わたしは、ダニエル・ブレイク
映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:I, Daniel Blake 
製作国:イギリス・フランス・ベルギー 
製作年:2016年 
日本公開日:2017年3月18日 
監督:ケン・ローチ 

【個人的評価】
 星 10/10 ★★★★★★★★★
 

あらすじ

イギリス北東部のニューカッスルで大工として働いていたダニエル・ブレイクは、心臓に病を患ったことで医者から仕事を止められたが、複雑な制度のため満足に国からの援助を受けることができないでいた。そんななか、シングルマザーのケイティと2人の子どもの家族を助けることに…。

ケン・ローチ監督は戻ってきた

イギリスの社会問題について知りたい…そんな人はケン・ローチ監督作品を観てください。

イギリス映画界の巨匠ケン・ローチ監督は、簡潔に言ってしまえば、搾取される人に寄り添った作品をずっと作り続けてきた人物。本人も左派を自称するローチ監督の映画は常にイギリス社会の底辺に暮らす労働者階級の人たちが主人公。彼のフィルモグラフィーで扱われていない社会問題はないのではないかというくらいです。しかも、体験の聞き込みなど丁寧な分析に基づくドキュメンタリーのようなリアルなドラマを、ときにコミカルに、ときにケレン味たっぷりに描く優れた手腕を持っています。なので、社会派映画のような堅苦しさは極力抑えられており、観やすい映画ばかりです。

そんなローチ監督は『ジミー、野を駆ける伝説』(2014年)を最後に映画界からの引退を表明していたのですが、今どうしても伝えたい物語として制作に踏み切ったのが本作『わたしは、ダニエル・ブレイク』。

舞台となっているのは、ニューカッスル・アポン・タインというイングランド北東部にある人口30万の北部イングランド最大の都市。決してとくに貧しい街というわけではありません。ただ、どんな街にも社会の底辺で暮らさざるを得ない人たちがいるわけで、そんな人々を描いた作品となっています。ローチ監督作品のなかでも、これといって変化球もない普遍的な話です。

それでも、本作はカンヌ国際映画祭で『麦の穂をゆらす風』(2006年)に続くローチ監督作品で2度目の最高賞パルムドールを受賞し、さらにイギリス国内でも大ヒットとなりました。

↑イギリス人やアイルランド人の話したくない暗部、
独立戦争と内戦による北アイルランド問題を描いた作品。

ローチ監督最高傑作との評価も聞かれる本作。なぜこんなにも支持を集めたのか? それはアジテート(agitate)な映画だからだと思います。ローチ監督のこれまでの作品のなかでも、一番メッセージ性が強いのではないでしょうか。ゆえに人の心にダイレクトに響き、論議を起こす力があります。

とくに昨今のイギリスはご存じのとおり、ブレグジット(イギリスのEU離脱)や移民問題などで社会が根幹から揺らいでいます。その時代に本作は見事ジャストフィットしたかたちです。

そんな本作を日本人である私たちが楽しめるのかといえば、これははっきり言えます。全く問題ありません。確かに、ローチ監督作品は、イギリスに関するリテラシーがある程度必要だったりするものもあるのですけど、本作の場合は、役所の複雑な手続きや官僚主義に苦しむ弱者が題材なので、日本人にも馴染みやすいストーリーでしょう。

ローチ監督作品を観たことがない人は本作が最初の1本におすすめです。ローチ監督ファンなら絶対に観るべきなのは言うまでもありません。






↓ここからネタバレが含まれます↓





血も暴力もないけど残酷なこと

本作を観て、これが「今」のイギリスなのか…としみじみ。

もちろん、映画ですから多少の演出はあるでしょうけど、まるで本当にこの街に暮らす人々の生活を切り取って映画にしたかのようなリアルなドラマでした。

ローチ監督はインタビューでキャスティングについて「その辺の通りを歩いているような、そういう人物にすることを心がけます」と語っているとおり、本作の主人公ダニエル・ブレイクを演じたデイブ・ジョーンズは本当にああいう境遇の人にしか見えないです。彼は得てしてステレオタイプになりがちなキャラ設定なのに、非常に自然に、でも魅力的な存在感を放ってます。彼は舞台となった街出身で、ワーキングクラスでもあるとのことで、リアルなのは当然かもしれないですが。最近のイギリス映画では名門校を出たエリート俳優ばかりを見てきた気もしてたなか、やっぱりいろいろな立場の役者が必要だなと実感。他の役者陣の素晴らしい演技もリアルなドラマに磨きをかけていたのは言うまでもないでしょう。

さっきからリアル、リアルと書きましたが、本作で描かれているのはリアルというか本当に起こっていることです。映画の中で起きた出来事は、フードバンクのシーンも、売春も、ほとんど全てローチ監督が見聞きした体験談を元にしてます。だからこそ変に妥協したり、誤魔化したりはできないわけなんでしょうけれども、結果、観客側には「うう…」と心臓をギュッと握りしめられるような悲痛な気持ちになります。

とくにケイティの追い込まれ方はホント、キツイですよね。普段、私はアクションとかホラーとかたくさん観てますが、そういう映画の残酷シーンよりも、本作の血も暴力もない社会の残酷さには目を背けたくなります

