女神の見えざる手
映画『女神の見えざる手』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Miss Sloane 
製作国:フランス・アメリカ 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年10月20日 
監督:ジョン・マッデン 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★

あらすじ

大手ロビー会社の花形ロビイストとして活躍してきたエリザベス・スローンは、銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に移籍する。卓越したアイデアと大胆な決断力で難局を乗り越え、勝利を目前にした矢先、予想外の事件によって事態は一転する。

ネタバレなし感想

影で政治を操る存在・ロビイスト

先日、衆議院選挙の投票日を迎え、台風の影響もありましたが、開票が終了しました。どんな結果にせよ、私たち国民が政治に参加する数少ない機会です。これまで散々政治が機能していない国家を描いた映画を観てきた身としては「国民が何のリスクもなくタダで政治に参加できる」というのはこれだけで奇跡なんだとつくづく実感します。

しかし、実は国民が政治に参加・関与する方法は他にもあります。もちろん政治家になるというのは置いておいて…です。それが「ロビイスト」になることです。

ロビイストとはロビー活動を行う人のことで、それは「特定の主張を有する個人または団体が政府の政策に影響を及ぼすことを目的として行う私的な政治活動」と辞書にはあります。要するに例えば「移民を受け入れろ」という主張があるなら、それにプラスになるように政治家を支援したり、ときに圧力をかけたりする活動ですね。日本ではイマイチ聞きませんが、欧米では活発で、とくにアメリカでは非常にたくさんのロビイストが存在します。

そんなことSNSとかでつぶやくだけでも同じじゃないのと思うかもしれませんが、プロのロビイストが行うことはスケールが違います。一般人では絶対にできないようなあの手この手を駆使し、それにより強大な権力を持つロビイストや巨額の利益をあげるロビー企業も生まれているのです。

その知られざるロビイストを主人公にした映画が本作『女神の見えざる手』

本作の物語でロビー活動の主題となっているのが「銃規制」です。つい最近もラスベガスで史上最悪の銃乱射事件があったばかりであり、非常にホットなテーマ(まあ、いつもホットな気がするのが残念ですが…)。銃犯罪を防ぐために銃を規制すべきか、それとも憲法で定められた銃を持つ権利を守るか…日本人は馴染みのないどこか遠くのことのような話題ですが、本作を観ればその対立の根深さがよく実感できるでしょう。

監督は、1998年に『恋におちたシェイクスピア』でアカデミー賞作品賞ほか6部門を受賞した“ジョン・マッデン”。最新作となる本作はあまり賞レースに絡んできませんでしたが、批評家からの評価も上々。主人公を演じた“ジェシカ・チャステイン”はゴールデングローブ賞のドラマ部門で最優秀主演女優賞にノミネートされました。

社会派の難しい作品を想像するかもですが、そこまで難解なストーリーでもなく、明快な政治サスペンスとなっており、ドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』が好きな人は本作もハマるのではないでしょうか。

埋もれるのはもったいない、名作として見逃せない作品です。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

誰だこの脚本家は?

本作はまず映画製作前の脚本の段階で評価が高い作品でした。

優れた脚本が選ばれるブラックリストに選定されるのはもちろん、あのスティーブン・スピルバーグも脚本に惚れ込み、監督をしようか検討したことがあるとか。確かに本作にも通貫する「対立し相反する2つの陣営の間で信念を貫く主人公」という主軸が、『シンドラーのリスト』や『ブリッジ・オブ・スパイ』を手がけたスピルバーグ好みらしいですね。

この脚本、というか原作を執筆したのが“ジョナサン・ペレラ”という人物。…と聞いても全員が「誰?」となると思いますが、それもそのはず映画界では全く無名。それどころか作家ですらないのですから。

じゃあ、この謎の人物の正体は?と思ったら、なんとイギリス生まれで、東南アジアや中国・韓国で英語を教えていた教師だったんですね。

劇中でも中華料理店がでてきたりとアジアテイストが感じられるのはそのせいなのかな。銃規制の議論で「フグ料理」が口撃材料に使われるあたりは日本人としてなぜかテンションあがります。「フグ・シェフ!」。

