フェンス
映画『フェンス』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Fences 
製作国:アメリカ 
製作年:2016年 
日本では劇場未公開:2017年にDVDスルー
監督:デンゼル・ワシントン 

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★

あらすじ

1950年代のアメリカ・ピッツバーグ。トロイ・マクソンはかつて野球選手だったが夢を絶たれた結果、今では妻ローズと苦しい生活を送っていた。ある日、息子のコーリーにアメフトでスカウトされる話が舞い込んでくる。しかし、トロイは反対し、家の裏庭のフェンス作りを強制的に手伝わせる。


苦労は思い出話だけにして

「私もあの時はすごく苦労した。だからあなたも苦労すべきだ」

こういうセリフを聞いたことはないでしょうか。いや、言ってしまったことはないですか? 年配の人とか、ある程度キャリアのある人なら「私の若い頃はね…」の後に続いて発しそうな言葉ですが、年齢関係なく若い人も言うでしょう。かくいう私も心当たりは…うん…。

これがただの“苦労自慢”なら「はいはい」と聞き流してればいいのですけど、“苦労の押しつけ”となってくると話は別。「自分の苦労は他人も味わうのがフェアだ!」なんて思想は自分勝手な迷惑行為。発展や成長といった未来の可能性を潰すことになりかねません。

本作『フェンス』は、まさにそんな捻くれた感情を他人にばらまき、周囲を不幸にさせていく救いがたい男の物語です。

米アカデミー賞で作品賞・主演男優賞・脚色賞にノミネートされ、助演女優賞を受賞した評価が非常に高い映画であり、日本の映画ファンでも注目していた人も少なくないと思います…が、劇場未公開でDVDスルー。アカデミー賞をとってもこんな扱いなのかと残念無念ですが、これが今の日本の黒人映画に対する現状なのですよ…。

本作の最大の魅力はなんといっても役者陣です。なぜなら本編中ずっ~と会話劇となっているのですから。

監督兼主演の“デンゼル・ワシントン”はもうしゃべりまくりです。ひっきりなしにべらべらべらべらと止まらない。本作では主演作『フライト』でみせた重度のアルコール依存症の男と同じような、ダメさたっぷりの演技を披露しています。

↑航空機の危険性を語る映画ではなく、
飲み過ぎの危険性を語る映画です。

そして、“デンゼル・ワシントン”演じる主人公の妻役の“ヴィオラ・デイヴィス”。アカデミー賞では助演女優賞を見事獲得しましたが、もはや主演女優賞でもいいくらいの存在感です。というか、なぜ主演女優賞ではなかったのだろうか…。

黒人の負の歴史を描くキツさは薄いかわりに、家族の嫌な部分を描くキツさはある、そんなドラマです。さすがに『葛城事件』や『淵に立つ』ほどではないですけど。なので、結構自分の人生と重ねて観ることができると思います。自分の苦労を他人に押し付けたことのある人はとくに。黒人映画だとか、あまり気にしなくてよいと思います。

本作は6月にDVD&Blu-rayがリリースされますが、すでに4月26日からデジタルセル&レンタルが開始中です。

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家族をフェンスで囲もうとした男

本作は“デンゼル・ワシントン”が監督する作品としては3作目。“デンゼル・ワシントン”の集大成ともいえる映画となったのではないでしょうか。しかも、その集大成的作品が、家と裏庭と家の前の道路くらいの狭い舞台で展開される低予算な人間ドラマというのも“デンゼル・ワシントン”らしいクレバーさです。

一方の本作の“デンゼル・ワシントン”演じる主人公・トロイは、“デンゼル・ワシントン”とは真逆の人間です。“デンゼル・ワシントン”はかつての黒人イメージから脱却していくような挑戦的俳優人生を送ったのに対し、このトロイは黒人イメージの呪いから抜け出せずに堕ちていく人間なのですから。

確かにトロイ本人が言うように、彼はアメリカ史における根深い黒人差別の“壁”に苦しみ、人生を翻弄されたのは間違いないでしょう。しかし、映画の舞台である1950年代は黒人がスポーツやジャズで普通に活躍できるようになった時代。トロイの体験した時代とは違います。ボノの「時代は変わった。お前は早すぎたんだ」の言葉のとおりです。ところが、トロイは自身の人生の苦悩を他人にまで押し付けます。肌の色という理由だけで。

典型的な父権主義、人種的劣等感、世代ギャップ…あらゆる要素が醜くねじ曲がってトロイの歪んだ価値観が形成されています。トロイこそ家族にとってフェンスのような束縛する存在…なんですが。

しかも、家族をフェンスの内側に閉じ込めておきながら、自分はフェンスの外の世界で別の自分になってちゃっかり他の女と子どもまで作っているという救いのないダメっぷり。ちなみに本作の宣伝キャッチコピーは「彼らがフェンスで守りたかったのは、ゆるぎない愛」なんですけど、そういう映画だったのだろうか…。愛は求めてたけど。彼のフェンス作りは、守るという保護のためではない、独占欲になってしまっていました。

フェンス

ツー・ストライク

トロイの言動はとにかく見ていて(カッコ悪いという意味で)痛々しい。とくにアレなのが、トロイの根源である野球に人生を例えた話。「俺は生まれたときからツー・ストライクだった。でも、最後のストライクは避けた。そして、1塁で息子たちのヒットを待ってたんだ」…なんでしょう、一見するとすごく良い父親のセリフに見えるけど、実際は違うという…。この語りはトロイの歪んだ価値観をこれ以上ないくらい簡潔に説明しています。なんでこういう大人は人生をスポーツに例えたがるんでしょうかね。

コーリーがトロイをバットで脅そうとし、逆にトロイがコーリーをバッドで殴ろうとするあのシーンは、完全に白人による黒人への暴力の歴史を思わせます。世界中で起こっている同族同士での争いのメカニズムを、物語でフッとみせてくる…本作は決して地味な会話劇ではない、メタファーに満ちた映画でした。

本作で描かれる、黒人が黒人の自由を奪うという、なんとも皮肉な状態。最近は「黒人=被害者」という安易な物語構成の作品ではなく、こういった自己批判を多分に含む作品が増えて良いことだなと思います。

アメリカだけでなく、日本にだってじゅうぶん当てはめられる映画でしょう。

原作はピューリッツァー賞などを受賞した名作戯曲とのことですが、演劇と違って映画は俳優の表情を間近で見れて、これだけでも映画化したことによる魅力アップだと思います。

それにしても『ムーンライト』といい、こんなインディーズ映画が次々と賞をとるなんて凄いなぁ…。

(C)2016, 2017 Paramount Pictures.