RAW 少女のめざめ
映画『RAW 少女のめざめ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Grave(Raw)  
製作国:フランス・ベルギー 
製作年:2016年 
日本公開日:2018年2月2日 
監督:ジュリア・デュクルノー 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★

あらすじ

厳格なベジタリアンの一家に育った16歳のジュスティーヌは、両親と姉も通った獣医学校に進学する。寮生活に不安な日々を送る中、ジュスティーヌは上級生からの新入生通過儀礼として、生肉を食べることを強要される。学校になじみたいという思いから家族のルールを破り、人生で初めて肉を口にしたジュスティーヌ。その行為により本性があらわになった彼女は次第に変貌を遂げていく。

ネタバレなし感想

肉食系女子(カニバリズム)

「肉食系女子」という言葉はもう死語になったのでしょうか。正直、私は世間の流行に疎いので全然ついていけません。でも、食生活の話をするのなら、なぜか世の中では女性が肉を好んで食べるというだけでキャラ付けされたりしますよね。男性が肉を好物として食べてもそんなに何か言われることもないのに。不思議です。それだけ「女性=基本は肉を好んでは食べない」という認識があるのかな。

そして本作『RAW 少女のめざめ』は、まさに肉を食べる女性の話です。ただ、“肉”といっても“人肉”なのですけどね。いわゆる「カニバリズム」です。

この映画、トロント国際映画祭で鑑賞した人の一部で、その過激な映像にショックを受けて倒れた人が出たという報道がされたため、宣伝でも「失神者続出!」と大仰に書かれたりしているものも見られます。確かにカニバリズムが題材である以上、ある程度のグロテスクなシーンは存在します。ただ、ハッキリ言っておくと、特別グロを売りにするような作品ではありません。それに別に失神する人くらいなら他のホラー映画でも普通にあるでしょう。失神した人を馬鹿にすることも当然するべきではないですが、ましてや失神したことを映画の特徴のように語るのも変だと私は思うのですが…。実際、本作の監督もそういう世俗的な関心のされ方を快く思っていないことをインタビューで示していますし。

その監督であり、本作が長編監督デビュー作となったのが、フランスの新鋭“ジュリア・デュクルノー”。2018年時点で34歳、見た目はモデルみたいなカッコよさを感じる女性なのですが、なんと6歳にして『悪魔のいけにえ』の監督でおなじみのトビー・フーパーに傾倒するほどの大のホラー映画マニアだとか。これだけで「あ、タダモノじゃないな」感がありますよね。

作品の内容については「ネタバレあり感想」で詳細に語るとして、とにかく一風変わった映画です。ホラーであり、コメディであり、ロマンスであり、ジュブナイルであり、社会派ドラマにもなりうる…とても多層的な作りになっているため、解釈がいろいろとできます。

だからこそ、2016年のカンヌ国際映画祭では国際映画批評家連盟賞(独立選出)に選ばれ、映画批評サイト「Rotten Tomatoes」でも90%の高評価を獲得するなど、カニバリズム題材作品では異例の称賛となったのでしょう。

普段はカニバリズム映画はちょっと見ないな…なんて言う人もぜひ鑑賞してほしい一作です。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

指をしゃぶるのはやめられない

まず本作はホラーというジャンル映画としてちゃんと面白さを満たしているのが個人的には嬉しいところです。

映画開始。突然の交通事故で始まるという、食事における「いただきます」の挨拶と同じである、ホラー映画の最初の恒例イベントを用意してくれます。しかも、この交通事故は単なる驚かしではなく、伏線としてつながってくるのが上手いです。

そこから舞台は獣医の大学へ。この獣医の大学というフィールドがこの作品性にぴったりマッチするのですよね。獣医を職業とする方に失礼ですけど、そもそも獣医はどことなくホラーじゃないですか。「ペットのお医者さん」なんて表現すると可愛いですが、現実的には動物を切り刻む仕事ですからね。本作ではそんな獣医の陰の部分を全面に出しており、大学が持つハイテクな教育施設という表の顔は一切見せません。

暗みに浮かぶ不気味な標本の数々はもちろん、医療という性質上、動物をモノ的に扱う行為を散々見せつけられるわけです。この時点で一般的な世界からはここはホラーに見えます。

しかも、それに加えて、伝統儀礼として上級生からの新入生歓迎という名目の“仕打ち”を受けていくというトッピング。こういう大学上下関係の暴力性を描いた映画は他にもありますし、これでもじゅうぶんホラーとして成立させて作品にしている映画はあります。

しかし、本作はここからが本番です。

本作の白眉であり、映画の流れが変わる瞬間。それこそジュスティーヌがカニバリズムに目覚める瞬間である、切り落とされた姉のアレックスの指を食べるシーン。ここの一連の流れが素晴らしいです。まず、その直前にブラジリアンワックス脱毛をおそるおそる姉にされる妹という、恐怖と笑いは紙一重みたいなことをしているのがナイス。そこから抵抗した際に姉の指がハサミでバッサリいってしまい、姉は気絶。指を探すジュスティーヌ。犬が食べそうになりそうなのをなんとか確保。そして、じっと指を見つめてふつふつと沸き上がる感情。そこからの自然に「おっとっと」みたいな感じで指を舐める動作。で、音楽ジャララーンですよ。ここは怖いというよりも「ついにキタ!」という感じでガッツポーズしたくなります。すごく美味しそうにしゃぶりつくのがまた良くて。

その後も続くアート系というか、エッジの利いた演出はちょっと『トレインスポッティング』っぽいですよね。

RAW 少女のめざめ

描くのは、異質な家系? 女性?

