夜は短し歩けよ乙女
映画『夜は短し歩けよ乙女』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:夜は短し歩けよ乙女 
製作国:日本 
製作年:2017年 
日本公開日:2017年4月7日 
監督:湯浅政明 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 

あらすじ

後輩である「黒髪の乙女」に恋心を抱く大学生の「先輩」は、「なるべく彼女の目に留まる」ことを目的とした「ナカメ作戦」を実行する日々を送っていた。そして、ある夜、個性豊かな仲間たちを巻き起こんだ大騒動によって、外堀を埋めるばかりでなかなか進展しなかった関係に変化を生む大嵐が吹き荒れる。

実写がアニメーションに敵わないこと

アニメーションにおいて昨今はリアルな絵を評価する声が一般には目立ちます。『君の名は。』の写実的な風景描写、『レッドタートル ある島の物語』の生々しい動作描写などなど。これは無論、アニメーションの魅力の一大要素です。

しかし、アニメーションにはもうひとつ、これと双璧をなす忘れてはならない大きな魅力があります。それは“非現実的”な描写。つまり、私たちがリアルでは絶対にお目にかかれない、摩訶不思議・奇想天外・荒唐無稽・空前絶後なビジュアルの数々を映像化できることです。

確かに、近年はCG技術の驚異的な発達と工夫を重ねた挑戦的な撮影技法によって、実写映画でも“非現実的”な描写は可能となりました。アニメーション的なノリの映画は2017年もすでにたくさん観ました。『ラ・ラ・ランド』…魔法のようなミュージカルでした。『ドクター・ストレンジ』…魔術アクション、あれだけでも凄かった。『ハードコア』…こんなアホな映像の連続はそうそうありません。

しかし。そんな現代でもまだ“非現実的”な描写の領域に関しては実写はアニメーションに追いついていないと断言します。いや、未来永劫、アニメーションはトップに君臨するとさえ思っています

そんな“非現実的”な描写において最高峰であるアニメーション映画だと個人的に思うのが2004年に公開された『マインド・ゲーム』。

↑関西弁が爽快。

紹介しておいてなんですが、この作品、本当に形容しがたい。ジャンルもよくわからない。とにかく言えるのは凄まじいアニメーションだということ。「ドラッグ作画」と呼ばれるらしいですが、まさに薬物で幻覚症状に陥ったらこう見えるのでしょう。でも、ちゃんとドラマがあるからまた凄い。非常にクセの強すぎる作品で受け入れられるかは人それぞれですけど、まだ観たことのない人は一見の価値ありです

その『マインド・ゲーム』を作り上げたのが、これが監督デビュー作の湯浅政明監督です。国民的アニメ『ちびまる子ちゃん』や『クレヨンしんちゃん』からキャリアをスタートさせた彼は、その後、数々のテレビアニメを手がけながら、独特の作家性を確立。『マインド・ゲーム』を始めとする彼の創造物は、国際的な映画賞をいくつも受賞。世界を代表する日本のアニメーション監督は“宮崎駿”だけではないのです

湯浅政明監督は2004年の『マインド・ゲーム』以降、テレビアニメで活躍していました。そして、2017年、13年ぶりに映画界に帰ってきた湯浅政明監督の新作が『夜は短し歩けよ乙女』。

ストーリーは『マインド・ゲーム』よりも随分理解しやすい恋愛モノ。でも、湯浅政明監督らしさは炸裂しています。湯浅政明監督作はボジョレー・ヌーボーのように、毎回毎回、素晴らしい、素晴らしいと評価されている気がしますが、今回もやっぱり素晴らしい…。

私が観た映画館では客層の8割以上が女性だったのは、主人公の声優が女性の心を鷲掴みしている今話題の“星野源”だからなのか。といっても、本作は女性向け作品ではありません。恋をする全ての人、さらには悩める全て人に「歩き出せ」と背中を押してくれるでしょう。老若男女、幅広い世代にオススメできる一作であり、ぜひ湯浅政明監督作デビューはいかがですか?






