響を受けて製作したと語っている監督の“エリザベス・ウッド”はこれが長編デビュー作。今、ハリウッドは深刻な女性監督不足ですから、今後“エリザベス・ウッド”監督も大作抜擢とかになるかもしれません。

“薬物人生破滅”映画好きは観ておいて損はないと思います。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

周囲を堕としていく無垢な女

薬物の危険性を描いた映画と紹介した本作ですが、中身は薬物の危険性というよりは、薬物などの闇に傾倒してしまう心の弱さが全面に出た映画でしたね。

主人公である女子大生のリア。この登場人物は本作では非常に固定的なキャラクターとして物語上は不動であり、反省も成長もしません。そこがこの映画の肝です。

冒頭、引っ越しで家具を運ぶリアですが、まずトラックをガツンとぶつけるあたりからして、ガサツというか、“周りを気にしない人なんだな”ということは明白。そして、扇情的な格好で作業する女子大生二人をはやし立てる町の男どもに「まだいるよ」と呆れ顔ながらも嫌ではない様子のリア。若さゆえなのか“自信過剰”がにじみ出る振る舞い。この“周りを気にしない”と“自信過剰”が、全ての引き金になっていきます。

とにかくリアの言動には呆気にとられるばかりです。夜にたむろする男どもに平然と「ハッパか何か手に入らないかな」と声をかける。恋仲となったブルーにもっと、しかも高い値段でドラッグを売ろうよとせかす。誰が見てもヤバイ奴だと思うだろうサプライヤーのロイドに会ってみての感想が「いい人だったね」。捕まって釈放になりそうにないと困り果てるブルーに「なんとかなるよ」。もう、度胸があるというか、楽天的というか…。これは「ダメ。ゼッタイ。」は通用しないな…。

リアの周りは酷い目に遭っていくなか、リア自身は意外と大きなダメージは負ってないのがまた厄介なところ。弁護士の男にレイプまがいのことをされるのですが、あれだけ普段から性に溺れているとどこまでが被害なのかわからない。それくらい堕落しきっていました。リアはただ自分の色欲を満たすためにおもむくままに行動しているだけ。自分が男からただの性を満たす道具くらいにしか思われてないのも気に留めない。まさに「ホワイト(無垢)」なガールでした。

結局何も手に入らず、ぽつんと大学の教室に座るリアの姿を映す最後のシーンは、本作の無言の説教を感じました。

ホワイト・ガール

無垢に堕とされる青の男

そんなリアと対照的な存在がブルーです。おそらく名前が「ブルー」なのもそういう対比させる意味がある気がします。

リアの周りの男たちは、インターンシップ先の上司も弁護士も含めてダメな奴が多いなか、ブルーだけはドラッグディーラーではありますが、唯一違う存在です。

リアとの違いは「将来を見ていること」。その場その場で楽しければいいやなリアと比べて、ブルーは自分の未来のことを考えています。それは家におばあちゃんがいることからも家族想いが察せられるし、「ジャンキーは嫌いだ」というセリフからもドラッグの世界から離れたいという意思を感じさせます。初期にリアに会ったときに言った「ドラッグはやめておけ」は、からかってるのでもなく、本音だったのだろうな…。

そうやって考えると、本作をブルーの視点で見ると非常に残酷な物語なんですね。このドラッグの闇深い世界から脱したいと思っていた男の前に現れたのは美しい女性。どこか救われたような気分になり、彼女の言うがままに行動していたら、警察に捕まってしまう。それでも、プロボノ(無報酬)だと言う弁護士と彼女の後押しで、釈放(この時の、空を仰ぎ見る姿が切ない…)。そして、結婚しようと言ってついに闇深い世界から羽ばたこうとした瞬間、待っていたのは殺人者になる未来で…。

ブルーの視点だとリアは完全にファム・ファタール(魔性の女)ですね。ブルーにとってリアは救世主でもなく、ドラッグに代わる闇でしかなかったのか…。ここでも闇に傾倒してしまう心の弱さが表れる、人って弱い生き物なんです…。

これをファム・ファタール側の視点で描けるのが、女性監督ならではないでしょうか。その点はとても新鮮な映画でした。

©Netflix