ムーンライト
映画『ムーンライト』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Moonlight 
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年3月31日 
監督:バリー・ジェンキンス 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 

あらすじ

マイアミの貧困地域で暮らす内気な少年シャロンは、学校では同級生に虐められ、家庭では麻薬常習者の母親ポーラから育児放棄されるなど、生活は決して良くなかった。そんなシャロンに優しく接してくれるのは、近所に住む麻薬ディーラーのフアン夫妻と、唯一の男友達であるケヴィンだけ。

日本人がこの映画を観る意義

第89回アカデミー賞で栄えある作品賞を受賞する作品のタイトルは…『ムーンライト』です!! わー、パチパチパチ。

よし、何事もなく発表できた(歴史改変)。

茶番はさておき、本作『ムーンライト』は作品賞をとるべくしてとった作品なんじゃないでしょうか。こんなに社会的メッセージが際立った米アカデミー賞も久しぶりで、アメリカ国内では非常に盛り上がりました。その始まりからずっと抑圧と闘ってきたハリウッド映画界ですが、前年の白人ばかりのアカデミー賞への批判もあって、映画業界自身も改めて変わってやる!という強い決意の表れでしょう。決して世間で言われるようなドナルド・トランプありきな選評ではないと思います。『ムーンライト』を素材とする強烈なメッセージは映画界、そして時代や政治を変えるのか、それとも記録に残るだけなのか…この時代を生きる映画好きな人間として見届けていきたいところです。

それとはレベルが比べものにもならないくらい低いですが、日本でも米アカデミー賞受賞による変化がありました。

それは『ムーンライト』の公開劇場館数が増え、公開時期も大幅に早まったこと。私が観た劇場でも一番サイズの大きいスクリーンで上映してましたし、宣伝にも力が入ってました。もし何も受賞しなかったらDVDスルーだってありうるタイプの映画ですから、少しでも観る機会が増えるのは喜ばしいかぎり。

ただ、やっぱり日本における訴求力はそれでも低いです。それはこの作品のせいではなく、日本の“マイノリティ問題”への関心なさが深く根を張っているためでしょう。なので、本作だけで日本の意識が変わるのはとてもじゃないけど荷が重すぎる話。本当は学校レベルでしっかり教育していくべきだとは思いますが…。

オリンピックで国際アピールだとか、英語教育でグローバルな人材育成だとか、そんなことを言うなら、ぜひ本作も観てほしい。本作こそ日本に足りないものなんじゃないでしょうか。

そんな説教臭い議論は抜きにしても、本作は非常に興味深い映画です。それこそ、アカデミー賞を受賞したという下駄を履かせる必要はないくらい。なぜなら、黒人を主題にした映画としても、性的マイノリティを主題とした映画としても、既存の作品群にはない新しさがあるから(詳しくは後半のネタバレで)。そういう意味でも映画史に間違いなく残る作品だと思います。

本作は色彩の美しさも魅力です。ぜひ大きいスクリーンで観ることをおすすめします。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ブラックムービーとしての本作の新しさ

本作は、劇作家のタレル・アルバン・マクレイニーが書いた「In Moonlight Black Boys Look Blue」という短い戯曲が元であり、私は原作は知らないのですが、アカデミー脚色賞をとってるくらいですから、かなり巧みに内容を膨らませて映画化されたことが推察されます。

本作のような、子どもから大人までの成人していく過程を描いたドラマは「カミング・オブ・エイジ・ストーリー(coming of age story)」と呼ばれます。本作は、リチャード・リンクレイター監督の『6才のボクが、大人になるまで。』を彷彿とさせました。無口な主人公、人生の重要な出来事を描いていない…などなど。まるで『6才のボクが、大人になるまで。』の黒人版みたいです。

↑こちらはほんとに撮影期間が12年間で、
同じ俳優がリアルで成長している意欲作。

ブラックムービーというと、どうしても社会的主張の激しい作品を真っ先に連想します。本作を手がけたブラッド・ピットが創立したプランBエンターテインメントも、『それでも夜は明ける』(2013年)、『グローリー 明日への行進』(2014年)と、黒人の過酷な歴史を主題としたメッセージ性の強い作品を送り出してきました。

