淵に立つ
映画『淵に立つ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:淵に立つ 
製作国:日本・フランス 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年10月8日 
監督:深田晃司 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 

あらすじ

下町で小さな金属加工工場を営みながら平穏な暮らしを送っていた夫婦とその娘の3人家族の前に、夫の昔の知人であるという男が現われる。謎の多い男と共同生活をすることになった家族は、それでも少しずつその男との暮らしに慣れ始めるが、やがて男はその家族に消えない爪痕を残す。

家族はこわいよ

とある日本の保険会社の調査によれば、困ったときに家族は頼りになるかという質問に対して、約92%の人が「とても頼りになる or まあ頼りになる」と回答しています。まさに家族は自分が崖っぷちに立ったとき、落ちないように食い止める命綱です。

だからか、日本の映画で描かれる“家族”は、例え困難にぶち当たりバラバラになったとしても、最後は互いを支えて幸せになることが多いです。もちろん、そこから外れた作品もありますが、あくまで「家族=ポジティブなもの」が基本軸のように扱われています。

しかし、クリエイティブな仕事では、物事の良い面ばかりを見るだけでは成り立ちません。

劇作家の平田オリザ氏は「いい芸術を作ろうとすれば自ずと人の心の闇を覗かないといけない。それは崖の淵に立って、その下の暗闇を覗き込むようなものだけど、芸術家自身がそこに落ちてしまってはそもそも表現などできない。ギリギリまで行きながら踏みとどまれるのが芸術家なんだ」と語ったそうです。

この言葉から刺激を受けて名付けられたタイトルとなっているのが本作『淵に立つ』。

深田晃司監督がこの映画で描く家族の姿は私たちが理想とする“家族”の姿とは程遠い…命綱になるどころか、崖っぷちから突き落とそうとするかのような存在です。こういう家族の闇を描く映画というと、2016年には『葛城事件』という作品があって、あれもかなりの強烈さでしたが、まだユーモアもあって笑おうと思えば無理してなんとか笑えるレベルだったと思います。対する本作は情け容赦なし。キツイ、キツイです。

↑こちらの『葛城事件』も相当キツイですが。

しかし、そこが評価され、カンヌ国際映画祭の“ある視点”部門で審査員賞を受賞したのが本作。深田晃司監督のインタビューによれば、ヨーロッパの人々には日本映画の描く家族像はいつもスウィートだと思われてるらしく、本作はビターだから新鮮だった…というのが評価の理由のひとつだそうで。やっぱり海外の人にもそう思われていたんですね。

一見すると「不快な気持ちになるだけ」の映画です。でも、現実で味わうよりは、映画の世界で味わうほうが良いじゃないですか。それも映画の役割のひとつです。

淵に立って日本の家族の闇を覗く勇気のある人は、ぜひ観賞してみてはどうでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





家族専門の死刑宣告人

日本の家族の闇を覗く勇気のある人はぜひ観賞してみてはどうでしょうか…なんて偉そうに書きましたが、私自身も観てて辛かった…。

観て後悔したなんていう感想も聞かれますが、まさにそのとおり。

私なんかは、「迷惑はかけませんから」なんて言う奴は信用できないし、赤い服を着ている奴は見たくもないし、オルガンを聴くのも嫌になるし、白いシーツを洗濯して干せなくなるし…そんな気分で散々です。

『淵に立つ』というか「淵に立たされた」状態に強制的になるんですからね。映画を冷静に観るのさえ難しいです。

落ち着いてみると、本作の主人公である鈴岡家の家族は異様さがあらためて浮き上がってきます。典型的な父権家族っぽさは定番ですが、他にも嫌な感じが随所にちらつくのが本当に嫌で…。

淵に立つ

例えば、冒頭の食事シーン。

このとき娘が話題にしていたのが「カバキコマチグモ」という名前のクモの習性でした。このクモ、名前で画像検索してもらえるとわかるのですが、オレンジ色でなんともエイリアンじみた不気味な姿をしてます。見た目が気持ち悪いだけでなく、日本に元から住むクモの中でも一番強い毒を持っているという厄介ものです。劇中に話されていたように、卵から生まれた子グモたちは一斉に生きている母グモを食べつくす生態があります。

この食事シーン、父親のそっけない態度ばかりが目に付いて、家族に冷たい父親だなと思っちゃいます。ただ、よく考えてもみてください。平然としかも食事中にこのおぞましいクモの話をしている母親と娘もじゅうぶん異様です。実際にこんな状態だったら、そんな話すんなよと不快に思う人も多いはず…。ようするにこの鈴岡家は全員が序盤からもうオカシイのです

そうやって考えると、一見すると被害者的に映るあの娘もどうなんでしょうね。彼女がなぜああなったのかは一切示されないわけですから。

家族は確かに本来は頼りになるつながりなんですけど、それが反転してしまえばただの鎖となる…ああいう閉塞感は正直、どの家族も大なり小なり抱えている点だとは思うのですが、客観的に見せられると本当に嫌だ…。

そして、この家族の元に現れる八坂は、さしずめ崩壊した家族が最終段階に到達するとやってくる死刑宣告人といったところでしょうか

今や国際的俳優の地位を確立した浅野忠信の余裕さえ感じる存在感、さすがです。

面白いのは終盤に八坂の目撃情報を聞きつけてある家に上がり込みますが、そこで出会ったのは八坂ではありませんでした。でも、この場面はオルガンのシチュエーションといい、雰囲気といい、どう考えても八坂です。つまり、八坂ではないけど、八坂と同じ存在なのでは?と感じたり。もしかしたら、あの家も崩壊している最終段階にあるのかもしれない…なんて考えるとなかなかの恐怖。

こっちに来ないで…八坂さん…。

本作はユーモアがなくてキツイと書きましたが、全くないかというとそうでもなくて、父・利雄の無能っぷりがあまりに情けなかったりと、呆れた笑いを誘う場面はいくつかありました。倒れた幼い娘を発見したときの「おい!おい!」を連呼するしかできないあたりとか、父権家族のあまりの脆さが痛々しい…。

映画で淵に立つ体験をするのはいいですが、リアルで淵に立つのは全く笑えないので、ホントに気を付けないとね…。


(C)2016映画「淵に立つ」製作委員会/COMME DES CINEMA