Tower
映画『テキサスタワー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Tower 
製作国:アメリカ 
製作年:2016年
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:キース・メイトランド 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 

あらすじ

1966年8月1日、アメリカのテキサス大学オースティン校。平穏なキャンパスが一発の銃声から地獄と化した。大学の時計塔から眼下の人が次々狙撃されていった、アメリカ犯罪史に残る「テキサスタワー乱射事件」を、当時の映像や証言を交えたアニメーション(ロトスコープ)で再現。

ハートマン軍曹も語ったあの事件

アメリカで銃乱射事件が起きるたびに「またか…」という気分になりますが、そんなアメリカの銃乱射事件史上、類を見ない常軌を逸した事件が今から50年以上も前に起きていたことをご存じでしょうか。

もしかしたら映画好きなら知っている人もいるかもしれません。

というのも、カルト的熱狂者も多いスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』(1987年)で言及されているのですから。鬼教官のハートマン軍曹が罵詈雑言指導のなかで、こんなことを言います。「“ホイットマン”は柱の陰の男を撃った。やつはどこで射撃を学んだ? 海兵隊だ!」と…。ハートマン軍曹のお言葉はもっと直接的で印象にめりこんでくるワードのオンパレードなので、このセリフはたいして目立たないほうですが、それでも元ネタを知っておくと強烈さが際立ちます。

この“ホイットマン”こそ、アメリカの銃乱射事件史上、類を見ない常軌を逸した事件…「テキサスタワー乱射事件」とも呼ばれる惨劇を引き起こした犯人です。

この事件、何が異常って射撃方法です。犯人はテキサス大学のキャンパスにそびえ立つ高さ93m(28階建て)の時計塔に立てこもり、眼下を歩く人を無差別に「狙撃」したのです。当時は特殊部隊SWATは創設されておらず、地元の警察ではなすすべなし。そんなTVゲームみたいなこと、本当に起こったのか…にわかには信じらないですが、事実です。

それでも文章だけでは、この現実離れした事件の異常性はなかなか伝わってこないもの。

一応、1975年にカート・ラッセル主演で『パニック・イン・テキサスタワー』というタイトルで映画化されたみたいなのですが、日本ではソフト化されていない…。

そんななか、この惨劇を巧みな映像技法を合わせて現代に蘇らせた作品が登場しました。ずばりその名も『テキサスタワー』です。

本作はドキュメンタリー。しかし、大部分が「ロトスコープ」というアニメーション手法で描かれているのが特徴で、これがまた演出として上手く効いている…まるで自分がその現場にいて地面に伏せているかのような緊迫感。

本作を観始めた瞬間、地獄の82分に息をするのも忘れるでしょう。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ロトスコープには意味がある

本作でふんだんに活用されている「ロトスコープ」。普通のアニメーションは動きを制作者の想像と体験に基づきゼロから作り上げていくものです。一方のこの「ロトスコープ」は、モデルの動きをカメラで撮影し、それをトレースしてアニメーションにする手法。アニメーション制作者が動きの表現に頭を悩ます必要はないわけです。

この技術は昔から現代にいたるまで利用されてきました。ただ、部分的な活用は珍しくないですが、大部分を「ロトスコープ」で表現する映画はなかなかありません。最近だと、岩井俊二監督の『花とアリス殺人事件』(2015年)が「ロトスコープ」で全編を制作していました。

↑『花とアリス』(2004年)の前日譚をロトスコープで描くという挑戦的作品。

この「ロトスコープ」、見た人ならわかると思いますが、かなり独特な味わい。なんていうか“生々しすぎる”んですね。実際の動きをそのままトレースしているのですから、当たり前なのですが。それが実物から極端にシンプル化されたアニメーションキャラクターの動きとなると、チグハグで違和感を感じるのも無理ない話。通常のアニメーションが、動きの適度な抽象化という点で洗練されていることを思い知らされます。

要するに、面白い技術だからという安易な理由で「ロトスコープ」を利用すると、変になるだけです。

テキサスタワー

ところが本作『テキサスタワー』は主題に対して「ロトスコープ」が絶妙に活きていると思いました。繰り返しになりますが「テキサスタワー乱射事件」は現実とは思えない常軌を逸した惨劇です。事件を体験した人も、体験していない人も、想像を絶する事態に理解が追い付きません。そうしたことに対して、本作は「ロトスコープ」特有の違和感によって、事件の生々しさと非現実感を上手く共存させて再現することに成功しています。観客側にとっては、咀嚼して少しずつ飲み込んでいく時間を与えてくれるので助かります。

そうして現実と非現実の狭間に置かれた観客を、本作はフッと現実に引き戻す演出が巧みです。「ロトスコープ」時は証言シーンさえもアニメの人物(しかも当時の姿)だったのに、終盤のある瞬間、アニメじゃない実写の本人(ちゃんと年をとっている姿)が証言する…当然、亡くなった人もいる。観客は「ああ、現実なんだ」と突きつけられます。新聞に載っていない死者の名が挙げられたとき、この事件の決して引き返せない残酷さが強調される。「ロトスコープ」だと血などいかにも残酷な表現はできないわけで、本作がここで残酷さを示すのは正直以外でした。

本作は観客に事件を語るだけでなく、被害者たちが事件に向き合う過程を見せていたんですね。最後にみえた何人かの事件体験者たちの笑顔が救いです。

「ロトスコープ」とドキュメンタリー、相性が良いということを認識。この「ロトスコープ」の巧妙な活かし方、個人的には相当記憶に残る一作になりそうです。