この“指モグモグ”でもって、まさに邦題のサブタイトルにある「少女のめざめ」は完了です。

じゃあ、この後はどういう展開になるのか。私は観る前は、『エレファント・マン』的な、よくある「アブノーマルな人たちが差別や偏見など一般社会に馴染めずに苦しみながらも生き抜いていく」系のストーリーだと思っていました。『らいおんウーマン』のようなポジティブさはないにせよ、その基本軸は変わらないと。
『らいおんウーマン』感想(ネタバレ)…どんな見た目であろうとも
本作は基本は「ヴァンパイア」モノのフォーマットをなぞっているとも感じましたし、その予想は外れはしないだろう…ところが違いました

何が違ったかというと、そもそもこの映画は「アブノーマルな人」を描くものではなかったということです。

ジュスティーヌは食人に目覚め、姉もまた実は食人をしていることが判明します。しかし、決してこの家系特有の問題ではないとも解釈できます。

そう聞くと、いや、この映画のカニバリズムは少女が大人へ変わっていく成長のメタファーだからという意見もあるでしょうし、実際にそう公式サイトでも説明されているのですけどね。新入生歓迎で赤い液体をぶっかけられるのも初潮のイメージともとれるし、随所にそういう要素はあります。

でも、本作は「女性」を描くものですらないようなのです。

“ジュリア・デュクルノー”監督はインタビューで「私たちは皆、モンスターです」と言っています。そして、自分が女性監督だからといって女性を主題にしているとは思わないでほしいとも語っていたりします。「別に男性監督が男性を主人公にしたからといって男性が主題になっているとは言われないでしょう?」そんな言葉から、私はこの映画は間違いなく「ポスト・フェミニズム」な作品だと確信したのでした。

フェミニズムよりも食人だ!

一般的な昨今流行っているフェミニズムは、差別に苦しむ女性が支配的な男性をひと泡吹かす…そんなノリのやつです。往々にして「女vs男」という構図になりがちです。

しかし、「ポスト・フェミニズム」はそうなりません。最近だと『エル ELLE』がまさにそれでした。
『エル ELLE』感想(ネタバレ)…衝撃すぎて、もう頭がヴァーホーヴェンです
「ポスト・フェミニズム」はそうしたステレオタイプの対立さえも飛び越えて性別を描きます。もちろん「女性=差別を受ける側」みたいな認識すらありません。

『RAW 少女のめざめ』も同じです。劇中では男性が登場します。でも差別的・支配的ではありません。私はてっきりレイプ的なものが描かれるのかと思ったのですが、むしろ逆でジュスティーヌの方が男を襲いたくてしかたがない状態で男を見ています。即物的ですよね。また、部屋のお隣の男子学生アドリアンをわざわざゲイという設定にしていることで、「女を襲う男」という構図を排除しているほどです。アドリアンとセックスするジュスティーヌは完全に「男を襲う女」でした。よくよく考えると、本作で被害に遭う人間は、交通事故の人や父も含めて、皆、男性です。唯一、暴力的だった男は新入生いじりをする上級生ですが、ちゃんと覆面をかぶせて個人がわからないようにしています。それ以外だと、ウサギの腎臓を食べさせたのは姉だし、オムツを履かせたのも女性でした。

内なる野生に目覚めるという意味では、本作は『ワイルド わたしの中の獣』にも似ています。
しかし、こちらは差別的な男性が登場し、その反発で野生が覚醒するような、ベタなフェミニズムでした。一方の『RAW 少女のめざめ』は、一般的なフェミニズムを安易に使わずに描き出します。

それはつまり、女性はもちろん人間すべてが暴力性を内包しているということを示したいのではないでしょうか。そもそも男性の暴力性を描く映画はたくさんありますから、どうしても女性というだけで特異に映るのでしょう。作中のジュスティーヌや姉は食人だけど、それは他の女性だって同じかもしれないし、男性だってそうかもしれない。問題はその暴力性とどう向き合うかです。それの発散方法が、ナイトパーティーか、新入生いじめか、セックスか…そんなのは人それぞれ。

監督は、「食人」は殺人と近親相姦に並ぶ3つ目の人道的タブーとして扱われているにも関わらず、描かれることが少ないから題材として面白いとも言っています。それを考えると「ポスト・フェミニズム」と「食人」は相性抜群でした。

もはやデヴィッド・クローネンバーグ的な作家性に近い“ジュリア・デュクルノー”監督。でも、そのベクトルは全く違って、周囲の反応なんて気にせず独自路線を突っ走っています。今後が楽しみです。

昨今は「フェミニズム」という言葉が独り歩きしているようですが、議論が面倒な方向に迷走した時は「女も男も皆、食人族」だと思えばいいんです(独り歩きどころか暴走です)。

↑『ワイルド わたしの中の獣』も、女性が野性に目覚めるという点では似ている。

(C)2016 Petit Film, Rouge International, FraKas Productions. ALL RIGHTS RESERVED.