ウィッチ
映画『ウィッチ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Witch(The VVitch: A New-England Folktale)
製作国:アメリカ 
製作年:2015年 
日本公開日:2017年7月22日 
監督:ロバート・エガース 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

あらすじ

1630年のニューイングランド。ウィリアムとキャサリンの夫婦は、敬けんなキリスト教生活を送るために5人の子どもたちと森の近くにある荒地へと移り住む。しかし、赤ん坊のサムが長女トマシンの目の前で忽然と姿を消してしまった。家族が悲しみに沈む中、ある疑いが家族を支配していき、やがて家族もろとも狂気の淵へと転がり落ちていく。

ネタバレなし感想

新たな才能を感じるオカルト・ホラー

魔女というと現代ではすっかりファンタジーの存在であり、魔術に子どもは憧れ、呪文を唱えてマネしたりします。映画でもそんな人気の魔女が登場する作品なんて枚挙にいとまがありません。

しかし、魔女というワードは本来、凄惨な歴史を抱えたものです。ご存知「魔女狩り」ですね。ナチスによるユダヤ人大虐殺よりもはるか前に先進国で起こったジェノサイドとして、語られるべき史実がたくさんあります。

この魔女狩りを描いた映画として、「北欧初の大規模な魔女狩り」を題材にしたフィンランド映画悪魔の花嫁を以前、紹介しました。この作品は、伝記サスペンスと言った感じの内容であり、人間の歴史の影を見せつける印象深い映画でした。

そして、本作『ウィッチ』もまた魔女狩りを描いた映画です。基になっているのは、1692年にアメリカのニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラム村で起きた「セイラム魔女裁判」。しかし、本作はちょっと変わった特徴があって、まず史実をドキュメンタリーチックに描く伝記要素は薄めなのです。登場人物の発言や出来事は史実から引用されるなどしているそうですが、歴史映画的な雰囲気はゼロ。むしろ完全にホラー映画のつくりとなっています。といっても、よくあるエンタメ系ホラーというよりは、オカルトもの。ビックリ演出やグロ描写はなく、淡々と怪奇現象に怯える家族を描く…極めて心理的に刺さるリアル・ホラーです。本作は、敬虔なピューリタン(清教徒)の家族がニューイングランドの入植地から追放される場面から始まります。そして、物語はこの家族の中で展開し、こじんまりしています。ここも特徴でしょう。

それでいて、しっかり魔女狩りの歴史の重さも伝わってくる…非常にバランスのとれた快作だと思います。ちなみに本作の正確な原題は「The Witch」ではなく「The VVitch」なんですね。なんでもこれは当時は「W」の文字は使われておらず、「VV」と記したからだそうです。なんとなくカッコイイからとかじゃなく、ここでも史実にリアル。

本作を手がけた“ロバート・エガース”監督は、これが長編デビュー作で、第31回サンダンス映画祭で監督賞に輝きました。また、凄い新鋭が現れちゃったな…。きっと、今後はこの人も大作映画にどんどん抜擢されるのだろうな…。

また、M・ナイト・シャマラン監督のスプリットでヒロインとして大活躍していた“アニヤ・テイラー=ジョイ”の出世作が本作だそうで、そちらも若き才能が光っています。見れば納得、素晴らしい演技です。

「ワー、キャー」騒げる恐怖をお求めの人にはあまりオススメできませんが、心理的に嫌な気持ちをジワジワ味わいたいなら、本作は期待してよしだと思います。それにホラー映画界での新たな才能の出現ですから、ホラー映画ファンには見逃せないでしょう。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

こんなにウサギが怖いなんて

まずビジュアルがとても良くて大変気に入りました。

本作はかなりのシーンが(というか全部かな?)自然光と火の明かりのみで撮影されており、画面が常に薄暗いです。レヴェナント 蘇えりし者もそうでしたが、どうしたって絵が暗くなりがちであり、撮る方も観る方も嫌がるものです。しかし、本作はそれが絶妙な雰囲気を醸し出しています。薄暗いだけでそこに「何か」が潜んでいるような疑心が沸き起こるというか。これは実際に一人で森を歩いているとわかると思います。森って異常に怖いときがあるんですよね。

