夜が明けるまで

Netflix映画『夜が明けるまで』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Our Souls at Night 
製作国:アメリカ 
製作年:2017年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督:リテーシュ・バトラ 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

とある田舎町。それぞれ伴侶に先立たれた高齢の男と女がいた。二人は近所に住むもの同士、顔見知りであったが、ある日から互いの孤独を埋めるように、毎晩一緒のベッドに寝て、他愛もない話をするようになる。ただそれだけでも、二人にとっては意味のあることだった。

ネタバレなし感想

再び寄り添うことにした二人

映画において何かと共演してペアを組まされる男女の俳優というのはよくいますが、今回取り上げるのは“ロバート・レッドフォード”“ジェーン・フォンダ”のペアです。

“ロバート・レッドフォード”といえば、『オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜』という映画で、広大な海にひとり取り残された海難者を演じ、会話も全くないなか物語を一人芝居ひとつで見事にもたせて、高く評価されたことでもまだ記憶に新しいでしょう。最近の作品だとピートと秘密の友達ザ・ディスカバリーにも出演していました。まあ、どんなに作品を重ねてもやっぱり彼の有名作は『明日に向って撃て!』であることには変わりないでしょうけど。

一方、“ジェーン・フォンダ”はこれまで幾度となくアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされ、『コールガール』『帰郷』では受賞もしている名女優。個人的には、今の日本人には他人事では観られない、原発事故をめぐる人間模様を描いたジェームズ・ブリッジス監督の『チャイナ・シンドローム』(1979年)なんかも印象に残ります。一時期は俳優業を引退しましたが、また復活してからは、その実力を再び発揮しているようでさすがです。

そのアメリカ映画界を象徴する名俳優の二人がペアで共演したのは、1966年公開の『逃亡地帯』が始まり。アーサー・ペン監督のこの作品では、脱獄囚とその妻を熱演、町に起こった狂気に翻弄される姿が鮮烈でした。そして、続く翌年にはジーン・サックス監督の『裸足で散歩』というコメディでもダブル主演をつとめ、こちらは新婚夫婦役でした。その後の共演はざっと10年ぐらい飛んで1979年のシドニー・ポラック監督の『出逢い』になります。

それで、これ以降はこの顔合わせはなかったのですが…。

なんと実に38年ぶり(!)に“ロバート・レッドフォード”と“ジェーン・フォンダ”がダブル主演となる映画が製作されました。

それが本作『夜が明けるまで』

二人が本作で演じるのは、すでにパートナーを亡くして独りとなった高齢者の男女で、孤独を埋めるように寄り添い合うようになる姿。正直、この二人の映画史を一緒に目で辿ってきた人にしてみれば、あの二人が年老いてペアを組む姿はそれだけで感慨深いし、作品のキャラクター以上の歴史を勝手に感じてしまいます。きっとそれを狙ったうえでのキャスティングなんだと思いますが。

というか本作は“ロバート・レッドフォード”自身が映画製作に動いた作品で、作ろうとした目的のひとつに「ジェーンと映画をつくりたかった。僕が死ぬ前にもう一度ね」と語っているわけで…。泣かせるなぁ…。そして、対する“ジェーン・フォンダ”も「また彼と恋をしたいと思ったから」と答えるという…泣かせるなぁ…。今年のベネチア国際映画祭で二人を揃って栄誉金獅子賞を受賞したのも…ほんと、愛が詰まっていて、うん、泣かせるなぁ…(語彙がない)。

映画を公開するNetflix側も、以下のこんな動画を作るくらいです。


もう、二人の俳優の出会いを記念する映画といっても過言ではない一作。ともかくこの二人にしかできない役者の共鳴音を味わってください。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

数の少ない高齢者ドラマ

映画を観終わって、久しぶりに共演した“ロバート・レッドフォード”と“ジェーン・フォンダ”の演技については、もう、改めて言うこともないでしょう。良かったです。すごく良かったですよ。

本作はキャラクターの説明がほとんどないのですが、あのルイスとアディーが劇中で初めて顔を合わせるシーンの時点から「ああ、この二人は相性がいいんだな」と思わせる“何か”を観客に感じさせてくれました。

ということで、俳優の演技への言及はもうこのへんにして、あとはストーリーやテーマについて書きましょう。

本作の内容はざっくりと味気ない説明をしてしまうと「高齢者の孤独とそれに向き合おうとする物語」です。

まず、高齢者を主人公に高齢者社会の問題を描くというのは今のアメリカ映画界ではなかなか難しいものです(日本もですけど)。どうしたって若い人か、もしくは働き盛りな大人の話になりがちです。もしやるとしても、アメコミの『LOGAN ローガン』やクライム・コメディの『ジーサンズ はじめての強盗』のようにジャンル映画としての着ぐるみをかぶせないと大衆に受けないんですよね。

しかし、本作は純然たる高齢者のドラマであり、そこが凄いです。劇中ではジーンやジェイミーのような若者も出てはきますが、あくまでそれは高齢者社会にはみ出してきた枝であり、高齢者社会という太い幹を描くことには変わりありません。

“ロバート・レッドフォード”自身も、純粋な高齢者のドラマを作りたいと思って本作を手がけたと言っていますが、こういう作品はもっとたくさんあるべきな気がします。

それこそアメリカでは高齢者は社会で生きる“マイノリティ”と言ってもいいくらいなのですから。

夜が明けるまで

「高齢者」という固定観念

国の調査によれば、日本では65歳以上の高齢者のうち男性で10人に1人、女性で5人に1人が一人暮らしをしているそうです。この“社会問題”に対してさまざまな対策が実施されています。

本作はこの「高齢者の孤独」を丁寧に描いていました。

ルイスもアディーも孤独とは言いつつ、カフェの仲間がいるし、息子がいるし…と周囲に“人”はいます。でも、孤独というのは単に“周りに人がいるか”ではなく、“本当に寄り添うように話せる相手”がなかなか見つからないことで起こる…それがよくわかるドラマでした。

加えて、高齢者を孤独に追い込んでいるのは「高齢者」という固定観念そのものなんだなというのも痛感させます。

私もですが、私たちは「高齢者はこうあるべきだ」という枠に高齢者を収めようとしがちです。それは高齢者自身もやっていて、劇中でもルイスがカフェで集まる同年代仲間に「お前の活力に敬意を表すよ」と明らかに勘違いした嫌みを言われる場面でも、その圧力を感じさせます。これはLGBTQへの偏見と全然同じ問題ですね。

対して本作はルイスとアディーの生き方を通じて「別に高齢者であっても、何をしてもいいんだ」ということを強く打ち出す作品となっていました。落ち着いた地味なドラマではありますが、その中身では主張ははっきりしています。

最後に離れ離れになったルイスとアディーが、スマホという若者のツールとされがちなモノで交流を続けるシーンも、「高齢者」という固定観念を取っ払うことを示す印象的な場面でした。きっとあの二人ならSNSとかもガンガン使いこなすでしょう、たぶん。

ちなみに本作はアメリカ映画ですけど、監督はインド人の“リテーシュ・バトラ”という人です。長編デビュー作『めぐり逢わせのお弁当』も本作と同様に孤独と向き合う物語で、批評家からの評価も高い一作ですので、気になった人はぜひ観てみるといいと思います。


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