僕だけがいない街
映画『僕だけがいない街』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:僕だけがいない街 
製作国:日本 
製作年:2016年 
日本公開日:2016年3月19日 
監督:平川雄一朗 

【個人的評価】
 星 4/10 ★★★★

あらすじ

ピザ屋でアルバイトする売れない漫画家・悟は、「リバイバル」という特殊な現象に見舞われていた。それは、周囲で悪いことが起きる気配を察すると自動的にその数分前に戻り、事件や事故の原因を取り除くまで何度でも繰り返すというものだった。そんなある日、悟の母が殺害されてしまい…。


メディアミックスという名のループ

昨今のエンタメ業界では「メディアミックス」が定番のものとなって久しいです。

メディアミックスとは、同一の作品を異なる媒体でいくつも製作して一斉に展開していくビジネス戦略のこと。ある作品が、ドラマ、映画、小説、漫画、アニメ、ゲームなどなど、複数の媒体で発表されるのはもはや日常茶飯事となりました。メディアミックス自体の歴史は古いのですが、最近は人々の価値観が多様化していますから、メディアミックスの重要性はますます増しているのでしょう。ドラマを見ない人も映画は観るかもしれないし、映画を観ない人も小説は読むかもしれないし、小説を読まない人もアニメは見るかもしれない。幅広い人に売りたいのであれば、メディアミックスは欠かせません。欠点といえば、熱烈な作品のファンはこれら全部に手を出すと出費がかさむことですかね…。

このメディアミックス、考えようによっては「ループ」しているのと同じとも受け取れます。スピンオフや続編ではなく、ひとつの基本軸の物語をベースにメディアミックスした場合、各媒体の作品はそれぞれ表現や物語展開が変わってきます。それらを見ていく観客にとってまるで同じようで微妙に異なる話を追体験することになり、まさにそれは「ループ」しているも同然。メディアミックスすると、必然的に作品に“ループもの”要素を加える楽しさが生まれるのが、一種の魅力になっているのかもしれないなぁなんて思ったりも。

そして、御多分に洩れず、昨今では定番となったメディアミックスをしている本作『僕だけがいない街』。原作は漫画ですが、小説アニメ、そして2016年は映画として展開。さらに、2017年冬にはNetflixでドラマ版が配信される予定となっています。

↑アニメ。

特筆すべきは本作は“ループもの”だということ。つまり、ただでさえ単体の作品内でループが幾度も行われるのに、さらにメディアミックスすることで複数の作品群でもループのような展開の違いが発生する…“ループの二乗”みたいなわけわからんことになってきます。“ループもの”のメディアミックスは珍しくないですが、こうなってくると開き直って楽しんだもの勝ちです。

なので映画『僕だけがいない街』も、ひとつの解釈として難しく考えずに観ると良いのではないでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





映画のオチ

映画『僕だけがいない街』の制作にあたって最大の課題はおそらくオチだったのでしょう。なにせ映画製作の時点では、原作が完結していないわけで、どうラストを着地させるか、かなり悩んだと思います。

それでどうなったかと言うと、原作からずいぶん思い切った大幅な改変をしてきました。これが原作ファンにとっては発狂ものの改悪として怒り心頭になるであろうということは、別に原作を良く知らなかった私でも思うことです。

1988年に“リバイバル”していて犯人の八代によって橋から突き落とされた悟(少年)は、目を覚ますとそこは2006年のトラック事件で入院したベットの上でした。誰が見ても辻褄が合わない強引なストーリーの繋げ方。ただ、私は個人的にはそこはどうでもいいかなと。“ループもの”は大なり小なり矛盾が出ますし、ループするという最大の裏技を使っている時点で何でもありですから。

↑原作コミックは完結しました。

救えたのか?

終盤の改変以上に気になったのは、本作のストーリーラインです。児童の連続誘拐殺人事件を扱い、「救う」ということが主題になっていることもあって原作からして非常にヒロイックなストーリーである本作。こういうのは、一歩間違えるといかにも扇情的で甘々な被害者救済物語になりがち。

結果、本作は“一歩間違えた”気もします。主人公を追い込むという扇情的な演出を優先しすぎな、悟が犯人に疑われるという展開も、ビタ一文納得いかないですし。犯人の八代はパーフェクト犯罪者すぎで、なおかつラストの自分語りからの「ゲームオーバーだ」というセリフにはうんざりだし(その年でそのセリフはないだろうと。そういう恥ずかしいセリフは『デスノート』だけにして)。

なにより、悟の死というオチによって救済への代償を表現したかったのでしょうが、いうほど救えてないような…。一連の連続誘拐殺人事件を全て食い止めなくていいのかと。被害者救済物語として甘いでしょう。なのにあんな幸せそうなムードで終わらせると、自分の知り合いだけ救って満足しちゃった人に見えます。

僕だけがいない街

他のループに期待

他にも気になる点は細かい部分ではあって。

例えば、本作の1988年パートの主なロケ地は長野県伊那市だそうですが、物語上の設定となっている北海道とはやっぱり風景が違うなぁとか。雪がすごく嘘っぽいです。

あとは子役。子役の子たちは皆頑張ってたし、とくに虐待された雛月加代の風貌とかなかなかの作り込みで良かったと思うと同時に、決定的に残念な部分も。それは、大人の思考を持つ悟(少年)の周囲の子どもの描写。要するに悟(少年)は「見た目は子供、頭脳は大人」なんですけど、これは子どもらしくない演技っぽさが逆に普通の子どもじゃない感を醸しだしていて結果的に合ってました。問題は、他の同級生の子どもで、演技の雰囲気が悟(少年)と同じに見えてなんだか…。ここは違いを出してほしかったところですが、かなり難しい演技マネジメントを要するだろうな…。

本作に対して全体的に非難多めな文章になってしまいましたが、軽い気持ちで見るぶんには普通に楽しめる娯楽作なんじゃないでしょうか

それに映画『僕だけがいない街』の出来はどうであっても大丈夫です。だって私たちには「メディアミックス」という名の誰でも自由に行使できる“現代のループ能力”を持っているのだから。映画の展開が気に入らなくても、小説とかアニメとかを見て、そっちを正史にしちゃえばいいのです。Netflixのドラマ版は原作を完全に映像化するらしいですよ。

メディアミックスのループでファンは救われる…かな?

(C)2016 映画「僕だけがいない街」製作委員会