個人的には動物が出てくると注目してしまうのですが、本作の動物たちも非常に魅力的に輝いていました。ワイルド わたしの中の獣でも思いましたが、やはりCGではない本物の動物の生っぽさはいいですね。ベスト・アニマル・アクターはやはりウサギ。こんなにウサギが怖い映画も珍しいです。監督いわく一番お行儀が良かったとのことで、まあ、ちょこんと座ってただけでしたけど。鮮烈なボディブローを決めてくれた黒ヤギは…ヤギでしたね…(なんだその感想)。ヤギは突進するのがコミュニケーションみたいなものなので、あれは普通です。関心するのは、よくあるホラーだと動物をうじゃうじゃ大量に出すとか残酷なシーンを見せるとかで怖さを演出しがちなのに、本作はそれに頼っていないこと。ウサギが座っているだけとかです。それでここまで恐怖を演出できるのですから、大したものじゃないでしょうか。

“ロバート・エガース”監督は、自然環境や動物が内に抱える恐怖をあぶりだすのが非常にうまい作り手だなと思いました。つまり、低予算ホラーと相性が抜群にいいわけです。ぜひ今後大作映画に抜擢されても、このスタイルは崩さないでほしいですね。

信じてしまったことの悲劇

本作を観ていると真っ先に気になるのは「この数々の怪奇現象は本当に魔女が起こしたものなのか?」ということです。歴史上の魔女狩りは疑心暗鬼が起こしたヒステリーだと理解している観客にしてみれば、どうせ本作で起こる一連の現象も疑心暗鬼の類なんだよねと思うわけですが。しかし、それにしては説明不可能な現象ばかり。いないいないばあの一瞬で赤ん坊が消えるのだって、どう考えたってオオカミの仕業にするのは無理があります。

でも、本作で重要なのは「真実はどうだったか」じゃないのでしょう。考えるべきは「これを魔女が原因だと“信じた”人がいた」ということなのです。

実際の魔女裁判の歴史資料を見ると、これが本当に公的な文書記録なのかと呆れるぐらい、支離滅裂な「魔女が引き起こした出来事」が書かれています。「塩とパンが消えた」というわりとしょうもない紛失事件から、「霜を降らせて作物をダメにした」という八つ当たりじゃないかと思うもの、さらには「悪魔と淫行した」という、それはどうやって確認したんだよとツッコミたくなるものまで、実にいろいろ。今で言う、ネットの掲示板に書かれているソース不明の戯言と対して変わらないレベルです。

本作は別に裁判のやり直しがしたいわけではないので、真偽を問うことはしません。はっきりしているのは「魔女のせいだと信じられてしまったこと」だという事実。繰り返しますがフィクションじゃないのです。

これが切ない…。なんか人間っていうのはこうも弱いのかと失望じゃないですけど、気分が落ち込みます。

ウィッチ

魔女が救いになる時代へ

こうした魔女の歴史特有の陰惨さが強調される展開は、他の魔女映画とも共通していますが、本作は最後に意外なオチがつくんですね。

家族の全てを失ったトマシンが、最後に黒ヤギに話しかけて(ただし誰に向かって話しているのかは映らないのですが)指示どおり服を脱ぎ、森へ進んでいくと、火を囲んで何かを唱える集団に遭遇。そのまま“彼女ら”と一緒に体が浮かび上がっていきます。

表面的に見るとトマシンも最後は魔女に取り憑かれたバッドエンドにも思えますが、でもとても嬉しそうな表情です。トマシンは奉公に出されそうになるなど家族内の自分の扱いに不満げで、抑圧されていました。そんな彼女がラストは全てをさらけ出し、鬱屈した社会から解放されていく…そんな意味を示しているようにも思います。つまり、トマシンにとって魔女は救いになったのでした

単純に「集団ヒステリーを起こしました、ちゃんちゃん」で終わらせるのではない、この独特の余韻こそ本作の深みのある味につながっているのでしょう。

この感想記事の冒頭に書いたように、現代では魔女は忌み嫌われる存在ではなく、子どもたちの憧れです。こうやって魔女で救われる人がいるなら、過去に魔女で命を落とした人々も、少しは報われるといいな…そんな風に思うと落ち込んだ気分が回復する…気がします。

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