“ジョナサン・ペレラ”はロビイストではありませんが、教師になる前は弁護士だったそうです。その経験を活かしつつ、ロビイストについて研究したとのこと。ちなみに「ゴキブリ諜報」は本当に研究が進んでいる技術だそうです。

今後も注目したい脚本家の誕生を目撃できました。

女神の見えざる手

ミス・スローンこそが銃そのもの

実際に本作のストーリーは“ジョナサン・ペレラ”だからこそ書けたものだったと思います。つまり、“アメリカ社会の当事者ではない人間”にしか、「銃」をとりまくアメリカ政治からサスペンスというエンタメ部分をこれほど上手く抽出することはできなかったのではないでしょうか。どうしてもアメリカ人だと銃規制問題でどちら側につくかで評価されてしまうし、作り手の「主張したい欲」が目立ちがち。

本作はその点、“中立”というほど生真面目ではないですが、題材への向き合い方としては落ち着いています。

銃規制問題を扱ってはいますが、本作は決して銃規制賛成派・反対派どちらにも偏っていません。あくまで登場人物はロビイストなので仕事として対応していくだけ。ゆえにエモーショナルなドラマにはあまりなりません。それどころかそのエモーション(感情)を逆に利用するなど、冷たさすら感じます。ことさら主人公であるエリザベス・スローンは、銃規制派のためにロビー活動を展開しますが、その姿は自身のキャリアのために仲間さえも利用する狡猾なキャリア・ウーマンそのもの。人の「主張したい欲」が金の力で事務的に処理されるさまは恐ろしいものでした。

しかし、スローンには内に“信念”を隠し持っていました。そのエモーションが爆発する終盤の聴聞会のシーンはまさにカタルシス全開。正直、お話のトリックとしては、まあそうなるよね的な、ある意味ベタな展開なんですが、それまでの冷たいドラマから一気に熱いドラマに転換する手際が見事なので、必然的にアがります。銃規制法案の成立は当然として、銃規制問題を深刻化させる真の闇を暴き、仲間への責任を回避し、さらに後輩のジェーン・モロイにキャリアをバトンタッチすることまで成し遂げているのですから。華麗すぎる大逆転です。

ではこの映画はスローンを聖人君子として描きたいのかというとそうでもないと思います。銃事件の生存者であるエスメ・マヌチャリアンを利用するなど、倫理の一線を越えたスローンの行動は擁護できるものでもなく…。

これって銃と同じですよね。銃もロビイストも利用するものの意志によっては人を救うことも傷づけることもできる。そんなことを強く感じさせるキャラクターでした。そう考えるとマヌチャリアンは銃にもロビイストにも傷つけられたわけです。

また「そもそも“規制すること”に意味はあるか」という根源的な問いも投げかけているような作品でもありました。なぜならロビイストも規制される存在なわけですが、スローンはその規制をかいくぐって今回の“激震”を成功させているんですね。つまり、規制なんてそんなものなんです。頭のキレる奴は規制さえも利用する…規制に意味はないとまでは言わないけど、絶対的な効果もない。銃についても終盤で「闇市場でしか銃は買えなくなった」と語っていますが、“規制は闇を育てる”という皮肉も描いている映画です

劇中で“薬”を幾度となく飲んできたスローンが、聴聞会のラストの告白では“クリアな水”を飲むという演出も目立たないですが、スローンの変化をさりげなく示す良いシーンでした。

痛快なエンタメとしても楽しめるし、銃やロビイストについての社会問題を考えさせる糸口にもなる。素晴らしい作品だったと思います。

この映画ってしょせんはフィクションでしょ?と思った皆さん、ぜひ困った時のロジャー・ストーンというドキュメンタリーを観てください。ロビイストの恐ろしさをまざまざと見せつけられますよ。

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