タンジェリン
映画『タンジェリン』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Tangerine 
製作国:アメリカ 
製作年:2015年 
日本公開日:2017年1月28日 
監督:ショーン・ベイカー 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★

あらすじ

クリスマスイブのロサンゼルス。トランスジェンダーの娼婦シンディは恋人が浮気していることを知って怒り狂い、浮気相手を懲らしめるべく街を奔走する。また、シンディの親友で歌手志望のアレクサンドラは、クラブでのライブを目前に控えていた。一方、アルメニア移民のタクシー運転手ラズミックは、自らの欲望を満たそうとしていて…。

ネタバレなし感想

プロ要素ゼロの映画

映画を撮りたい? そんなの簡単にできますよ。そう、iPhoneならね。

こんな駄文は置いておいて、本当にiPhoneで映画を撮って、しかも国際的な映画祭で数々の映画賞まで取ってしまった作品があります。

それが本作『タンジェリン』です。

アナモレンズをつけた3台の「iPhone 5s」をメインに、Tiffenの「Steadicam Smoothee」というカメラグリップを使って撮影し、「FiLMIC Pro」アプリで編集したそうで、超お手軽。この方法で映画が撮れちゃう時代なんですから、凄いなぁ。フィルムかデジタルかなんて論争していた過去の映画業界が遠い昔のようです。

しかし、本作は「iPhoneで撮影してやるぜ!」というクリエイティブな野心から生まれた…わけではないようで…。単にお金がなくて低予算で映画製作をするうえでの苦肉の策だったという話を聞くと、素直にこの大胆な撮影手法を喜んでいいものなのか悩みますね。

本作は撮影手法以外にも、特筆すべき点があります。それがトランスジェンダーが主人公だということ。これまでもトランスジェンダーを扱った映画はありましたが、本作は主役であるトランスジェンダーを演じる二人の女優(“キタナ・キキ・ロドリゲス”と“マイヤ・テイラー”)が本当にトランスジェンダーなのです。さらには全く演技経験がないというから驚き。これに加えて、撮影がiPhoneですから、ちゃんと映画になるのか不安になるのも無理ない話です。プロフェッショナル要素ゼロですから。

結果的に素晴らしい作品が生まれたのだから不思議なものですよ。これはもう、監督の“ショーン・ベイカー”の錬金術的クリエイティビティーの賜物でしょう。

軽快で珍妙で強烈な変わった映画を観たいなら、本作はピッタリです。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

カオスすぎるキャラクター

演技素人も交じる登場人物たちですが、そんな不安は全く感じさせない…それどころか強烈な印象を残すキャラクターばかりでクラクラします。

まずは主役であり、刑務所から出所して久しぶりに街に戻ってきたシンディ。カレシが浮気をしていたと知るや否や、怒涛の調査開始。カレシに怒りを募らせていたかと思えば、そうだ、言い寄った女をぶちのめすわと急転回。「出てきてすぐ刑務所に戻っちゃうよ」という忠告もなんのそので猛進。誰にも止められません。シンディのフルネームは「Sin-Dee Rella」なんですが、こんな積極的な「シンデレラ」がいたら、意地悪な継母を絞め殺して王子を寝取るくらいはできるだろうな…。モーテルの売春宿のドアを蹴破るなど凄まじい攻撃力で、今年の映画の中でワンダーウーマンに匹敵する最強女キャラなんじゃないだろうか

そのシンディにうっかりカレシが浮気している情報をしゃべっちゃったアレクサンドラ。怒れる闘牛状態のシンディに呆れて、自分は今夜クラブで歌うことに頭がいっぱい。後半に聴ける意外な歌声に、ちょっとしんみりさせてくれます。それにしても、こういうトランスジェンダー同士の友情はなんて呼ぶのでしょうかね。男同士なら「ブロマンス(Bromance)」、女同士なら「ウーマンス(Womance)」ですけど…なんかあるのかな?

そして、3人目の主人公はアルメニア移民で家族の大黒柱であるタクシー運転手の男ラズミック。ところが、こいつも問題を抱えていて、トランスジェンダーの“アレ”をしゃぶるのが好きなのでした。ラズミックとアレクサンドラが洗車中に事を済ます絵面がアホで、いいですね。

他にも終盤にしか出番がないのにやけに印象に残る騒動の原因のカレシのチェスターや、浮気相手のシスジェンダー白人でやけにヘラヘラしているダイナ、ラズミックの妻や義理の母、ドーナッツ屋の店員に至るまでどいつもこいつも面白い奴らです。

そんな個性豊かな面々が一同に集結しちゃった終盤のドーナッツ屋シーンはカオス。次々と乱入者が出現し、誰が誰を何で怒っているのかわけわかんない。ドリフの音楽をBGMにするとピッタリなんじゃないですか。

タンジェリン

馬鹿だけど、そこがいい

本作はiPhoneという撮影手法やトランスジェンダーというキャラクターなどはすごくイマドキなのに、全体的なテイストはびっくりするくらい古典的なコメディです。冒頭から「あれっ、これ、ちょっと昔の映画なのかな」と錯覚するくらい、現代感がない。

なぜだろう?と考えてみると、たぶんそれはイマドキ映画に必ずといってあるポリティカルコレクトネス的な、言い方を変えれば“お硬い”社会派なトーンが全くないからだと気付きました。

本作の主役は3人。うち二人はトランスジェンダーでポン引きで稼ぐセックスワーカー。もう一人はアルメニア移民のタクシー運転手。どれも典型的なマイノリティです。こういうLGBTQや移民を扱っておきながら、本作には「同情を誘う」ような点は一切ないんですね。むしろ「なんて馬鹿なんだこいつら…」と呆れ顔になるくらい、単純明快馬鹿騒ぎをしています。

これが一種の現代感を失くして、昔っぽさを感じる理由になっていたのでしょう。昔の映画はポリティカルコレクトネス、気にしていないですし。この本作のマイノリティに対するフラットでフェアな姿勢が、逆に気持ちがよくて、スッキリする映画でした

本作の舞台はクリスマスイブのロサンゼルス。雪はないし、クリスマス感もゼロですが、そこに集う寂しさを抱えた人たちを描いたクリスマス映画としてもなかなか味のある作品だったなと思います。

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