愚行録
映画『愚行録』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:愚行録 
製作国:日本 
製作年:2017年 
日本公開日:2017年2月18日 
監督:石川慶 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★

あらすじ

エリートサラリーマンの夫、美人で完璧な妻、そして可愛い一人娘…理想的に見えた田向一家が惨殺される事件は迷宮入りしたまま一年が過ぎた。週刊誌の記者である田中は、改めて事件の真相に迫ろうと取材を開始する。被害者一家や証言者自身の思いがけない実像が明らかになっていくと同時に、田中も問題を抱えていた。

ネタバレなし感想

邦画の可能性を広げる才能

犯罪事件が起きると報道番組で近所の人や知り合いなどが被害者や加害者について語るインタビューが流れます。「あの人はこんなでした」と口に出されていく言葉に、私たち視聴者は事件関係者の人柄を少し理解したような気になりますが、実際のところそれらは個人の主観でしかありません。なにも信用できないと言っても過言ではないかもしれません。

そういうことを考えてしまうような映画が本作『愚行録』です。

この『愚行録』、全体的に暗い雰囲気が漂うミステリーサスペンスですが、日本でこれまで公開されてきた数多の同ジャンル映画とは全く異なる趣を醸し出しています

それもそのはず、まずこれが長編監督デビューとなる“石川慶”は、ロマン・ポランスキーらを輩出したポーランド国立映画大学で演出を学び、いくつかの短編作品を中心に活動してきた新鋭。そんな経歴があれば、映画的手法も従来の純粋な邦画と違ってくるのは当然です。

しかも加えて、撮影をつとめるのは、“石川慶”監督が本作のためにポーランドから呼び寄せたという“ピオトル・ニエミイスキ”という人なので、映像からして「あれっ、邦画っぽくないぞ」となります。今回は映像の色を決めるカラリストもポーランド勢に頼んであるという徹底っぷり。“ピオトル・ニエミイスキ”という人は、カメラリマージュという国際映画祭で賞ノミネートの常連になるほどの実力者だそうです。このカメラリマージュ、あんまり聞いたことはないですが、ポーランドで開催されている映画の「撮影」を評する専門の映画祭なんですね。コンペティション部門にて優れた作品には「Frog(カエル)」の名を冠した賞が贈られます(ちなみに学生部門は「Tadpole(オタマジャクシ)」でちょっと可愛い)。

原作は第135回直木賞の候補になった貫井徳郎の小説であり、宣伝では「3度の衝撃」とか、いかにもエンタメ的な売り出し方がされていますが、こんな顔ぶれですから、映画の内容はそういう日本でよくあるものとは土台から違う、異色作となっています。

“石川慶”監督は、今やアカデミー賞常連となった“ドゥニ・ヴィルヌーヴ”やポーランドの巨匠“クシシュトフ・キェシロフスキ”のファンだそうで、本作も影響を受けていると公言しています。確かにそんな雰囲気がありました。個人的には“黒沢清”監督テイストも感じましたが…ヨーロッパに通用する作風が似ていますよね。ヨーロッパ的手法とも融合できる、日本の映画の可能性がぐっと広がるような、邦画界にとって貴重な人材ではないでしょうか。

全く新しいカラーを持った才能の誕生…今後も楽しみになる一作です。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

愚かさをあぶり出す演出

ある家族が惨殺されて1年が経った未解決事件。その事件を追おうと決意した週刊誌記者の主人公・田中武志が関係者をインタビューして家族の夫・田向浩樹と妻・夏原友希恵の過去を明らかにしていく…というのが本作の流れ。基本はずっと語りっぱなしです。このナレーション過多の構成は、好き嫌いが分かれるかもしれません。内容も断片的な回想の連続で、現代パートではドラマチックな展開もないので、緩急のない単調な物語になっています。

しかし、映画化は難しいとされた原作を、上手くアレンジして独自の面白さを引き出していると私は思いました。何より“石川慶”監督のキャリアで培ってきた経験と本作の構成がぴったり合ってます。本作は事件被害者を知る関係者それぞれが過去を語るエピソードの数珠つなぎで成り立っており、要は短編の連なりともいえます。これは短編を撮ってきた“石川慶”監督にしてみれば、やりやすかったはず。ちゃんと個々の回想エピソード単体でも、本作の肝となる「人間の愚かさをあぶり出す嫌な現実」を突きつけるオチがつくので、個別で楽しめます。

さらに、本作の回想連続の構成を単調にせず、独自色を出しているのが、撮影“ピオトル・ニエミイスキ”の映像センス。冒頭のバス車内を映す“ねっとり”とした嫌な感じのカメラの動きといい、留置所の光子を捉える映像といい、現代パートはとことん暗くどんよりしてます。対して、回想パートは、妙に明るい、ある意味普通の邦画的な映像です。しかし、この回想パートこそ、人間の本質的な暗さが垣間見えるので、映像と登場人物の行為から伝わってくる心情が一致しない。そこが気持ち悪いんですね。

ヨーロッパ的センスでもしっかり日本作品にマッチさせているのが凄いです。

愚行録

わたし、秘密って大好きだから

監督や撮影などプロダクション側のほかにも、やはり俳優陣の名演は見どころでした。

主人公・田中武志を演じた“妻夫木聡”も素晴らしいですが、個人的にはやはり“満島ひかり”。ズタズタな役がほんとよく似合う。ピュアゆえにボロボロになっていくキャラクターをやらせたら、日本一です。「わたし、秘密って大好きだから」「わたしは生まれ変わってもお兄ちゃんの妹でいたい」「大好きなのはお兄ちゃんだけ」と序盤からブラコン全開の光子。しかし、最後に明かされる真相を知ってしまえば、もはや彼女は狂気の塊にしか見えない。クレイジーブラコンです(なんだそれ)。

その狂気に甘んじている存在こそ田中武志であり、だから田中武志が事件関係者の知り合いたちが語るある意味ぞっとするエピソードを淡々と聞いていられるのも、そうした闇を内包しているからなのでした。しかも、妹を馬鹿にした奴には容赦なく制裁を下す姿からも、彼なりの歪んだ愛情が感じられて…。真相を知れば、彼の赤ん坊への関心の理由もわかるし、ラストの妊婦に席を譲るシーンは彼なりの贖罪なのか、それとも…。

これは他の登場人物全員に当てはまることですが、みんな泣かないんですね。狂ったような笑うことはあるんですが。こういう現実に対して、そういうものだと諦めているというか…そここそ共通する愚かさな気がします。

最初の取材場面で、ご近所さんの女性が「悪魔がやったんだと思うと、不思議と怖さがなくなる」と言っていましたが、まさに他人事にしてしまえばすんなり受け入れられてしまう。人間って怖いです。

よりによって本作では、光子が田向一家殺害事件の真相を語るシーンがありますが、完全に独り言。つまり、それを知らされるのは観客なんですね。この観客さえも巻き添えを食う展開に、最高の嫌みを感じます。

「私は愚かでした」と認められる人間になりたいものですね。

(C)2017「愚行録」製作委員会