↑こちらも米アカデミー賞で作品賞を受賞。
プランBはもはやオスカー常連です。

私も観る前はこの『ムーンライト』もそうなのかなと思ってたわけです。なんたって、アカデミー賞であんなに反トランプだなんだと盛り上がったくらいですし。

ところが、実際は全く違いました。主張ゼロというか、淡々としてます。逆に激しいのを期待してた人はガッカリするかもしれない。

でも、そここそ本作の新しさではないでしょうか。本作の主人公・シャロンは、黒人というマイノリティの中でもさらにマイノリティな存在。こういう人物が主人公になるのは最近のブラックムービーの潮流な気がします。近年だと、オバマ大統領の青年期を描いた『バリー』や、ハーバード大を目指す“がり勉”黒人が主人公の『DOPE ドープ!!』とか。本作はそのタイプの完成形でしょう。

ブラックムービーはより普通に描ける時代になったのかもしれません。

性的マイノリティ映画としての本作の新しさ

本作はブラックムービー以外にももうひとつ、性的マイノリティ映画としての側面もあります。そこにも本作には新しさを感じました。

それを語る前にまず話題。「LGBT」(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)という言葉は日本でもかなり浸透した感じですが、「LGBTQ」という言葉は聞いたことがないという人は多いでしょう。「Q」とは「queer(ジェンダークィア)」のことで、性自認が既存の性別の枠組みにあてはまらないかまたは流動的な人を指す用語です。そもそも人の性は「男」「女」はもちろん、「L」「G」「B」「T」の枠組みにさえも収まらない多様なもの。そんな人たちのことも考えたのが「Q」なわけです。

そして話を本作に戻しますが、主人公・シャロンは一見すると同級生ケヴィンに密かな思いを寄せる「ゲイ」に思えますが、劇中で「ゲイ」とは断言してません。それどころかシャロンは自分の性が何のかわからず、ずっと彷徨いっぱなし。私はこれこそ「Q」なのではと受け取りました。このわからない感じの生々しさが繊細に描かれているのは新鮮です。

これまでのアメリカ映画だと、例えば『ブロークバック・マウンテン』はいかにも「ゲイ」っていう感じだし、「LGBT」が固定的に描かれがちでした。ちなみに、今の日本映画は「LGBT」はどうもリアリティラインの低いファンタジー寄りに描かれてる気もします。

そんななかで本作は「Q」を描くという点で一歩抜きんでてました。そこも私は高く評価したいところです。

ムーンライト

“ブルー”に輝けなかった“ブラック”

1章「リトル」では、あだ名で馬鹿にされるだけだったシャロンが、麻薬ディーラーのフアンによって違う道へ誘なわれます。「自分の道は自分で決めろよ。周りに決めさせるな」と言うフアンが聞かせてくれたのが、月明かりで黒人が“ブルー”に見えたという話。真っ暗な海からシャロンを青い光あたる世界へ浮かび上がらせてくれたような、海のシーンが印象的でした。この時点で、リトル・シャロンには“ブルー”になる未来が開かれます。

2章「シャロン」では、リトル・シャロンは名実ともにシャロンになります。ケヴィンという同級生と心を交わし、愛と自信を持ったことで。シャロンの“ブルー”への道はさらに前進した…と思ったら…。不良にそそのかされケヴィンがシャロンを殴り、シャロンも暴力事件を起こし…。

そして、最後の3章。タイトルは「ブラック」。“ブルー”じゃない。“ブルー”じゃないんですよ。フアンと同じ麻薬ディーラーになっていたシャロン。これはもちろんフアンに憧れたからでもなく、少年院の仲間に誘われたからと語られます。そもそもシャロンはドラッグに良い思い出はなく、それが原因でフアンから離れたのに。まさに典型的な悪い黒人の道に戻ってしまいました。

この“ブルー”から“ブラック”への変貌は、服装でも示されていました。1章・2章のシャロンは必ず青いもの(シャツ、リュック、ジーパン)を身に纏っています。しかし、3章は全身真っ黒。別人です。映画の宣伝ポスターも少年期の姿から成人になるにつれ、色が黒く処理されているのはそういうことだったんですね。観終わるとハッとします。

シャロンと再会したケヴィンはそんなブラック・シャロンに失望したような表情を見せますが、原因はケヴィンにもあるので責められません。きっとケヴィンはブルー・シャロンを見たかったのでしょうけど。そんな二人は、あの夜のことを思い返します。ただ、思い出だけが月明かりに青く光るだけ…。

自分のなりたい色になるのは難しい…そんな人たちが黒人に限らず世界にはたくさんいます。この映画は人種・性別分け隔てなく、なりたい色になれなかった人に寄り添う作品でした

(C)2016 A24 Distribution, LLC