↓ここからネタバレが含まれます↓





詭弁的アニメーション騙し

本作は森見登美彦の小説のアニメーション映画化ですが、すでに湯浅政明監督は森見登美彦の『四畳半神話大系』をテレビアニメ化しており、本作はその延長的な位置付けといってもよい作品。ゆえに映像表現もこなれていて安定しており、逆に真新しさは一歩後退しているかもしれない。

でも、3歩進んで2歩下がっただけだから気にならない(詭弁)。とくに終盤の「先輩」の脳内詭弁会議からの「黒髪の乙女」乱入シーンは、もうハチャメチャの極み。湯浅政明監督といえばコレが見たかった!とテンション上がりました。

ただ、今回の湯浅政明監督作の魅力は、斬新なストーリーテリングでしょう。原作では4つの季節(春・夏・秋・冬)に分かれた話なんですが、それを一晩に起きた出来事としてまとめきっているのが驚き。冷静になってみると「えっ、まだ夜なの?」と我に返りますが、そこで光るのがドラッキーなアニメーション。少なくとも観賞中はあれよあれよというまの怒涛の展開なので、誤魔化されてしまう。まさにアニメーションによる詭弁です。

「夜は短し歩けよ乙女」というタイトルどおりの展開を原作以上に体現してみせるのはやはり湯浅政明監督にしかできない荒業でした。

↑原作小説。

奇遇も“たまたま”もない、全てにご縁がある

私なりに考える湯浅政明監督の作品のテーマは「人と人のつながりが連鎖して生み出される無限大の可能性」だと思っています。言葉にすると恥ずかしいことですが、これが湯浅政明監督特有のドラッキーなアニメーションで見事に表現されると、もうあっぱれとしか言いようがない。

例えば、アメリカの子ども向けアニメ『アドベンチャー・タイム』のなかの1話「Food Chain」というストーリーを湯浅政明監督は手掛けていますが、これは食物連鎖を子どもにもわかりやすく説明したお話し。植物が虫に食べられる⇒その虫が鳥に食べられる⇒その鳥が死んで微生物に食べられる⇒その微生物が植物に吸収される⇒その植物がまた虫に…というやつです。これも「つながりが連鎖して生み出される無限大の可能性」ですよね。

『マインド・ゲーム』では悪役のヤクザにさえ、「つながりの連鎖」があることを、なんとエンディングで見せていました。

夜は短し歩けよ乙女

本作は、一見すれば「先輩」と「黒髪の乙女」の視点の話ですが、実際は群像劇。鬱屈を抱えた男たちが乙女たちによって変わっていく話です。それはパンツ総番長から東堂、詭弁論部のふられ男&OBのお年寄り、李白の爺さんに至るまで、モブに見えそうな全ての登場人物に該当します。それぞれが前向きに変わっていきました。

その変化を引き起こす台風の目が「黒髪の乙女」。豪勢な酒飲み巡り、古本市での神様との雑談、ミュージカル演劇…と関係なそうなエピソードの数珠つなぎに見えて、最後の大嵐で全てはつながっていきます。「黒髪の乙女」が最後に変えるのはもちろん「先輩」。そして、最後は決して酔わず風邪もひかない「黒髪の乙女」さえも酔ってしまい恋の風邪にかかる。「黒髪の乙女」も変わる。落語的オチ。

この「つながりの連鎖」が最高に気持ちいい。

映画自体が酔っぱらっているようで、実はきっちり考えられている。いや、でもこういう場合、当の監督は案外そこまで深く考えずおもむくままに作っていたりするのよね…。

湯浅政明監督、今年5月には早くも(というか早過ぎ)新作『夜明け告げるルーのうた』が控えています。

今後も「なるべく湯浅政明監督作品を目にする」こと「ナユメ作戦」を実行しつつ、「黒髪の乙女」のごとく好奇心で注視していきたいです。

(C)森見登美彦・KADOKAWA/ナカメの会