ヒューストンへの伝言
ドキュメンタリー映画『ヒューストンへの伝言』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Houston, We Have a Problem! 
製作国:スロベニア・クロアチア・ドイツ・チェコ共和国・カタール 
製作年:2016年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督:ジガ・ヴィルツ 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

1960年代、アメリカ合衆国とソビエト連邦との間で勃発した宇宙開発競争。世界で初めて人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功したソ連に対して、とにかく焦っていたアメリカはある国家が極秘裏に進めていた宇宙計画に目をつける。その国とは、当時、社会主義国家で冷戦下でも中立政策をとっていたユーゴスラビアだった。

ネタバレなし感想

知られざるユーゴスラビア史

映画に登場したセリフが有名になって慣用句として日常で使われることがあります。『オズの魔法使い』(1933年)の「We're not in Kansas anymore」など、知っている人はわかるネタです。

他に映画由来慣用句を挙げるなら「Houston, we have a problem」も印象的です。何か問題が起こったことを知らせるときに最初に使うフレーズとしてたまに見かけます。元ネタは、ロン・ハワード監督の『アポロ13』(1995年)。アポロ13号爆発事故の実話に基づいた作品であり、このセリフは事故の瞬間に問題発生を報告するものです(実際は「Houston, we've had a problem」だったみたいですが)。

このセリフがそのまま原題『Houston, We Have a Problem! 』となっているドキュメンタリーがNetflixで配信されました。邦題は『ヒューストンへの伝言』。正直、邦題のせいもあって、本作が一体何のドキュメンタリーなのか観る前は非常にわかりづらいのが欠点…。

簡単に言うなら、本作はアメリカの宇宙開発計画に絡めながら、ユーゴスラビアの繁栄と崩壊を語るヒストリー・ドキュメンタリーとなっています。ユーゴスラビア、正確にはユーゴスラビア社会主義連邦共和国は今は存在しない国であり、現在はスロベニア共和国、クロアチア共和国、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア共和国、セルビア、コソボ、モンテネグロに分かれて独立しています。

このユーゴスラビアの歴史とアメリカの宇宙開発計画がどう関係しているのか…こここそ面白いところであり、まさに「we have a problem」な点なのです。ユーゴスラビア史や宇宙開発競争の専門書にはおそらく載っていないであろう、意外な裏側が語られます。えっ、本当にそんなことがあったの?とびっくりする…自分の知らない歴史が世の中にはたくさんあるんですね…。

本作は第89回アカデミー賞外国語映画賞のスロベニア代表に選出されています。ヒストリー・ドキュメンタリーといっても小難しいものではありませんし、比較的観やすい方だと思います。身構えることなく、科学や世界史が好きな人はぜひ鑑賞してみてください。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

失敗だらけの黒歴史

観終わってまず「へぇ~~」です。宇宙開発競争に失敗談は数えきれないほどありますが、失敗談は語ってもOKなやつと、語りにくいやつの2タイプがあります。本作の内容はまさに後者の「problem」です。

整理のためにダラダラ書いておくと…

米ソが宇宙開発競争を始めたなか、ユーゴスラビアの政治指導者チトーは密かに宇宙計画を進めていました。オブジェクト505といういかにも秘密基地っぽい施設で、打ち上げ実験まで実施。ところが、経済破綻しかけていたユーゴスラビアは、技術はあっても資金がない課題に直面。そんなとき、ロシアに人工衛星打ち上げをさき越され、パニクっていたアメリカは、藁にもすがる思いでユーゴスラビアの技術に頼ります。そして、チトーはアメリカへの宇宙計画売却を決定。その額、25億ドル。なんとNASAの年間予算の3倍で、現在の貨幣価値だと500億ドル前後。もうウハウハです。

ところが、アメリカ側のとんでもない誤算が発覚。なんと大金を出して買ったユーゴスラビアの技術は何も役に立たなかったのです。チトーはアメリカへ渡り、説明を求められますが、どうすることもできず、窮地に立たされ暗殺未遂にさえ遭う状態で帰国。まあ、暗殺されたのはアメリカ大統領ケネディだったというオチがつくのですが…。

そんな騒ぎでも事実上債務化した宇宙計画売却の失態は消えることなく、チトーは返金方法を考え始めます。そこで思いついたのが、車を送る計画。そして製造された車種「ユーゴ」。ところが、またしてもとんでもない誤算が発覚。この車、品質が恐ろしく悪かった…。なんでも「ナットとボルトの寄せ集め」とさえ馬鹿にされるほど、最も駄作な車ランキングで必ず上位に挙がる、知る人ぞ知る歴史的迷車らしいですね。完全にアメリカの怒りを増しただけです。

で、結局、ユーゴスラビアの経済は悪化。社会主義体制そのものが揺ら付き始め、崩壊に至ったのでした。

ユーゴスラビアの指導者チトー自身は独自色の強い非常にカリスマ性の高い人物として一般には評されていたわけですが、本作を観るとその裏のポンコツな面が印象に残ります。また、アメリカももうちょっと考えて買い物しなさいよと思ってしまいます。まあ、事態に焦って対応策としてとった行動がさらなる失敗を招くというのは身に染みてよくわかりますが…。

双方にとって明らかに語りたくない恥ずかしい失敗でした。

ヒューストンへの伝言

失敗の最大の被害者

一方で、この出来事は単なる失敗では片づけられない重みもあるということを本作は露わにします。

本作は、ユーゴスラビアの歴史とアメリカの宇宙開発計画の関係を示すドキュメンタリーですが、その橋渡し役を担うのが“イヴァン・パヴィチ”という人物。彼の伝記ドキュメンタリーでもあります。この車いすの高齢者が一体何者なのか、映画が始まってからは何もわからないのですが、少しずつ語られていくその半生は壮絶の一言。彼こそユーゴスラビアとアメリカが交わったことで生まれた最大の「problem」の被害者だということは終盤にようやく判明します。

ダメダメ宇宙計画を高値でアメリカに売ってしまったユーゴスラビアは、使える技術を送れという要求に答えるために、技術者を送ります。そのひとりがイヴァンなのでした。しかし、普通の技術者協力とは違い、極秘であったため、なんとイヴァンは死をねつ造されて偽の葬式までしてアメリカへ送られたというから衝撃です。

家族とは一切連絡は取れず、その間に妻は自殺。本作で娘と再開し、自分の墓と対面するイヴァンの姿は辛すぎます。チトーの墓の前で暴言を吐くしかできないのも…キツイ…。

科学の発展の裏には数多くの犠牲者がいるのは頭では理解していますが、こんなに人生を踏みにじられた人がいるとは…半分は誘拐みたいなものですからね。戦争犯罪、宗教犯罪、いろいろありますが、これは立派な科学犯罪です

「Houston, we have a problem」のアポロ13号爆発事故は、後の輝かしい成功につながったことから「成功した失敗(successful failure)」と称されているそうですが、本作のこの犠牲はそんな綺麗事では片づけられません。

そういう失敗こそ語り継いでいきたいですね。

©Netflix