ハクソー・リッジ
映画『ハクソー・リッジ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Hacksaw Ridge 
製作国:アメリカ・オーストラリア 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年6月24日 
監督:メル・ギブソン 

【個人的評価】
 星 9/10 ★★★★★★★★★

あらすじ

第2次世界大戦中。人を殺してはならないという信念を持つデズモンドは、軍隊でもその意志を貫こうとして上官や同僚たちから疎まれ、軍法会議にかけられることに。なんとか武器を持たずに戦場へ行くことを許可された彼は、激戦地・沖縄の断崖絶壁(ハクソー・リッジ)での戦闘に衛生兵として参加するが…。

世界が沖縄に関心を持った

2016年のアカデミー賞。監督賞にノミネートされたのは、『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル、『メッセージ』のドゥニ・ヴィルヌーブ、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のケネス・ロナーガン、『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス…とまあ、眩しいニュー・フェイスが並ぶなか、“メル・ギブソン”の名前が…!

2006年の監督4作目『アポカリプト』以来、差別発言、飲酒運転、暴力と過激な言動が原因で映画界から爪弾きにされた“メル・ギブソン”。10年ぶりの監督作となる本作『ハクソー・リッジ』で6部門ノミネート、編集賞と録音賞の2部門を受賞。これぞ堂々たる復活です。

反トランプばかりが目立っていたアカデミー賞ですが、こうやって失態を過去に持つ人でも成果さえだせば再評価する姿勢があるのが、アメリカ映画界の良いところ。ドナルド・トランプもアカデミー賞の舞台で拍手喝采で迎えられる日がいつか来るかもしれませんね!(信じていない目)

話が脱線しましたが、その“メル・ギブソン”監督最新作『ハクソー・リッジ』はどんな映画かというと「凄まじい」の一言に尽きる。ここまでドスンとくる戦争映画は久しぶりです。民放テレビでは絶対に放映されないと思うので、これは劇場で観るしかないし、巨大なスクリーンでの映像迫力がハンパじゃない。スティーヴン・スピルバーグ監督の『プライベート・ライアン』(1998年)に続く戦争大作という前評判は過言ではありません。

また、本作は沖縄本土戦が題材というのも私たち日本人にとって大きな関心事のひとつです。ネット上では本作の宣伝で「沖縄」の要素に触れないことに批判意見も散見されるのですが、地元沖縄側はこんな前向きな姿勢を見せています
(宣伝文句や予告編に「沖縄」「前田高地」の言葉がないことに関して)その点に確執はありません。なぜなら、浦添で起こったこと自体が重要なのではなく、映画という入り口から、多くの方に平和についてあらためて考えてほしいから。その上で、前田高地に関心を持って現地を運んで下さる方には少しでも理解が深まる情報を届けたい。
引用:BuzzFeed
舞台となった前田高地ではアメリカで映画が公開された昨年11月以降、米軍関係者や観光客などの訪問者が増えたそうです。沖縄側も本作と連携したイベントを企画したりと乗り気で、こうやって国内外で関心が増えるのは良いことですね。

ところで、アメリカ万歳!な反日的映画なのか?という心配もあるかもしれません。確かに日本の被害をあえて描くような“配慮”はないです。でも、私はこれで良かったなと思ってます。世の中には“配慮”に気を使いすぎて映画としてつまらなくなっている作品も少なくないわけで、本作もむやみに“配慮”の要素を入れたら、賞を獲るほどの傑作にはならなかったでしょうし、海外の観光客が現地に関心を持ってくれることも起き得なかったでしょう。蛇足な“配慮”をしなかったのは、結果、日本のためにもなっていると思います。

それに本作は特定の国への一方的な作品でもありません。むしろ、ナショナリズムを超えた先にある命題を投げかける、尊い精神性を持った戦争映画だと私は思います。戦争映画は観ると憂鬱になるとか、説教臭いとか、敬遠する若い人もいますが、本作は劇中で残酷な描写はあれど、最後は個人的な人生への励ましになる力強いメッセージをもらえるので、ぜひ目を向けてほしいです。

