ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書
映画『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:The Post 
製作国:アメリカ  
製作年:2017年 
日本公開日:2018年3月30日 
監督:スティーブン・スピルバーグ 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★

あらすじ

1971年、ベトナム戦争を分析・記録した国防省の最高機密文書=通称「ペンタゴン・ペーパーズ」の存在を、ニューヨーク・タイムズがスクープする。ライバル紙でもあるワシントン・ポスト紙の発行人キャサリン・グラハムは、部下で編集主幹のベン・ブラッドリーらとともに、報道の自由を統制し、記事を差し止めようとする政府と戦うため、ニューヨーク・タイムズと時に争いながらも奮闘する。

ネタバレなし感想

狙ったかのようにタイムリーな映画

今、日本ではいわゆる森友問題をめぐる公文書の書き換え事件が連日報道されて、大きな騒ぎとなっています。この事件について各々いろいろ思うことはあるでしょうが、熱心な映画ファンはこう思ったはず。「ペンタゴン・ペーパーズみたいな展開になっている…!」と。

それくらい本作『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』の日本公開タイミングは運命的でした。さすがに配給の東宝はこの事件にあからさまに便乗して映画を宣伝するようなことはしていないようですが、完全にシンクロしたのは、ラッキーというと不謹慎かもですけど、絶好の機会ではあります。

本作は、ベトナム戦争における分析などの情報を集めた公文書を、当時のアメリカ政府が隠蔽し、それを関係者が内部告発し、マスメディアであるジャーナリストが報道するという実話です。

こうやって主題の経緯を観ると、どちらかといえば森友問題よりも2010年の尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件の方が近いですね。まあ、あれは大手マスコミの対応が違うので別の問題があるのですけど…。

監督は巨匠“スティーブン・スピルバーグ”。彼がこの映画を作ろうと思ったきっかけは、自分の気に入らないマスメディアは全部フェイクニュース扱いにして弾圧を強めるドナルド・トランプ大統領へのカウンターだというのは監督本人も公言しているとおり。結果、そのカウンターは日本にまでぶち込まれたのはオマケですが、特筆すべきはその素早さ。さすがスピルバーグ、映画を撮るのが速い速い。監督が決まったのは2017年2月頃。脚本を読んですぐに映画化しようと思ったといい、撮り終えたのは11月。その後、他の音楽などの作業もすぐ終え、12月にはアメリカ公開。おかしくないですか、このスピード。しかも、監督作の『レディ・プレイヤー1』という大作の製作を進める片手間ですからね。それでこのクオリティで、アカデミー賞ノミネートですよ。公文書を隠蔽・改ざんする政府よりもスピルバーグの方が怖いよ…。

もちろん、この超スピード製作を支えたのは監督だけでなく、“メリル・ストリープ”“トム・ハンクス”というベテラン俳優がいるからでもあるのですが。

正直、今のニュースになるような事件を見ていると、これはいつか映画化されるのかな…と思ってしまうのは私が映画脳だからですが、やっぱりこういうのって映画化のタイミングは重要ですよね。今だ!という時に公開にならないと関心も持ってくれなかったり。

ともかくここまで今観るべき映画もないです。毎回、今観たほうがいいと言っている気がしますが、本作は特別にそうです。

もう証人喚問だなんだはまず置いといて、与党の政治家も野党の政治家も官僚もマスコミも、この映画を皆で仲良く並んで観に行けばいいんですよ。スピルバーグ監督が日本人じゃなくて良かったと日本の人たちは安堵するでしょう、きっと。

それは置いておいても、本作はとくに女性にオススメできる映画です。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

「マスメディアvs政府」ではない

ドナルド・トランプや森友問題を持ち出してイントロとして書き始めておいてなんですが、本作を政治的なメッセージ性ありきで企画された作品なのかと、ちょっと冷めた目で見た人がいるかもしれません。さらには「反トランプ映画だ!」とか「共和党批判のための民主党寄りの作品だ!」なんて怒り心頭な人も一部ではいないとは言い切れません。

しかし、本作は決して政治的主張一色で作られた映画ではありませんし、ましてや特定のプロパガンダを狙った偏った作品でもないでしょう

なんといったって、あの“スティーブン・スピルバーグ”。『ブリッジ・オブ・スパイ』ではアメリカからもソ連からも批判される弁護士を描いた人ですよ。『ミュンヘン』ではパレスチナからもイスラエルからも非難されるような映画を作った人ですよ。『1941』であんなアホな日本軍を撮った人ですよ(いや、これはちょっと違うな…)。

といっても正直、私も最初は本作を観る前、いくらフェイクニュース絡みで報道の自由が揺れているとはいえ、いまさらニクソンを槍玉にあげる映画を作って面白いのかと疑問でした。もうすでに対ニクソンの映画は存在するわけですから。

ところがさすがの“スティーブン・スピルバーグ”で、そこはしっかり考え抜かれていました。もちろん、報道の自由がテーマになっているのは言うまでもありません。しかし、露骨にマスメディアvs政府という対立構造にはならないのが本作の特徴です。つまり、「マスメディアは善! 政府は悪!」みたいな雑なポリコレとは違います。

逆に反トランプな主張一色の映画を期待して見た人は、拍子抜けするのではないでしょうか。あれっ、思ったのと違うぞ…と。

冒頭のベトナム戦争シーンに始まり、ダニエル・エルズバーグが戦況の現実を分析した書類を研究所から持ち出すあたりは、いかにもポリティカル・スリラー。でも、その後は、ちょっと様相が変わってきます。

