将軍様、あなたのために映画を撮ります
映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Lovers and the Despot  
製作国:イギリス 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年9月24日 
監督:ロス・アダム、ロバート・カンナン 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 

あらすじ

1978年、韓国の国民的女優チェ・ウニと映画監督シン・サンオクが突如として姿を消した。実は二人は北朝鮮に拉致されて、潤沢な資金と整った環境下で映画を次々と撮影していたのだった。その中心には、映画好きであった北朝鮮の指導者・金正日の存在があった。

なぜ拉致されて映画をつくったのか?

プルガサリ 伝説の大怪獣』という怪獣映画を知っているでしょうか。

北朝鮮が1985年に製作した怪獣映画で、しかも「ゴジラ」でおなじみの東宝特撮チームが参加したという、今では考えられない北朝鮮と日本がタッグを組んだ異色の作品です。高麗王朝末期の時代、理不尽な王朝の圧政に苦しんでいた農民たちの前に現れた鉄を食べて大きくなる怪獣「プルガサリ」が、官軍と対決していくというスケールの大きいストーリー。見どころは何といっても、豪華なセットと大規模な群集合戦シーン。怪獣「プルガサリ」も愛嬌があって、シナリオも凝っている。当時の特撮として相当見ごたえがある一品で、北朝鮮製だからと馬鹿にできない映画です。


実はこの映画、監督は韓国人。つまり、北朝鮮と日本と韓国のアジア3国の合わせ技だったのです。

これだけだと良さげな話で終わりますが、この韓国人監督シン・サンオクがなんと北朝鮮に拉致されていた人物だったというから、話はややこしくなります。

そんなシン・サンオク監督が拉致された経緯と、拉致されて何をしていたかを紐解いていったドキュメンタリーが本作『将軍様、あなたのために映画を撮ります』です。

どうしても拉致事件が題材と聞くと、社会派というか政治的な“お堅い議論”もしくは“引き裂かれた家族”のようなお涙頂戴な語り口になるのかなと思いますが、そうならないのが本作の面白いところ。

あの人の意外な一面が…。映画好きな人はザワッとする気持ちになるかもしれませんよ。






↓ここからネタバレが含まれます↓





国家規模の『フォックスキャッチャー』

日本でも被害者が多数いる北朝鮮による拉致事件は、絶対に許されるべきでない国家犯罪なのは言うまでもないことです。

ましてやシン・サンオク監督と元妻チェ・ウニ氏は、北朝鮮で映画を作らせたいという何とも身勝手な理由で拉致されたわけですから。

当然、私たちは「ああ、きっと、北朝鮮に都合の良いプロパガンダ映画を作らされたんだな」と思ってしまうわけです。まさにこれこそ私たちが普段の報道から感じている悪の国家「北朝鮮」のイメージどおり。2年3か月で17作品も製作したと聞くと、奴隷のようにこき使われたんだなと考えちゃいます。

ところが拉致された二人が語る実態はちょっと思わぬ姿をしていました。

拉致を指示した張本人・金正日は、ものすご~く一般的な言い方をしてしまえば、ただの熱心な映画ファンに過ぎなかった。それこそ日本にでもいるようなです。

シン・サンオク監督が密かに録音した金正日の肉声テープには、「我が国の映画は何でこんな同じ内容なんだ。泣くシーンが多すぎる」と映画事情を嘆く声が。これなんて、日本でも映画好きたちがSNSとかでよく「邦画はテレビ局主導でダメになる」とか「ワンパターンだ」とかボヤいているのと完全に一致。

シン・サンオク監督と「海外の映画に負けない作品を作ろう」とまるで楽しそうに語っていたと聞くと、私含む映画好きにしてみれば「なんだ、俺たちと同じじゃないか」と思わなくもない。

将軍様、あなたのために映画を撮ります

しかも、映画製作者としてこれ以上ない、自由な映画製作環境を用意されたというのですから、シン・サンオク監督も複雑だったのだろうというのは想像に難くない。少なくとも映画製作だけを考えるなら北朝鮮は天国だったでしょう。

先に挙げた『プルガサリ 伝説の大怪獣』も、プロパガンダ要素ゼロです。それどころか、独裁的に庶民を苦しめる王朝が反逆されるというレジスタンス映画なので、普通に私たちが思う北朝鮮の常識から考えたらアウトじゃないかと心配になる内容なんですね。それを許しちゃう金正日は、やっぱり根っからの映画好きなのは間違いないです。

チェ・ウニ氏が北朝鮮に連れてこられた際、金正日にソ連の映画『女狙撃手マリュートカ』を観せられて、これは「裏切ったら殺す」というメッセージと感じたと語っていましたが、私なんかは「いや、ただ映画が好きなだけなのかもしれないぞ」と思ってしまうわけです。映画でしかコミュニケーションがとれないというのは理解できないものではないですし、金正日は生まれながらにして独裁者として育てられたわけで。独裁者という人物は何でも持っているように見えて、実は何も持っていない人なのかもしれません。

なんだか『フォックスキャッチャー』という映画を連想してしまいました。この作品は、レスリング好きの大富豪の男が金と権力に物を言わせ、選手を集め世話すると同時に、選手の一人を殺してしまうという実話を描いた映画。この男も独裁者的孤独さを抱えていました。金正日も全く同じものを感じます。無垢な思いと反社会的な行為の二面性がとくに…。


国家規模の『フォックスキャッチャー』が実在するっていうのは…私は恐ろしさというよりは、切なさがチクリと心に突き刺さりますね…。

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