ビフォア・アイ・フォール
映画『ビフォア・アイ・フォール』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Before I Fall 
製作国:アメリカ 
製作年:2017年 
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信 
監督:ライ・ルッソ=ヤング 

【個人的評価】
 星 4/10 ★★★★

あらすじ

2月12日。17歳の高校生サマンサは、仲の良い友人3人とともにいつものようにおしゃべりを交わしながら学校に出かけた。夜のパーティの帰り道、サマンサの乗った車は事故を起こしてしまう。ところが、目が覚めると2月12日の朝に逆戻りしていた。事態に困惑するなか、彼女は再び同じ日を体験していくが…。

青春がいつまでもループするとしたら

SFの鉄板「タイムスリップ」。その中でも目立つのが「ループもの」ジャンルです。

映画だと『恋はデジャ・ブ』(1993年)のような往年の名作から、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)のような最新VFXを駆使したアクションまで、さまざま。

↑ループ地獄に翻弄されるトム・クルーズが楽しめる快作。

ループしているという設定があるだけでミステリー的要素とサスペンス的要素が確保され、悲劇性とともにループから解放されたときのカタルシスもある。“ループもの”を観ると「またかこれか…」みたいな既視感がありますが、でもついつい見てしまう楽しさがあるから困る。

そんな“ループもの”はとくに若者に人気。当然、アメリカの若者も大好き(なはず)。そのアメリカの最新“ループもの”映画が本作『ビフォア・アイ・フォール』です。

本作は、ローレン・オリヴァーによるヤング・アダルト小説を原作とした青春SFドラマ。どこにでもいる女子高生サマンサが自分が死ぬ日を何度も繰り返す…というストーリーです。死んだら戻る点は『オール・ユー・ニード・イズ・キル』と同じですが、死ななくても戻ります。

それ以上の特筆できるオリジナリティは乏しいのですが、雑な映画ではないですし、いかにもアメリカって感じのティーン向けの作風が好きな人は楽しいと思います。






↓ここからネタバレが含まれます↓





フレッシュで多様な若手俳優

主人公サマンサを演じた“ゾーイ・ドゥイッチ”の七変化っぷりが見ごたえありました。まあ、さすがに7度も変貌はしてないのですが、最初の調子乗っている姿、2度目の事態に困惑している姿、数度目の開き直って悪に傾いた姿、ラストの改心した姿と、見事に演じ分けていました。もう、小悪魔から天使に様変わりです。役者って凄いんだなぁ(今さら)。“ゾーイ・ドゥイッチ”、あまり意識したことのない若手女優ですが、エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中にに出ていましたね。

また、サマンサ&友人組が多人種構成になっていたのは、さすがアメリカだなと思いました。アリーを演じた“シンシー・ウー”は中国系、エロディを演じた“メダリオン・ラヒミ”はおそらくイラン系なのかな。ちなみにジュリエットを演じた“エレナ・カンプーリス”は父親がギリシャ人のようです。

劇中ではなかなか観客のヘイトを集めるだろう女子集団でしたが、こうやって多様性を目の当たりにすると、アメリカって凄いなぁと素直に思います。

ビフォア・アイ・フォール

ループで改心する青春

本来は逆行もできない“時間”という概念の不条理にどう立ち向かうかという戦略的な展開が“ループもの”の見せ技だったりもしますが、その点については、本作はあまり期待できません。

というのも、本作ではサマンサは死ぬと決まっているように見えて当初はどうすれば死から逃れられるかが論点になっていましたが、実は死ななくてもループしてしまうことがわかります。そして、話が進むにつれ、自分の死ではなく、他者の死の回避こそが本題であることが判明する構成です。結局、その死の回避方法も、身を犠牲にして迫る車の進路から押し出すという、何とも普通の展開。これだけ見ると、もっと早くにできたのでは?と思ってしまいます。

ただ、本作のメインはサマンサの改心にあります。完全に学内の上位女子グループに所属しているサマンサたちは、学校の底辺生徒をバカにして、はしゃぎまくる奴らです。そのサマンサが、ループを繰り返すことで、しだいに悟りを開いたようになる…この心境変化は役者の好演もあってよく表現できていたのではないでしょうか。

聖人化する主人公と宗教性

本作で示されるメッセージ性は全くもって正しいです。正しい行いをして、1日1日を価値ある日にする…道徳の教科書に書いてありそうなくらい、真っすぐな主張は1ミリも否定されるものではありません。

ただ、個人的にはあまり響かないかな…というのが感想でした。

本作は、言い方が悪いですが、すごく自己中心的なストーリーです。終始、サマンサが自己満足して終わっているんですね。もちろん、ジュリエットの自殺を食い止めたは素晴らしいと思うのですが、全体を見渡すとほとんど何も変わっていません。リンジーのジュリエット虐めは止まっていないですし、むしろサマンサの死で悪化するのではという気さえしてくる。残された家族は辛いだろうし、フラれたロブでさえ、なんか可哀想だなと思ってしまいます。ケントは“棚から牡丹餅”ですが、一瞬で餅を失いましたね…。一番酷い目に遭っているのは、サマンサを轢く車の運転手ですが。

どうしてもサマンサの死という悲劇的展開が欲しかったのでしょうが、う~ん。せめて加害者の発生する死は止めてほしかったかな…。

そもそもサマンサを聖人君子にしすぎです。同じ日を繰り返して己を省みることでどんどん聖人化していくサマンサの描写は、非常にキリスト教っぽい考え方が土台になっている気もします。ゆえに日本人には「う~ん」と素直に賛同しづらい面もあるのは事実。日本人はどちらかといえば、罪を悔い改めれば全ては許されて解放されていくという思想よりも、“罪はとにかく罰せられてそれからどうするかはあなたしだいだ”みたいなところがありますから。

宗教的な背景も踏まえつつ考えると面白いですね。

それにしても、「青春がいつまでも続いたらいいな」なんて思うときもあるでしょうが、こういう作品を観ると、何事もずっと続くのは嫌になるだけだなぁと思ったりと。限度が大事です。

©Netflix