メディアが沈黙する日
ドキュメンタリー映画『メディアが沈黙する日』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Nobody Speak: Trials of the Free Press 
製作国:オランダ・アメリカ 
製作年:2017年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督:ブライアン・ナッペンバーガー 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

プロレスラーのハルク・ホーガンのセックスビデオ流出事件が発端となった、米ゴーカー・メディア社を相手に起こした訴訟問題。プライバシーの侵害が議題となった普通の裁判に見えたが、実は裏にとんでもない暗躍者が存在していた。莫大な資金と権力を持つ一部の特権階級の人間たちによって、窮地に立たされている報道の自由と責任について検証していく。

ネタバレなし感想

そして誰もしゃべらなくなった

報道・言論の自由の大切さには私たち一般市民はなかなか気づきにくいものです。

でも想像してみてください。例えば、映画業界を元に考えてみましょう。もし、その自由が奪われていればどんな社会になっているか…。まず、劇場では特定の思想や主義だけを押し出した同じような大作映画がひたすら公開されます。そして、スクリーンを出た観客にこんな文章が書かれた紙が渡されるわけです。「“とても面白い映画だった”もしくは“感動した”、このどちらかの文章をSNSにアップすることを認めます」…当然、SNSには同じような感想ばかりが並びます。この映画感想ブログだって、大作映画をひたすら褒めちぎるだけの媒体になっているでしょう。

こんなディストピアで生きたいという人はまずいないと思いますが、幸いなことにそんな状態にはなっていません。ときに自分の好きな映画が咎められているのを見て、嫌な気持ちになることもあるでしょうが、それも自由が保障されているからこそ。多様な意見に触れ合うのも良しだし、反論意見を書くのも良し。自由です。

ところがメディアの世界では自由が窮地に立たされています。しかも太陽の下で 真実の北朝鮮のような独裁国家でのお話ではありません。先進国でのお話です。

その危機的状況を訴えるドキュメンタリーが本作『メディアが沈黙する日』

内容は、金と権力で支配されていくメディアの惨状を克明に伝えるもの。例のあの人のせいでもうニュースで見聞きしている人も多いですが、まさにこの問題は現在の最もホットな議題です。だから、だいたい知ってるよなんて思うかもですが、いやいや、想像以上の出来事が起こっているのです。もう情報統制をしている北朝鮮や中国を馬鹿にしている場合じゃないです。本作の舞台はアメリカですけど、日本も他人事じゃない…。

今、観るべきドキュメンタリーの一作でしょう。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

ハルク大暴れ

最初はハルク・ホーガンの話題から始まる本作。マーベル・コミックの「ハルク」からリングネームをとっている彼は超有名です。格闘技に全然興味ない私ですら名前を知っていますから。

そんなハルク・ホーガンのセックスビデオ流出をすっぱ抜いたのが「Gawker」というネットメディア。日本では認知度の低い存在ですが、運営元の「ゴーカー・メディア」は「Gizmodo」「Kotaku」「Lifehacker」などを束ねる巨大なブログパブリッシャー。典型的な新鋭メディアの代表格ですね。

この2者の対立の火種になったセックスビデオの報道の是非。芸能人のプライバシーはどこまで守られるべきかという議題は、日本でも芸能人の不倫がよく報じられる昨今、どの国でも常に持ち上がるものであり、特段珍しい話題ではありません。自分のセックスの姿がお茶の間に流れたら、そりゃあ、プライバシーの侵害を主張しますよね。

ただ、作中でも説明されているように、ハルク・ホーガンは公の場で自身の性的ネタをしょっちゅう話題にする人で、そういう行為をしている人がいきなりその話題を「プライバシーだ」と主張しても、普通は裁判では通りません。それが法律の世界の常識…のはずでした。

ところがハルク・ホーガンは性にオープンなのは「ハルク・ホーガン(リングネーム)」であって、「テリー・ボレア(本名)」ではないという謎理論によって裁判に勝ってしまいます。

これに対してあるゆるメディアが憤ります。印象的なのは、過激な表現で煽るゴシップばかりの「ゴーカー・メディア」を本心は良くは思っていない、割と真面目なメディアの人も、この裁判はオカシイと主張している点。どう表現するにせよ、自由は大事だというのは、なんか『サウスパーク/無修正映画版』を思い出しました。

↑下品な表現も自由だよ!な教育的作品(えっ)

ハルクは駒に過ぎない

で、ここまでは本作の主題ではなく。メインはこの先です。

このハルク・ホーガン裁判、実はプライバシー侵害なんかよりも、執念深い狙いが潜んでいたということがしだいに発覚します。

経済的に貧乏だったハルク・ホーガンに莫大な資金提供をした人物、それがピーター・ティールでした。彼はPayPalの共同創業者であり、シリコンバレーで絶大な影響力を持つ超金持ち。シリコンバレーというと多様性を重視するイメージですが、ピーター・ティールはかなり異質な存在で、良くも悪くもカリスマ性があります。

そのピーター・ティールはかつて「Gawker」にゴシップを書かれたことがあり、嫌っていました。カネの力で気に入らないメディアを潰したのでは?という疑惑の真偽はさておき、資金提供したのは本人が認める事実であり、衝撃。この後も、他のメディアでも権力者によって辞職に追い込まれた人かいるなど、続々と惨状が露わに。そして、ご存知ドナルド・トランプですよ…。

この手の作品は陰謀論的になりがちです。でも、本作はジャーナリストが説明するだけあってスマートな語り口で嫌みがないのが良いです。まあ、現在は陰謀論的暗躍というよりはオープンな全面戦争に突入しているのですが。

そう、だから怖いんですよね。従来もメディアが権力者にコントロールされる事態はあったと思いますが、それは良くないことだという認識があるため、ひっそり裏で行われているものでした。しかし、今はどうですか。堂々とメディア・コントロールをしています。

困った時のロジャー・ストーンと同じ恐怖です。メディアでさえこれなんですから、金も権力もない私なんてほんとちっぽけなんだなぁ…。

メディアが沈黙する日

ジャーナリズム精神の大切さ

一方で、本作を観た人の中には「いやいや、メディアだって問題をたくさん抱えているよ」と言いたい人も少なくないでしょう。そのとおりです。でも、それはジャーナリズムの否定にはならないはずです。なぜなら、既存のメディアに対して「それ、おかしいんじゃないの?」と言うことだって報道・言論の自由なのですから。「自由に批判し合えるようにしようよ」というのがジャーナリズム精神。本作は決して「メディア絶対正義」を主張するものではなく、ジャーナリズム精神の保護を訴えるものです。そもそも絶対に正しいものなんてないというのが、ジャーナリズム精神の動機なのですから。

それでも昨今はメディアに対して懐疑的・否定的な人が、メディア・コントロールしたい権力者を勢いづかせているわけであり、深刻なんですよね。

メディアが沈黙したら、それはあらゆる映画を含むエンタメも今のように楽しめない時代がやってきます…そんなのは嫌です。私にできることは、ジャーナリズム精神を持った多様な価値観を支持する映画を応援することくらいでしょうか。

©Netflix