となりのテロリスト
Netflix映画『となりのテロリスト』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Fe de etarras
製作国:スペイン 
製作年:2017年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督: ボルハ・コベアガ

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★

あらすじ

ワールドカップに沸くスペインの小さな町で、作戦実行命令を待ち続けるテロリスト集団。しかし、テロを企てているこの男女たちは、テロリストと呼ぶには少し頼りなく、心配になってくるほど。本当にテロを起こすことはできるのだろうか。

ネタバレなし感想

バスクの武力闘争を笑いに変える

スペインにて北東部カタルーニャ自治州が強行した住民投票で独立派が多数を占めたことで、政府と対立構造が浮き彫りとなり、政府と軋轢が生じそうになっているという出来事が、最近もニュースで聞こえてきました。

私たち日本人の関心は低いと思いますが、当のスペインではこのような独立運動対立は以前から抱えてきました。今回のカタルーニャと同様に、昔からスペイン国内の火種となってきたのが「バスク」です。

ビスケー湾に面し、フランスとスペインの両国にまたがっているバスク地方は、歴史的に独立した文化を持つ地域でした。ゆえに独立運動が活発で、バスク地方の分離独立を目指す民族組織「バスク祖国と自由(ETA)」は1968年から武力闘争としてテロ事件を起こしてきた長い因縁があります。ところが、最近は暴力的だった独立運動は鎮静化しています。カタルーニャの問題も穏便に解決すると良いですが…。

そんな「バスク」のためにテロを起こそうと奮闘する集団をコミカルに描いたスペイン映画のコメディが、本作『となりのテロリスト』です。

それをコメディにしちゃっていいのかと驚きですが、まあ、それを風刺としてOKにするのが欧米のユーモア文化の懐の大きさだと思います。

ちなみに本作の監督の“ボルハ・コベアガ”は、サン・セバスティアン(ドノスティア)というバスク州にある地域出身なんですね。つまり、自虐なわけです。

“ボルハ・コベアガ”監督は、ゴヤ賞でいくつか賞に輝き、同じくバスクの人々を描いたコメディ映画『オチョ・アペリードス・バスコス』(2014年)で脚本を手がけており、バスクならお手のもの。

「スペインとパスクが対立している」という歴史的背景だけ押さえておけば後は普通に楽しめると思いますので、気楽に観ると良いのじゃないでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

賢く使うときは今だ

物語は1988年、フランス領バスクの中心都市であるバイヨンヌで始まります。

とある家、料理の並ぶ机で言い合いが弾む男女の集団。リーダー格の初老の男に「賢く使えよ」と銃を渡された、頭髪の寂しい男マルティン。そこへ警察が突入してきて事態は急転します。大慌てで証拠隠滅を図り、さっき食べたばかりだから食えないよとか文句を言いつつ、リーダーに言われるがままにノートをもぐもぐ飲み込むマルティン(燃やせばいいのに…)。しかし、マルティンは銃を使うことなく、窓から逃げ出してしまいました。

それから12年後。

マルティンのもとに再び集まった男女は、テロ計画実行の電話を待ちますが、何も来ず…。しかたなしにマルティンの指示でテロを計画し始めます。

ところが集まったメンバーはマルティンも含めてなんかダメさの漂う奴らばかりで。「ETAは、IRAほどじゃない、あそこは次元が違う」「アルカイダは最低だ、業績は凄いけどな」というテロリスト格付けトークもアホですし、“なんでもかんでもスペインが悪い”思考で若干仲間からもひかれているマルティンも痛々しい(ボードゲームのクイズにもケチつけまくりのシーンとか)…。サッカーでスペインが負けていると「イエーイ!」な姿も、外の大衆とのギャップが面白おかしいですね(本当のバスクの皆さんはスポーツをどう見ているのでしょうかね?)。

そしてなんだかんだで隣人のバスタブをシャワー室にする工事をすることになり、「これはETAのためだ、資金集めだ」と自分たちに言い聞かせる始末。それで稼いだお金もテロ準備には使わず、新しいソファにご満悦だったりと、どんどんテロとは遠ざかっていきます。

そこへかつてのリーダー格の初老アルテチェが訪問。気まずさMAXのなか、もろにスペインな格好で隣人とサッカーTV観戦でスペイン応援して帰ってきたばかりのマルティンが遭遇。気まずさが臨界点を越えます。

呆れと怒りを隠せないアルテチェは、マルティンに対して「窓から逃げろよ」「戻ってくるな、足を引っ張るな」と言い放ちます。それでマルティンがとった行動はアルテチェの背中を銃で撃つこと。そのあとは、弾丸を3発ぶち込まれて息絶えたアルテチェの死体を壁に埋めて隠蔽し、残ったメンバーは「ヴァンダム・リノベーション」という名でリフォーム業者として再出発。

冒頭と同じで机を囲み、仲よく食事をとっていると、ドアをドンドンとする音。で、物語は終わっていました。

となりのテロリスト

ユーモアは大切

全体的に起承転結がはっきりしていて、コンパクトにまとまった見やすいコメディだったと思います。“ドアをドンドン”のオチも、気持ちのいい終わり方でした。

一方で、マルティンとその仲間たちの奮闘っぷりは笑えもしますが、テロをするほど追い込まれている人たちの悲痛さというか、“どうしようもならなさ”というべき感じも印象的です。劇中で警察に車を止められて「もうダメだ」と覚悟を決める一同があっさり問題なくクリアしてしまい拍子抜けという場面がありますが、あそこなんて彼らの“自意識過剰”がよくでています。彼らが思っているほど、対立なんてする必要はないのかもしれない…無理に対立しようとしているのは自分側なのかもしれない…。そんな風に自分を省みる良いシーンです。

毎度コメディを観ていて思うことですが、こういう客観視させてくれる要素こそユーモアの楽しさであり、社会にとっての風刺の意義でもありますね。

パトリオット・デイのようにテロ事件の悲劇をリアルに描くことも大事ですが、ユーモアで描くことも大事。そう思います。

陰惨な時代だからこそユーモアも大切にしていきたいものです。

©Netflix