心のカルテ
映画『心のカルテ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:To the Bone 
製作国:アメリカ 
製作年:2017年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督:マーティ・ノクソン 

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★

あらすじ

拒食症に苦しむ20歳の女性エレンは、病院での治療も上手くいかず、何度も入退院を繰り返していた。そこで義母スーザンは、型破りと噂の医師ウィリアム・ベッカムの元へエリンを連れていく。そして、ベッカムのグループホームで、他の患者たちと共同生活しながら、回復を目指すが…。

ネタバレなし感想

体型をめぐる世論の裏で苦しむ人

Netflixで配信中の映画『心のカルテ』の紹介…の前に。

ファッションやオシャレ界隈の流行語には全く付いていけてない私。ときに耳や目に飛んでくる謎めいたワードに困惑することも少なくないです。そんな中、少し前話題になって印象に残ったのが「マシュマロ女子」という言葉。

これは“ぶんか社”の雑誌「la farfa」による造語で、そもそもこの雑誌は日本初の「ぽっちゃり女子」のための本格ファッション誌をコンセプトにしたもので、「マシュマロ女子」とは「ぽっちゃり」「白い肌」「ふんわりした服装」といった見た目の特徴を持ち、マシュマロのように“食べちゃいたくなる”女性を指すそうです。

この言葉、当時ネット上で話題に上がると、賛否両論が巻き起こりました。こんなものは言葉の言い換えに過ぎず、第一モテるわけがない、偽りのムーブメントだという痛烈な否定的意見も一部で散見。近年は「○○男子」「××女子」のような言葉が乱立していますから、条件反射的にうんざりだという反応が返ってくるのもわかる気がします。

でもこの論争を「モテるモテない」とは別の見方をすると、違った重要性が顔を出すのではないでしょうか。

というのも現代の世の中では、痩せを礼賛して肥満を蔑視する「スリム至上主義」が生み出した“歪み”が問題になっているからです。それが摂食障害のひとつ「拒食症」です。神経性無食欲症(アノレキシア、アノレクシア)とも呼ばれるこの精神疾患は、日本国内でも若い女性を中心に相当の患者数が存在すると推定されています。

しかし、拒食症の実態は、自身がそうであったり、身近にそういう人がいたりでもしない限り、なかなか見えてきません。そんな時にオススメできる映画が本作『心のカルテ』。本作は、これが映画監督デビュー作となる“マーティ・ノクソン”自身の体験を基にした拒食症を描いたドラマです。

インディペンデントなのかなと思いきや、出演陣は“リリー・コリンズ”“キアヌ・リーヴス”と意外に豪華。とくに“リリー・コリンズ”は文字通り体を張った演技を見せています。

拒食症の人も、そうでない人も、ぜひ観てほしい作品です。







↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

食べるってどうやるの?

本作でなんといっても目を見張るのが、グループホームで集団生活をしている拒食症の患者たちの生々しい姿です。

骨がくっきり浮かぶガリガリな体はもちろんのこと、腕が毛深いなどの他のビジュアル、そして水を蛇口からごくごく飲んだり、腹筋などちょっとした運動をやめられなかったりといった行動を含め、全てがリアルさを醸し出しています。本当の拒食症の人たちに見えました。

ここまでリアルにできるのは監督の実体験があるからこそですが、主人公のエレンを演じたリリー・コリンズ自身もティーンのとき摂食障害に苦しんでいた過去があるそうですね

世間では拒食症の患者に対して「要は食べ物の好き嫌いでしょ?」とか「甘えだ」とか厳しい言葉を浴びせる人も一部ではいますが、決してそういうものではないことがよくわかります。食べ物の匂いを嗅いだり、触ったりすることさえも至難の彼ら彼女らたち。

エレンのセリフ「食べるってどうやるの?」という言葉が響きます。

心のカルテ

拒食症ギャグ

そんな拒食症の患者たちのリアルな生々しい姿を隠すことなく、後半に起こるミーガンの悲劇など、劇中ではかなり痛ましい事態が存在するにも関わらず、本作は常にユーモアも見せてくれます

年齢も性別もバラバラなグループホームのメンバーたちは個性豊か。その彼ら彼女らの会話は思わず笑ってしまうものもありました。

映画館に行ってきて『ゾンビランド』を鑑賞したアナが「エマ・ストーンはデブね」と言ったり、みんなで遠足だと言うベッカム医師に「ホロコースト博物館じゃないでしょうね、散々飢えの話を聞かされたからもう嫌なんだけど」とぼやいたり。「拒食症ギャグ」とも言うべきコメディが新鮮です。

エレンとルークが末期がん設定で食事をしているシーンは、映像としては食べては出す食べては出すの繰り返しなんですが、でも楽しそうで微笑ましい。アメリカコメディではいわゆる「吐くこと(ゲロ)」が定番ギャグネタ化していますが、拒食症でそれをやっても楽しさを出せるものなんですね。

本人も周囲も悩みを吐き出して

拒食症を治す万能薬はありません。ベッカム医師がやっていることは、ひたすら吐き出させること。それは“食べ物”ではなく、心に抱えた“悩みや苦しさ”をです。

話が進むと、エレンは見た目以上に複雑な心情を抱えていることがわかります。エレンには、エレン自身が神格化されて他の子の自殺を促してしまった過去がありました。まさに現代の「スリム至上主義」の縮図です。

そんなエレンが、しだいに生命の原点に立ち返っていくような姿が印象的です。食べることは生物の本能のはずですから。

ベッカム医師に連れられて水が大量に降り注ぐアートを見学する面々。水は生命の誕生の源であり、拒食症の人は水さえ飲めなくなることを考えれば、このシーンも意味深いでしょう。その後、母に抱かれ、哺乳瓶からミルクをもらい、自身の誕生と愛情を再確認。そして、夢の中で自分の生命としての死を実感し、命のサイクルを体に刻み込んだエレンは「もう大丈夫」と強い言葉を見せます。

このように「食べる」行為以外で、拒食症の人が向き合っていく過程を見せる演出のしかたはさすが体験者だけあって上手いなと思いました

人種・宗教・LGBTQと多様な価値観を認めるのが当たり前になりつつある時代、体型だって(健康的な範囲であれば)多様さを認めるのは当然の流れだし、そうであるべきだと私は思います。

痩せを礼賛して肥満を蔑視する「スリム至上主義」に異を唱える動きはファッション業界でも見られ始めました。日本の「マシュマロ女子」という言葉の登場も、モテるかモテないかは個人の嗜好なのであずかり知らぬところですが、少なくとも認めることはとても大事でしょう。そうして、少しでも『心のカルテ』に登場するような苦しむ人を減らせれば良いなと思います。

©Netflix