はじまりへの旅
映画『はじまりへの旅』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Captain Fantastic  
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年4月1日 
監督:マット・ロス 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

ベン・キャッシュは厳格な父であり、6人の子どもたちとともに人間社会から離れた山奥の森で暮らしていた。ところがある日、入院中の母レスリーが亡くなってしまう。一家は葬儀に出席するため、そして母のある願いをかなえるため、2400キロ離れたニューメキシコを目指して旅に出る。世間知らずな子どもたちは、現代社会とのギャップに戸惑いながらも、自分らしさを失わずに生きようとするが…。

ネタバレなし感想

家族の在り方を見つめ直す

人類が歴史上もっとも悩みに悩んで悪戦苦闘している課題は何でしょうか。地球外生命体の存在を証明すること? ミレニアム懸賞問題を全部クリアすること? 地球温暖化を食い止めること? この世から戦争を無くすこと?

いえ、その答えはきっと「子育て」です。

子育てには“絶対に正しい”正解はありません。ネットで調べようとも、親に聞こうとも、専門家に相談しようとも、それはひとつの“正しそうな”選択肢が提示されるだけです。結局は自分にとっての子育てのベターな着地を見つける以外ありません。

だからこそ映画では子育てを題材にするのは定番です。明確な答えがないぶん、描きようがたくさんありますから。最近だと『gifted ギフテッド』などがありました。
『gifted ギフテッド』感想(ネタバレ)…この問題は解けますか?
そんな中でもひときわ変わった子育て映画が本作『はじまりへの旅』です。

何が変わっているって、まず環境。主人公となる家族は、現代文明社会から隔絶された森の中で暮らしています。狩りをしたりしているわけですが、一方で原始的というわけではなく、むしろ書籍を読んでいるので歴史や科学については博識。ものすごいギャップです。

そして、たいていの家族は各家庭でルールを決めてます。ベタなものだと「○時には就寝すること」とか「ゲームは1日1時間まで」とか。私も子どものときはそんなルールの中で子ども時代を過ごしました。懐かしいですね…。その中にはかなり一風変わったルールを強要されていた人もいたかもしれません。本作の家族も、それはもうルールは特殊。

それでも本作の家族を「変な奴らだ…」とドン引きせずに見られるのは、私たちの中に「家族はなにかしら特殊性を持っている」という共通認識があるからなのかもしれません。

監督は“マット・ロス”。もとは俳優がキャリアのメインでしたが、最近は監督&俳優の組み合わせがメインになりつつあります。本作でもカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で監督賞を受賞したり、米アカデミー賞で主演男優賞にノミネートされたりと、両面で支持を獲得。今後さらなる活躍を見せていってくれそうで期待しています。

“マット・ロス”監督の子育て経験がインスピレーションの源になっているという本作。これを観て、あらためて子育てや家族の在り方を見つめ直すのも良いかもしれません。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

あらゆる意味で常識外

本作を観終わって真っ先に思うのは、話の大まかなプロットが中野量太監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』に凄く似ているなということ。
『湯を沸かすほどの熱い愛』感想(ネタバレ)…みているだけで幸せになれる
あちらも多少の違いをあれど、片親を亡くし、その死を世間からは「えっ!?」と思われるような独自の方法で弔うというラストでしたから。『はじまりへの旅』では遺灰をトイレに流すという便所葬を見せてくれました。

『湯を沸かすほどの熱い愛』はその特殊なオチもあって、この部分がフィクションすぎると拒否反応が出た人も一部でいたようですが、本作の場合は先述したように、家族の生活スタイルが根本的に普通から離れすぎているのでもはやツッコむのも野暮

この家族は掴みどころがないんですよね。いわゆる「ちょっと変わった家族」の次元を超えており、常識が通用しません。シカ狩りをしたかと思えば、焚火を囲んで「カラマーゾフの兄弟」「銃・病原菌・鉄」「宇宙を織りなすもの」「ミドルマーチ」などやたらと難解な本を読み、次には皆で音楽を奏でる。こんな一家団欒、見たことがありません。

