プラネタリウム
映画『プラネタリウム』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Planetarium 
製作国:フランス・ベルギー 
製作年:2017年 
日本公開日:2017年9月23日 
監督:レベッカ・ズロトブスキ 

【個人的評価】
 星 4/10 ★★★★

あらすじ

1930年代後半。アメリカ人のローラは、死者を呼び戻せるほど霊感の強い妹ケイトと共に、降霊術のツアーでパリを訪れる。姉妹の才能を目の当たりにして衝撃を受けた大手映画会社プロデューサーのアンドレは、姉妹を主人公にしたリアルなゴースト映画を製作しようと思いつく。アンドレは姉妹と映画の出演契約を結び、2人を自宅に住まわせて撮影を開始するが…。

ネタバレなし感想

スピリチュアルは置いといて

交霊会に参加しませんか?と言われたら大概の人は躊躇う気もしますが、「スピリチュアル」という言葉でラッピングしたら印象がガラッと変わるのは、人間の悲しい“サガ”ですね。

じゃあ、本作『プラネタリウム』をスピリチュアル映画ですと紹介したら、観に行く人は増えるのだろうか。本作の主人公の姉妹は本当に降霊術をするのですから、正真正銘のスピリチュアルです。

でも、本作はスピリチュアル映画ではないのですよ。何言ってんだという感じですけど、この映画は予想以上に複雑で…。

そんな難しいことは考えずに、とりあえず主演女優を見たいという単純な理由で鑑賞すればいいと思います。姉妹を演じるのは、若くして誰もが認める名女優となった“ナタリー・ポートマン”と、つい最近話題を集めて急上昇している“リリー=ローズ・デップ”

“ナタリー・ポートマン”は説明不要ですね。リュック・ベッソン監督の『レオン』で子役映画デビューして衝撃の一歩を歩み、ダーレン・アロノフスキー監督の『ブラック・スワン』で大女優に上り詰める。最近もジェーンや『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』と堂々たる主演作ばかりで、本作に起用されるのも頷けます。

意外なのは“リリー=ローズ・デップ”です。まだ若手も若手なのにここまで文芸的な作品に起用されるとは思いませんでした。この前なんかコンビニ・ウォーズ バイトJK VS ミニナチ軍団のようなアホでハイな作品に出ていたのに…。なんだ、そんな映画界の注目株なのか、それとも親からの後押しでもあるのか(邪推)。

その二人が姉妹役というのも凄いです。年齢差が18歳もあるのですが、ちゃんと姉妹に見えます。キラキラした二人を見たい方には、本作はぴったりの作品でしょう。それで観終わった後に、気が向いたら、本作のスピリチュアルの裏に潜むメッセージを考えてみてはどうですか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

リアルな降霊術はどうでもいい?

正直に告白しましょう。私はこの映画の魅力を語れる自信はないです。

本作は降霊術のように説明しづらく、幽霊のようにつかみどころがない…そんな映画ではないでしょうか。もっと元も子もない言葉で表現するなら「雰囲気ありきの作品」と言った方が適切かもしれません。

そもそも本作の主人公である姉妹にはモデルとなった人物がいます。それは「フォックス姉妹」というアメリカ人の人物。彼女たちは、霊と交流できるというパフォーマンス?のような行為で19世紀の世間を賑わせ、スピリチュアリズムのきっかけを作ったとされています。

じゃあ、本作はその実在する姉妹の伝記映画…だったらまだ話は簡単だったと思いますが、そうはなっていないのが作品をややこしくしています。本作は「フォックス姉妹」という要素を表面的に素材利用して、実際の中身は“レベッカ・ズロトブスキ”監督のやりたいことをぶち込んだ別物。フォックス姉妹も雰囲気しか残ってません。

本作で一番の雰囲気だけで成り立っているのは「降霊術」でしょう。降霊術というのは、まあ、いろいろあるみたいですが、本作のそれは「のけぞってピクピクする」といういかにも雰囲気感溢れるもの。さっぱり何が何だかわかりません。それもそのはず、本作は降霊術についてそこまで真面目にリアルに向き合う気はないのですから

姉妹にとっての降霊術

では、本作のドラマは何なのかというと、ローラとケイトの姉妹の“乖離”の物語です。この姉妹は、いくら姉妹といってもちょっと普通ではないくらいの密接な関係性にあります。一緒のベッドに寝て、一緒にお風呂に入る。社会から隔絶された狭い世界で、降霊術というこれまた非社会的な行為で生計を立てる。劇中で「籠の中の2羽の小鳥」が登場しますが、まさにこんな感じです。

そんな姉妹が、映画プロデューサーの誘いにより、映画によって外界を知っていきます。しかし、ここで姉妹に違いが生じます。ローラは他人のキスにやたらと目がいくことからもわかるように、大人としての目覚めが強く、外に関心があるのですが、ケイトは無邪気で子どもっぽいまま。結果的に、ローラは女優という新しい道を見つけます。一方で、ケイトは降霊術の才能を利用され続け、そして悲劇が…。

結局、二人を分かつのは“社会(男)に搾取されるかされないか”でした。本作を観ていて何気なく映るシーンに、たくさんの女性が配線をカチャカチャ変えて働く姿があります。あれは「電話交換手」であり、その当時の女性が就ける数少ない仕事なのです。よく考えると、降霊術もまた人と人とをつなぐという点では同じものに見えます。つまり、降霊術しかできないケイトは社会に束縛された女性そのものなのでしょう。普段は社会では女性の意見なんて聞きもしないけれど、降霊術なら耳を傾けるという皮肉ともとれます。これもまた「スピリチュアル」という言葉でラッピングしたら印象がガラッと変わる人間の悲しい“サガ”なのです。

しかも、映画プロデューサーと密かにしていた降霊は、明らかにセックスのメタファーとして描写されていましたから、なんだかね…。

ラストは、女優になったローラが映画セットの偽物の星空を見つめるシーンで終わりますが、ローラもまだ女優になったとはいえ籠の中の鳥であることを暗示させる、憂いのある終わりでした。

プラネタリウム

コルベンにとっての降霊術

ここまで本作について書いておけば「なんだ、以外と解釈できるお話じゃないか」と思うのですけど、これで全てじゃないのが作品を本当にややこしくしていまして…。

本作は姉妹だけでなく、ここに映画プロデューサーのコルベンの物語が加わるんですね。この人物も実は実在の人がモデルで、それはフランスの伝説の映画プロデューサー「ベルナール・ナタン」。姉妹のモデルの「フォックス姉妹」とは活躍した年代も場所も違うのですけど、それを強引?ともとれる力技で合体させているのも凄い…。で、そのモデルとなったベルナール・ナタンは、ユダヤ人。映画会社を経営していたとき、ユダヤ人であるがゆえに周囲から批判され、最終的にはアウシュヴィッツに送られ、悲惨な人生を遂げました

それで本作では、コルベンは降霊術を信じたことで会社から嫌われ、社会から孤立します。

つまり、本作は降霊術を「女性差別」と「ユダヤ人差別」、二つを暗喩させる役割を与えているのですね。

描きたいことはわかる。わかるけど、いかんせんわかりにくい。ゆえに雰囲気だけの映画に見える。たぶん多くの人は「“ナタリー・ポートマン”と“リリー=ローズ・デップ”が綺麗だった」くらいの感想しか沸かないのではないでしょうか。

イマイチ映画の伝えたい本当の魅力が見えてこない作品でした。

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