ゲット・アウト
映画『ゲット・アウト』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Get Out 
製作国:アメリカ 
製作年:2017年 
日本公開日:2017年10月27日 
監督:ジョーダン・ピール 

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★

あらすじ

アフリカ系アメリカ人の写真家クリスは、白人の恋人・ローズの実家へ招待される。彼女の家族から過剰なくらい温かい歓迎を受けたクリスだったが、ローズの実家に黒人の使用人がいることなど、妙な違和感をあちこちで感じていた。その翌日、亡くなったローズの祖父を讃えるパーティに出席するが…。

ネタバレなし感想

新たな才能が開花するブラック・ホラー

ムーンライトフェンスなど黒人を主題にしたドラマ映画が次々と賞をとって高い評価を得ていくなか、ついにホラー映画のジャンルにまでもブラック・ムービーが席巻しました。

その映画とは本作『ゲット・アウト』です。

海外映画情報に耳を傾けている日本の映画ファンの人なら本作を知っているでしょう。全く事前の期待もなかったのに、いざ公開されると映画批評サイト「Rotten Tomatoes」で99%のスコアを獲得するほど超高評価。本場アメリカでは大ヒットし、話題騒然となりました。

「どうせ黒人映画だから下駄を履かせた過大評価なんでしょ?」と懐疑的な人もご安心ください。黒人云々抜きにして普通にホラーとして面白いです。

では何がそんなに面白いのか。それは…残念ながら説明できない…。というのも本作は「ネタバレは絶対に見ないほうがいい」タイプの映画なので。内容としては、『シックス・センス』『サイン』『ヴィジット』でおなじみのM・ナイト・シャマラン監督作のようなミステリー要素の強いホラーとなっています。ちょっとサイコというかトリッキーな展開を入れてくるあたりも、M・ナイト・シャマラン監督っぽいです。

本作の監督はアメリカのお笑いコンビ「キー&ピール」のひとりであり、俳優として活動していた“ジョーダン・ピール”という黒人。日本ではDVDスルーだったキアヌにも主演していたのが記憶に新しいですが、その彼の監督デビュー作が本作なんですね。コメディアンなのに監督デビュー作がホラーというのも挑戦的ですが、これまたどうしてか面白い。黒人要素を既存のホラー映画のシナリオに上手く混ぜ合わせつつ、意外なほど絶品に仕上げています。コメディ要素は基本はないのだけれども、一番絶妙なところで“笑い”を駆使してくるのもまた上手いのです(それがどこかは見てのお楽しみ)。

「第2のM・ナイト・シャマラン」は言い過ぎかもですが、少なくともM・ナイト・シャマラン監督作が好きな人はハマると思います。

今後、注目の新しい才能。ぜひその目で確認してみてはどうでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

歪んだ人種融和

私は本作を観る前は「ああ、きっと、主人公の黒人が訪れた恋人の実家が恐ろしい白人至上主義者で酷い目に遭うのだろう」と簡単に予想していたわけです。それで観終わって、確かに恋人ローズのアーミテージ一家に恐ろしい目に遭わされるのは予想どおりというか、誰しもすぐに察しが付く展開でした。

ただ、唯一、予想外だったのが、あのアーミテージ一家…別に白人至上主義者ではないんですね。どちらかと言えばリベラルなんですよ。オバマを支持していて、黒人にもフレンドリーで、理解もある。いや、むしろ「黒人への“憧れ”」のようなものさえ窺える。だからこそ、主人公のクリスは強烈な違和感を感じていました。“普通だったら”黒人を差別する人がいてもおかしくないのに全くいないだなんて…こんな黒人らしさが微塵もない“漂白された”黒人がいるなんて…何かおかしい。

そしてついに「黒人への“憧れ”」のおぞましい実態を知ったとき、クリスは恐怖と怒りに震えます。

本作は「多様性」vs「人種差別」という安易な対立映画ではないのです。その従来的なポリティカル・コレクトネスのテーマとは全く違う、「リベラルの“行き過ぎた”慣れ合いの気持ち悪さ」といいますか、いわば「歪んだ人種融和」を描いた作品なんじゃないでしょうか。そこが非常に新しい本作のオリジナリティだと感じました。

考えみれば、昨今の多様性ムーブメントにリベラルの人たちは酔いすぎて、本当にマイノリティの人たちのことを考えているのだろうか。もしかしたら、そういう自己満足な大義名分のムーブメントに、マイノリティの人たちは居心地の悪さを持ったり、それこそ傷ついたりしているのかもしれない。そんなことを本作を観て思ったりもしました。

ゲット・アウト

シカはどうでもよい彼女

本作の脚本は監督の“ジョーダン・ピール”が担当していますが、非常に伏線が効いていて上手いつくりでした。

例えば、序盤、ローズの実家に向かう途中に車がシカと衝突するシーン。ここではシカの心配をするクリスと、シカなんて気にも留めず損傷した車の心配しかしていないローズという対比によって、その後の“正体”を暗示しています。

また、女性の使用人と男性の管理人の黒人二人について、父ディーンが「祖父母が死んだ時、手放せなかった」というような会話の真意が、終盤にローズが黒人二人を「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼んだ瞬間に判明する流れもさりげなかったです。

他にも終盤にクリスが逃走に使う車両(おそらく弟ジェレミーのもの)の助手席に騎士甲冑の兜があるのは、乗っている車と合わせて「KKK」を示すのだろうとか、挙げだすとキリがないですね。

改変されたラストの皮肉

伏線以外にも本作の数少ないユーモアセンスも光っていました。

それこそ最後のオチです。

実は当初はラストの展開は違ったそうで、屋敷を脱出したクリスがアーミテージ一家を殺害した容疑で警察に逮捕されるというバットエンディングになる予定だったらしいです。それが実際の映画では、自分をハメたローズの首を絞めるクリスに駆け付けたパトカー…ああ、犯人にされて逮捕だろうと観客もクリスも諦めたところで、なんと!そのパトカーは空港警察のもので、乗っていたのは友人のロッド! よく探せたなというクリスに対して、ロッドは「俺は“T.S motherfuckin A”だぞ(アメリカ合衆国運輸保安庁:Transportation Security Administration)」と言い放つ。こんなTSAをカッコいいと映画で思ったのは初めてですよ。

私はこの改変はとても良いなと思っていて、逮捕エンドだと社会的メッセージ性は強いは強いですけど、逆に普通です。それがこういうユーモアになることで、皮肉度がより増して印象に残るわけです。結局、マイノリティのことを一番わかっているのはリベラルでも警察でもなく、同じマイノリティの人だよねと(笑い飛ばしていた警察側が全員黒人なのもダメな黒人の例を示すようで皮肉的)。皮肉と救いを両立させるあたり、さすが“ジョーダン・ピール”監督、コメディセンス抜群でした。

“ジョーダン・ピール”監督の次回作もとっても楽しみです。

(C)2017 UNIVERSAL STUDIOS All Rights Reserved