女性という第3の視点

本作が安易な二項対立にならない大きな主因。それは事実上の本作の主人公である「キャサリン・グラハム」の存在です。

ワシントン・ポストのトップであった夫の亡き後、その座を継いだキャサリン(ケイ)。彼女の立場は非常に微妙です。夫が1963年に自殺したことで、半ば流れ的にマスメディア企業の頂点に立ってしまったわけですが、実際はお嬢様育ちの専業主婦でしかないわけで。40代後半での予想外のチャレンジに彼女もビクビクしていますし、周囲も「あんなので経営者になんかなれるのか?」と訝しげ。序盤のキャサリンのあのやる気はあるけど自信がなく何も言えない感じが、“メリル・ストリープ”の超名演によって、見事に表現されていました。

ここで本作は実は当時のマスメディアに対する批判的な視線も含まれていることが読み取れます。ワシントン・ポストはリベラル寄りと言われていますが、その内では女性差別的で、保守的な男社会である様子が本作ではハッキリ描かれます。つまり、ジャーナリズムはジャーナリズムでも“男”ジャーナリズムなのです。その代表的象徴が、“トム・ハンクス”演じるベン・ブラッドリーです。常に足を机にのせて座るなど、さりげないふてぶてしさが良く表れていましたね。

そして、本作では「キャサリン、“男”ジャーナリズム、政府」の三角関係で物語が展開し、駆け引きが進んでいきます。ここが既存の他作品にはない本作の個性です。

キャサリンは、海賊と称されるほどの勢いまかせなベン・ブラッドリーの手綱をひこうと悪戦苦闘すると同時に、これまでプライベートで仲の良かった政府関係者と対立する判断を迫られます。

最終的に彼女の決断は、ある大きな意味をもたらします。無論、歴史的にはニクソン政権の不正を暴いたというのが表の実績です。でも本作では裏の実績、つまり政府もジャーナリズム業界も男社会が当たり前な世の中への最初の一撃をかましたことが重要になっています。「私の会社よ!」というあの言葉は宣戦布告のようでした。

「政府の圧力に屈しない!」とプライドありきなベン・ブラッドリーだったり、会社の利権にばかりこだわる役員だったりという男たちは、大事なことを忘れていないか? そういう視点を投げかける映画でした。

そもそも本作は反トランプ映画を作ろうと始まったものではありません。最初の企画は、キャサリン・グラハムの伝記映画を作りたいという動機だったそうです。すでにピューリッツァー賞を受賞している「キャサリン・グラハム わが人生」という自伝があり、そこから構想を膨らましたとのこと。本作の脚本を執筆したのはリズ・ハンナという人で、エイミー・パスカルがその脚本に目をとめて映画化を決定しました。つまり、最初の企画チーム自体が女性主導なんですね

だからこそ、本作はあんなにも女性視点が溢れているわけです。ベン・ブラッドリーの妻であったり、キャサリンを見つめるさまざまな女性の視線に注目することこそが本作の肝なのではないでしょうか。

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書

そして『大統領の陰謀』へつながる

本作は、ペンタゴン・ペーパーズ事件という歴史を描いた作品としては単体ではわかりにくいです。なので関連作のほかの映画と合わせて観ると面白さが倍増するのでオススメです。

まずは何よりもアラン・J・パクラ監督の『大統領の陰謀』(1976年)。


ワシントン・ポストの社会部記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインがウォーターゲート事件の真相に迫っていく姿を描いた作品。『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』の終盤のシーンは、知らない人には何のこと?状態だったと思いますが、あれは『大統領の陰謀』の冒頭につながってます。警備員がドアにテープが張ってあるなど異変に気付き、外から深夜のウォータゲートビルに浮かぶライトの光を映したカット。完全に『大統領の陰謀』とカメラワークまで一致しています。スピルバーグのニクイ演出ですね。

ペンタゴン・ペーパーズ事件とウォーターゲート事件で最終的に失脚することになるニクソン。そのニクソンのその後を描く作品として面白いのが、ロン・ハワード監督の『フロスト×ニクソン』(2008年)。


1977年に放送されたイギリスの司会者デービッド・フロストによるニクソン元アメリカ合衆国大統領のインタビュー番組を描くこの映画。ユニークなのが、ニクソンと戦うのが、マスメディアではなくて、他国のお茶の間に人気な政治素人の司会者という点。これまた変わったジャーナリズムです。この映画でもニクソンをそこまで悪い奴としては描いていません。

『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』とほぼ同じ時期に公開された『ザ・シークレットマン』も参照になるでしょう。こちらはウォーターゲート事件の情報提供者であるディープ・スロートと呼ばれた人物を描く作品。内部告発の苦悩がわかります。

あとは『The Most Dangerous Man in America』(2009年)というアカデミー賞にもノミネートされたドキュメンタリー映画があって、ペンタゴン・ペーパーズ事件の内部告発者ダニエル・エルズバーグに迫ったもの。でも、私は観ていないので何とも言えず…。

とにかくこれだけ作品があるほど語り切れない重大な事件だったということです。

最後に、本作で一番輝いていた女性はキャサリン・グラハム…と言いたいところですが、劇中、今回の事件で最も儲かったのがレモネードを売りまくったあの女の子だというのが、すごくスピルバーグらしくてホッコリしました。

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