ラ・ラ・ランド
映画『ラ・ラ・ランド』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:La La Land 
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年2月24日 
監督:デイミアン・チャゼル 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 

あらすじ

オーディションに落ちて意気消沈していた女優志望のミアは、ジャズバーでピアニストのセバスチャンと出会う。そして後日、ミアは、あるパーティ会場のプールサイドで不機嫌そうに80年代ポップスを演奏するセバスチャンと再会。最初はぶつかりあう2人だったが、互いの才能と夢に惹かれ合ううちに恋に落ちていく。

ただの良く出来たミュージカル映画じゃなかった

正直、この映画について改めておすすめする必要はない気もします。

各映画賞を席巻し、監督のデミアン・チャゼルは30歳の超若手にして、廃れたと言われていたミュージカル映画を見事復活させる…完全に映画史に残ることが確定なレベルの記録的な高評価。称賛も嫉妬も一挙に集める文句なしの傑作です。

こうした欧米での前評判に加え、しかもアカデミー賞発表間際ともあって、日本でも注目度はすでに最高潮。私は初日に観ましたが、昼間にも関わらず、映画館は人で一杯でした。

そう、本作『ラ・ラ・ランド』には「観てください」なんて言葉は余計です。皆、観るんだから。

それでも中には、中には「いや、足が進まないな…」とか「ミュージカル苦手なんだよな」みたいな人もいるでしょう。そんなラ・ラ・ラな感じではない人たちにも観てもらうべく、考えがちな懸念事項に以下で答えてみます。

不安1:男女のチャラチャラした恋愛を見るのはちょっと…
確かに本作は二人の男女の恋愛が主軸となるのですが、そんな“甘~い”お話しではありません。むしろ本作と同じライアン・ゴズリングが主演した恋愛トラウマ映画として一部で名の知れた『ブルーバレンタイン』を彷彿とさせる、心にグサッとくる現実的な恋愛が描かれます。少なくとも邦画の青春学園ものによくあるロマンチックさとは真逆とだけ言っておきましょう。

不安2:ミュージカルのいかにもファンタジーなストーリーが嫌い
本作ではミュージカルにありがちなファンタジーな演出はかなり少なめです。お話し自体もそこまで突飛な展開にはなりません。逆に業界の現実を見せつけられてヘコむくらいです。そんな中で最後に魅せてくる“ファンタジー”には納得するはず。終盤のテンション上がる演出は同じくデミアン・チャゼル監督の『セッション』の終盤まさにそのものです。

不安3:他に楽しめる要素はないのか?
恋愛、ミュージカル以外にも本作は語るに足る魅力がたっぷり。半分はコメディ映画といってもいいくらい笑いもあるし、いわゆる業界裏側ものとしても見ごたえがあります。映像の作り込みも素晴らしく、CGをほとんど使っていない本作は「どうやってこんな綺麗に撮ったのか」と不思議でしょうがない映像の連続。映画愛に溢れたオマージュの数々もわかる人には嬉しい遊び心です。

私は本作の高評価を聞いて、観る前は「ああ、映画のような芸術の業界に生きる人たちを描いた話だから業界受けしているのが大きいんだろうな」なんて思ってたんです。でも、実際観たら印象が違いました。すごく普遍的な誰でも共感できるテーマの映画でした。なるほど、そりゃ賞を獲りまくるわけだ…。

こんな映画らしい映画もそうそうないので、DVDなどではなくぜひ劇場で観てください。なにより何十年後とかに「私、『ラ・ラ・ランド』を劇場で観たよ」と自慢できると思います。






↓ここからネタバレが含まれます↓





敷居の低いミュージカル映画

デミアン・チャゼル監督、凄い。

もうケチの付けようがないです。映像はオープニングから虜になるし、音楽はサントラが絶対欲しくなるし、コメディも笑えるし、エマ・ストーンは可愛いし、ライアン・ゴズリングはもっと可愛いし…。