個性豊かすぎる家族たち

その家族を構成する父親ベン・キャッシュと6人の子ども…18歳の長男ボウドヴァン、15歳の双子姉妹キーラーとヴェスパー、12歳の次男レリアン、9歳の三女サージ、そして7歳の末っ子ナイ。

全員がキャラが立っており、非常に個性豊か。みんな、将来が楽しみになってくる子たちばかりです。旅先で恋を知ってさらなる大人へと成長していったボウはきっと良い男に育つはず。エスペラント語を話すキーラーはもう翻訳家になるべきだし、運動神経抜群のヴェスパーはスポーツ選手街道まっしぐら。今作では反抗期担当だったレリアンはもしかしたら良いリーダーや父になりそうですし、死に興味津々なサージは悪役にいそうなマッドサイエンティストになりそう。ナイは…とりあえず今のところは裸族になる未来しか見えない。

服装も一種のファッションショーみたいでしたね。とくに教会での葬式のシーンなんかは。個人的には頭に動物の剥製をちょこんと乗せているサージが愛らしいですが、あのガスマスクはどういう位置づけなのだろうか…。少なくとも焚火の前でガスマスクするのは暑苦しいだけですね(実際苦しそうにしているのが面白い)。ナイは…とりあえず裸でいたいんでしょう。よし、それでいいぞ。

はじまりへの旅

Oh...

そして、家族ルール。キャッシュ家の決まりは当然のようにユニークなものばかり。「興味深い(interesting)」が禁止ワードなのも“興味深い”ですけど、作中でもシナリオ上で重視されていたのは全てを隠さず話すことでした。

普通、親は子どもに全てを話しません。これは子どもには適切か不適切か、取捨選択します。しかし、父ベンは現代社会から隔絶した環境で子どもを育てているわりには、秘密は持たないんですね。よくあるパターンだと、子どもに虚構の情報を教えて孤立して育てることがありますが、それは絶対にしない。だから、ベンを一方的に虐待と責めるには躊躇する…不思議なバランスです。

母の自殺なんていうセンシティブなことも包み隠さず話すし、何と言っても一番の爆笑シーンになっているのは旅移動中のバス内でのベンとナイの会話でしょう。

ウラジーミル・ナボコフの小説「ロリータ」について、こんなのやっぱりレイプだと思うという娘と父の会話を傍で聞いていたナイ。そのまま無垢な心で質問をしてきて、こんな会話を繰り広げます。 

ナイ「レイプって?」
ベン「大抵は男性が女性に性交を強要することだ」 
ナイ「Oh...」
ナイ「性交って?」
ベン「男性がペニスを膣に入れることだ」
ナイ「なんで男性がペニスを膣に入れるの?」
ベン「男も女も気持ちいからだ。男の精子と女の卵子が結合すると赤ん坊ができる」
ナイ「膣ってオシッコが出る場所?」
ベン「オシッコが出るのは大陰唇内部にある尿道口だ。だが大きく見れば膣の辺りだ」

このトークでのナイの何とも言えない表情がツボですが、その後のチョムスキーおじさんを祝うパーティにてプレゼントを子どもたちがもらう場面で、他の子どもは弓矢や戦闘用ナイフなのに、ナイだけ「セックスの喜び」という意味ありげな本をもらったときの顔も最高です(冗談でちゃんとナイフを最後にもらってました)。

常識は誰かにとっては非常識

ここまで極端なエキセントリック・ファミリーですが、本作ではこの家族の生き方を全肯定しているわけでありません。劇中では、家族に冷たい視線を投げかける人もたくさん登場します。ちゃんとツッコミ役の登場人物を入れているので、溜飲が下がる配慮もあるのが優しい点ではないでしょうか。

重要なのは、その怪訝な反応を示す人たちも決して正義としても悪者としても描かれてはいないということ。むしろこの人たちはその立場で常識的な見解を述べているだけです。本作を観ると、常識は誰かにとっては非常識ということをあらためて再確認させられますね。

本作の主人公家族を子育ての正解例にはせず、観客それぞれに考えてみない?と疑問を投げかける。世間の「当たり前」を「本当にそうなの?」と揺さぶりながら、最終的には自分の考える「当たり前」の良さに気づいていく。そんな映画でした。

家族の在り方も多様性を大切にしていきたいですね。

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