溺れるナイフ
映画『溺れるナイフ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:溺れるナイフ
製作国:日本 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年11月5日 
監督:山戸結希

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 

あらすじ

東京で雑誌モデルをしていた少女・夏芽は、父親の故郷である田舎町・浮雲町に引っ越すことになる。平凡な田舎での生活に退屈さを感じる夏芽だったが、地元一帯を取り仕切る神主一族の跡取り息子コウと出会い、彼の持つ不思議な魅力に心を奪われていくが…。


舐めてました、少女漫画の実写化

少女漫画の実写化は日本の映画界では定番行事です。1年で何本くらい映画化されているのでしょうか。とにかく観る観ないは別にして、映画館に通っていると予告などたくさん目にする機会は多いです。

少女漫画を普段全く読まない私のような人間にしてみれば、これらの少女漫画の実写映画作品で描かれる美男美女のちょっと現実離れした色恋沙汰は、お決まりのステレオタイプにしか見えず、「私には理解できない世界だなぁ」と若者エンターテイメントをどこか遠い目で眺めがち。

ところがそんな少女漫画アウェイな私でも、本作『溺れるナイフ』には惹きつけられるものがありました。

なぜなのか? 本作は、ご多分に漏れず、美男美女の現実離れした色恋沙汰を描いています。ただ、この現実離れが『溺れるナイフ』の場合、山戸結希監督の演出により、独自の領域に到達していると思います。私の考える少女漫画の実写映画作品によくあるアプローチ(コミカルにお茶を濁すとか、ベタな感情的シーンに頼るとか)をもちろん使っていない。むしろ、ナニコレ?な演出の数々。でも、そこに原作を徹底的に妥協なく監督色に映像化しようという執念さえ感じる。その真摯さに心を打たれました。

ゆえにこれだけ作家性が前面に出ていると賛否両論が確実に起こるわけで、誰にでも受けやすい映画ではないですが、ハマる人にはハマるでしょう。

神がかった熱演をみせる主役・脇役全ての役者陣にいたっては、圧巻です。日本の若手俳優は本当に凄いなぁ…。

少女漫画でしょう?と舐めている人はぜひ一見の価値ありです。






↓ここからネタバレが含まれます↓





少女は神の世界へ迷い込む

本作、とにかく掴みにくい映画です。普通の若い美男美女の恋物語として現実的に捉えようとすると突拍子もない演出とキャラクターに理解不可能な限界点に簡単に達してしまいます。これが君の名は。のようなアニメーション映画なら、まだわかりますけどね。

本作は『千と千尋の神隠し』に似ているなんていう意見があるように、ある日、少女が神の世界に迷い込む物語なんだと思うと、私はすとんと腑に落ちる気がします

もともと日本の田舎は神的な信仰が息づく地としても大きな意味があります。それを上手く物語に活かした作品も、『君の名は。』のようなアニメーション映画から、『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』のような実写映画まで多数存在します。本作も望月夏芽が浮雲町に来て学校で信仰の話を聞かされたように、まさに神的な信仰に向き合う映画でした。そういう意味では、本作では恋愛が信仰的に描かれてます。

まず“小松菜奈”演じる望月夏芽は普通の人…でもなく、モデルという言わば同年代の若い人から神的に崇められる存在。少なくとも都会では神的気分でいられたはずです。

そんな望月夏芽が自分の世界とは全く違う別の神を信ずる町にやってきたことで物語の幕が開けます。そして、最初に出会う神がそれこそ“菅田将暉”演じる長谷川航一朗です。人ならざる見た目といい、挙動といい、まさしく神の子。でも、神としては下に位置する若い奴であり、だからこそ、祭りの日に強姦される望月夏芽を助けられません。

神的素質を持つ人間の望月夏芽が、未熟ながらも自分より上の神である長谷川航一朗と、自分より下の人間である大友勝利との間で揺れる話…私はそんな風に受け取りました。

無論、キョンキュンしました!という楽しみ方ができればそれでじゅうぶんなんですが、そうでない人にも物語が多重構造な受け皿になっているのが本作の魅力でしょう。

溺れるナイフ

神々の交流と成長を美しい映像で綴る

とにかく映像の美しさが目を引く本作。日本でこんな綺麗な映像を撮れるんだと感心してしまいました。水中の沈んでいく場面や、河原の大きな水たまりでの場面など、ある種の神的視点を垣間見せてくれるのも良いですね。

望月夏芽と長谷川航一朗の場合は常識を超越するかのような非人間的なじゃれ合いをして、望月夏芽と大友勝利の場合はコミカルな私たちにもわかる人間臭いじゃれ合いをする…この対比も印象的です。

この後、現実なのか幻想なのか区別付かないシーンが2度起こりますが、ここも先ほどの“神”解釈を当てはめるとしっくりきます。

2度目の祭りでレイプされたようなされていないようなシーンは、望月夏芽の人間からの卒業と長谷川航一朗の神としての成長だと思えばよいでしょう。

そして、望月夏芽と長谷川航一朗がバイクで二人乗りして疾走するシーンは、望月夏芽が女優として神の位置に上りつめ、二人が対等になった瞬間である…私の解釈はそんな感じです。

不満というほどではないですが、気になった点として、最初のレイプ場面。生温いからもっとリアルに残酷にしろ…ではなくて、むしろ本作の場合、リアルにするのは変でしょう。逆に抽象化してほしかったなと思います。これだと平凡すぎて単に雑なだけだと受け取る人も出てくるでしょうし…。

ちなみに、ラストで見せられる広能晶吾の撮った映画の、賞を獲ったわりには非常につまらなそうな映像。あれは私は逆にリアルかもと思ったり。ほら、ああいう賞に輝く邦画なんてこんなものでしょという、山戸結希監督の露悪性さえも感じる…のは邪推かな。

こういう方向性の少女漫画の実写化もありなんだということを見せてくれただけでも本作は非常に価値ある一本でした。低予算でもここまで作れるのですから。大事なのは予算ばかりじゃないのです。

(C)ジョージ朝倉/講談社 (C)2016「溺れるナイフ」製作委員会