主演の二人は歌唱力という点では決して特別に秀でているわけではないのに…なんでこんな惹かれるのか。エマ・ストーンも、ライアン・ゴズリングも、芸術的天才ではない垢抜けない感じが親近感を引き出しています。そもそも、エマ・ストーンはコメディ映画がメインだった女優だし、ライアン・ゴズリングも最近に『ナイスガイズ!』で爆笑コメディキャラを演じたばかり。この気の抜けた感じが本作をお堅いミュージカルにしていない理由のひとつだと思います。

そう、本作は見れば見るほど普通のミュージカル映画じゃないです。

忘れがちですが、本作はオリジナル作品です。つまり、「ミュージカルの映画化」ではなく、れっきとしたひとつの「ミュージカル映画」として完成されているわけです。もちろん、過去の名作ミュージカル映画からのサンプリング的側面もあります(オマージュについては他のサイトが詳しく解説していると思うのでそっちを見てください)。それらが非常に巧みに組み合わさっていて、元ネタなんて知らなくて問題ないくらいの、オリジナリティを生み出しています。

また、本作はミュージカルといっても単純なコテコテなミュージカルとは少し毛色が違うのが特徴です。芸術の業界を映画と音楽という芸術で描くという、メタ的な構造になっています。音楽で感情的に訴える映画かなと思ったら、意外とそこは客観視させてくる作品でした。

ミュージカル映画が苦手な人や初心者でも受け入れやすいのではないでしょうか。私は一番好きなミュージカル映画だと断言できるくらい、本作を素直に好きになりました。

ラ・ラ・ランド

“映画”って、“夢”って良いものだなぁ…

タイトルの「La La Land」はロサンゼルスの別名であると同時に、芸術の街・ロサンゼルスで成功しようと意気込む「夢見がちな人」を小馬鹿にするスラング

確かに「夢見がちな人」は馬鹿にされます。子どものときは散々夢を見ろと言ってきたくせに、大人になったらいい加減社会人として現実を見ろと言われまくる。劇中のセバスチャンも姉に言われてました。

しかも世間の嘲笑に負けじと飛びこんでいった「La La Land」は、決してロマンチックで夢溢れる世界ではない、厳しい現実の世界。わかってはいたけど、ああいう現実を次々見せつけられると誰だってヘコみます。

じゃあ「夢見ること」は本当に愚かなのか?

この問いに本作はストレートに答えてくれました。とくに終盤の5年後のエピローグ・シーンのたたみかけは強烈。「あんたも!お前も!夢を!見ていた!だろ!」という風にぶん殴られた気分。そうです、夢を見た自分があるから今があるんです。 それでいてミアの「夢は叶った。でも、願わくばもっと夢みたかった」という気持ちと、セバスチャンの「一番大切な人の夢さえ叶えばエンターテイナーとして本望だ」という気持ちの、切ない余韻が良かったです。エピローグがここまで盛り上がる映画もなかなかないですね。

劇中で描かれるのは主役の二人ですが、冒頭の高速道路ミュージカルでわかるとおり、他にも無数の「夢見る者たち」がいるわけで。

エンドクレジットでいろいろな人の名前が流れるのを見て、感動がひとしお。映画は夢見る者たちの結晶なんだと…あらためて「映画って良いものだなぁ」としみじみ思うのでした。

今のアメリカがみるべき夢

本作は批判として「トランプ大統領が暴れ回っているこんな時期にこんな浮かれた映画を評価している場合じゃない」「黒人文化のジャズを扱っているのに主役は白人だ」という意見もあるようです。

でも、私は逆に思うのです。本作のメッセージは「立場が違う者どうしであっても同じ夢を見ることはできる」なんじゃないかと。

本作ではミアにはアジア人のルームメイトがいたし、セバスチャンには黒人の友がいて、同じ夢を追いかけていました。そうやって深読みすると、本作の主人公二人が白人なのも意味があるといえるのではないでしょうか

バラバラになった世界をもう一度ひとつにするのは「夢」…気恥ずかしい言葉ではありますが、二極化して過激に言い争う社会を見ていると本気で感じてきます。いかにもポリティカルコレクトネス的な生真面目な映画よりも、真に迫る大事なことを歌っている。しかも説教臭い社会派ドラマではなく、エンターテイメントで…。

私たちの世界は「La La Land」になるべきなのかもしれません。

Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND. Photo courtesy of Lionsgate. (C)2016 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.