本作を観た人は、ぜひ同じ年に“メル・ギブソン”がアクション俳優としても完全復活してみせたブラッド・ファーザーもオススメですので、合わせてどうぞ。






↓ここからネタバレが含まれます↓





もやい結びは役に立つ

本作のテーマうんぬんを語る前に、本作は普通にエンターテイメントとして恐ろしく面白い映画でした。

戦争映画はたいてい最初にインパクトのある戦場シーンを持ってきて観客の心を掴むのがセオリーですが、本作は違います。幼少期⇒軍隊志願⇒訓練⇒法廷⇒戦場…と、時間軸の入れ替えのようなトリッキーな手段も極力使わず、ストレートに見せていきます。ある戦争のように法廷シーンが戦場シーンの後にある戦争映画も多いのですけどね。これは、後述するテーマに関連して、主人公デズモンド・ドスの物語をイエス・キリストの人生史と重ねるための演出でもありますが、それを単調にせず、逆に惹きつけるぐらいの面白さにできるのはさすが“メル・ギブソン”です。

“メル・ギブソン”お得意の残酷な暴力描写が本領発揮するのは後半ですが、それでも序盤からすでのその片鱗をじゅうぶん見せつけてきます。幼いデズモンドと兄弟の喧嘩シーンは、あんな闘争心みなぎる子どもの喧嘩あるか?というくらいですし、レンガで殴るさまはドン引きレベルです。続く青年デズモンドが事故で負傷した人を救助するシーンも、わざわざ負傷箇所を大映しにして血が噴き出るところを見せます。“メル・ギブソン”らしいオーバー演出に見飽きません。

その後、舞台は軍隊訓練施設と法廷に移りますが、そこでは人間ドラマが主になります。ここがまた面白い。戦争映画でよくある“しごき”シーンも他作品にはない独特のユーモアがあって新鮮でしたし、法廷劇も短いなからカタルシスのある展開に引き込まれました。デズモンドは表面上すごくヘラヘラしてるのだけど、内面はとても強固な精神をもっている…このギャップが物語にいい味を出してますね。個人的にはデズモンドの父を演じた“ヒューゴ・ウィービング”の演技もヒットしました。

そして、いよいよ沖縄のハクソー・リッジの戦い。残酷描写については言うまでもないですが、戦いの見せ方がワンパターンになっていないのが良いです。毎回毎回見せ方を変えてくるので「こんな描き方があるのか」「次はこうくるか」とハラハラします。ちゃんと終盤に訓練時代にみせたデズモンドのもやい結び(ブラジャー)が役立つ場面も上手いです。

もやい結びは日常生活でも役に立つのでぜひ習得しましょう(結論がそれでいいのか)。

ハクソー・リッジ

信念を貫き通す人こそが英雄

「映画の世界は架空の英雄であふれている。そろそろ真の英雄を称賛してもいいのではないだろうか」

こんなコメントを残している“メル・ギブソン”ですが、彼の監督作はいつも“メル・ギブソン”の考える「真の英雄」が描かれてきました。それはその人が何をするかということよりも、信念を貫き通すということに重きを置かれています。

本作の主人公デズモンド・ドスもまたそんな人物。デズモンドは、人を殺してはならないという宗教的信念を持つがゆえに、衛生兵になるため軍隊に志願して訓練を受けることになっても銃は持たない。いかなる理由でも殺人は行わない。じゃあ、なんで戦争に行くんだと仲間や上司からツッコまれるのも無理ないです。

暴力や闘争に消極的なキャラクターが登場して戦場で残酷な現実に直面する戦争映画はよくありますが、たいていは戦場で経験を積み、仲間を守るために武器をとる…というのがストーリーのゴールでしょう。

しかし、デズモンドは戦場でも最後まで信念を貫き通します。銃を手に取ったと思ったら、救護の道具に使うだけ。

つまり、主人公の成長を描いていないんですね。成長という当人が変わることではなく、当人が変わらないことで周りを変える物語なのです。終盤、あんなにデズモンドをバカにしていた仲間や上司が「こいつは凄い奴だ」と誰しも納得させられてしまう。信仰している自分を他人が信仰するようになる…まさに本作は戦争映画であり、宗教映画でもあるのでした。そういう意味では、本作は“メル・ギブソン”監督がキリストを描いた『パッション』を、エンタメ寄りにした映画といっていいでしょう。

誰よりも“メル・ギブソン”監督自身が信念を貫き通しているからこそ、こんな映画が作れた執念の一作。“メル・ギブソン”は一生涯反省とかはしないのだろうな…。

家のリビングで、街中の路上や公園で、ネットの世界で、「戦場に行きたくない」と声をあげるのは誰でもできますが、戦場に行って「誰も殺さず、救助に専念する」と宣言・実行するのは並大抵のことじゃないです。砲撃のなかにひとり飛び込んでいくデズモンド、私にはマネできないと思うのと同時に、尊敬の念が溢れます。そして、ホワイト・ヘルメット シリア民間防衛隊で描かれているようにこの現代でもそういう人がいるということを忘れずにおきたいですね。

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