無論、ローチ監督はそこにこそ目をそらさず見ろという想いをこめて、この映画を作ったのですが。

わたしは、ダニエル・ブレイク

でも、私が一番キツイと思ったのは、終盤の家具を売り払った部屋でダニエルが凍えながら姿を見せる場面。「なんで、こんな追い込まれなきゃならないの…」と怒りを通り越してただただ“祈り”みたいな心情になる…。ダニエルのキツさというと忘れられないのが、手当てを受ける条件のためだけの求職活動によって得た採用の知らせを断る場面。ここ単体だけでも辛いシーンですが、後に手書きの履歴書を書いていたことがわかる場面で、観客側は再びあの採用辞退の辛さが際立つ構成が上手いです。ああ、あの人はこの手書きの履歴書を評価してくれてたんだ、なのに…。尊厳さえも傷つける所業許すまじです。

主張するにはユーモアだって必要だ

では本作は暗い映画かというと、そうじゃない。本作はよくあるジャンルでいえば「難病モノ」なんですが、お涙頂戴なウェット一辺倒にはなってません。

ちゃんと笑えるシーンもあるわけです。このユーモアセンスはローチ監督作品の特徴ではありますが、本作のはこれまでになくリアルなドラマを壊さずにスルッとユーモアを挿入してくる感じがたまりません。

ヴィヴァルディの「四季」の「春」の曲とか、最高に笑えます。BGM止めギャグっていうのはチープな笑い演出の定番ですが、あんな風に見せてくるとは思わなかった。いや、私は基本“モノ”にあたらない性格ですけど、実際にあれをやられたらさすがに電話をぶん投げると思いますが…。

あとはインターネットが疎いというギャグ。これ、他のローチ監督作品にも見られるのでローチ監督は気に入っているのでしょうね。『エリックを探して』(2009年)ではYouTubeを整髪剤かなにかと勘違いしている人がいた気がする…。

↑かなりコメディ要素が強めで、シュールな作品。

ダニエルを演じたデイブ・ジョーンズはコメディアンで映画初出演だったそうで、このへんは本領発揮といったところでしょうか。間の取り方、ボソッと呟く悪態、どれも絶妙でした。

終盤の「わたしは、ダニエル・ブレイク」の落書きは、よく日本でも街頭デモとかでプラカードを掲げている人がいますが、そういうのとは違う印象を私は受けて、なぜなのかなと考えてたのです。なんとなく思うのは、こういうユーモアが積み重なっていくからこそ、終盤の主張が、変に政治的に重いものではない、ダニエル個人の想いとして伝わってくる効果があるような気がしたということ。ダニエルの場合は、自虐的な笑いも入れてくる。人の心に嫌味なくメッセージを届けるには、真面目なだけじゃ無理で、ユーモアも必要…ということですね。

わたしは、ダニエル・ブレイク

敵対ではなく助け合おう

本作を観ると、行政にすごく嫌悪感を持つ人も少なくないと思います。まあ、そりゃそうです。

ただ、ひとつ言っておきたいのは、本作は「役人ってほんとに嫌ねぇ」というありきたりなルサンチマン(強者への恨み)の発散のために制作されたわけじゃないと私は考えてます。ローチ監督はそんな安直な対立を煽るほど浅はかではないです。それは彼の過去の作品群を見てもわかります。

本作でもちゃんと考慮されてました。例えば、ジョブセンターのひとりの女性職員はダニエルにとても親切にしていたし、一方で貧しい人の中にも犬の糞を片づけず他人を気遣えない男も描かれてます。

そもそもジョブセンターで働く職員も、警察も、決して裕福な階級の人たちではないです。彼らだって事情によってはダニエルと同じ状況になりかねないのです。ローチ監督が真に訴えたい相手は、映画に登場していない裏にある存在であり、社会のシステムそのもの。誰かを憎んで解決する問題じゃありません。

ではどうしたらといえば、それが劇中で幾度となく描かれる「助け合い」。職業も、人種も、年齢も関係なく、互いを支え合うことこそ大切にという真っすぐなメッセージ。お金はない、職もない、でもダニエルが持っているもの…それです。

助け合いといえば、フードバンクで空腹のあまりケイティが缶の中身を食べてしまうシーン。映画情報サイト「IMDb」を見てたら、あれ、ケイティに寄り添うスタッフは役者ではなく、実際にフードバンクで働いている人で、ケイティの行動を事前に知らされてもいなかったらしいですね。てことは、あの対応もセリフも本当の親切心そのものなわけで、どうりでリアルなのかと思うと同時に、感動もひとしおです。

また、本作では“なんでもかんでもなデジタル化”がダニエルを苦しめますが、「インターネット=弱者を苦しめる悪」みたいな描き方はしてない。それどころか、チャイナという隣人が中国の若者とネットを巧みに駆使してビジネスをするシーン(多少の法スレスレなところはあれど)が描かれることで、希望にもなる道具として扱われてました。若い世代の自由な発想と国を越えた助け合い…あのスカイプ場面はイギリスのみならず世界の理想の縮図なんじゃないでしょうか

そういえば、本作は映画開始前の冒頭でも説明文が示されたとおり、貧困に苦しむ人々を援助する団体を助成することを目的として、有料入場者1名につき50円を寄付するチャリティ企画が並行して行われていました。でも、これに対してもローチ監督は言っているんですね。チャリティでは根本的な解決にならないし、そこは本質ではないのだと(ちなみにチャリティは映画の配給会社が企画したものです)。

常に問題の根源に問いかける姿勢こそがローチ監督。

これからの時代もローチ監督の力がまだまだ、いやさらに必要になってくる気がします。

(C)Sixteen Tyne Limited, Why Not Productions, Wild Bunch, Les Films du Fleuve,British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2016