スティーブ・ジョブズ
原題:Steve Jobs
製作国:アメリカ
製作年:2015年
日本公開日:2016年2月12日
監督:ダニー・ボイル

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

1984年、スティーブ・ジョブズは激怒していた。Macintosh発表会の40分前、「ハロー」と挨拶するはずのマシンが黙ったままなのだ。さらにそこへ元恋人が彼が認知を拒む娘リサを連れて現れる。混乱の中、ジョブズは滅茶苦茶な指示を周囲にとばしまくる...。


体験版スティーブ・ジョブズ

日本人は「Apple・iPhone好き」だと言われています。それは市場の動向にも表れており、最近もAppleは2四半期連続の大幅な減収減益で、北米やヨーロッパ、中国を含む世界市場で売上高がマイナスだったのに対し、日本市場だけが増収で成長を続けています。

そのわりにAppleやiPhoneの立役者であるスティーブ・ジョブズについては、IT業界の人を除けば一般の間では「とりあえず凄い人」くらいの認知しかないような気もします。

そんな日本人にとって、スティーブ・ジョブズの伝記映画である本作『スティーブ・ジョブズ』は、違和感かもしれません。

そもそもスティーブ・ジョブズの伝記映画は2013年に同名のタイトルのものが製作されています。こちらは普通の伝記映画という言い方ができるでしょう。


こちらの2013年製作の伝記映画との違いを明確に出すためなのかどうかは知りませんが、2015年製作の本作『スティーブ・ジョブズ』は伝記映画としてもかなり異質です。

ネタに事欠かないスティーブ・ジョブズの人生ですが、そこから1984年のMactonish、1988年のNeXTcube、1998年のiMacの3つの製品発表会当日の計3日、しかも舞台裏のみを描くという思い切った物語構成をしています。そして、スティーブ・ジョブズと周辺の関係者との会話劇が延々と続く。かなりクセのある映画です。

少なくとも、スティーブ・ジョブズを称える映画でもなければ、批判する映画でもない。そして、間違いなく、この映画を観たからと言って、スティーブ・ジョブズの人生史が理解できるわけではないし、ある程度Appleの歴史やスティーブ・ジョブズの経歴を知らなければ「ぽかーん」となる可能性もなくはない。

じゃあ、本作を観て何がわかるのか?といえば、それは「とりあえず凄い人」くらいの認知しかなくても製品を圧倒的に支持させてしまうスティーブ・ジョブズのパワーが体験できるのです。まるで映画を見た人もスティーブ・ジョブズの隣に常にいたような気分になり、疲れるし圧倒されます。しかも、その一端を、見事な映画的技法で見せてくれる。そこを楽しめるかどうかで、本作の評価が変わると思います。





↓ここからネタバレが含まれます↓




映画自体が「現実歪曲フィールド」

スティーブ・ジョブズのカリスマ性を表す言葉として「現実歪曲フィールド」という言い方がされます。これは一般的には「誰もが不可能だと思っていることでも、巧みな話術などによって、実現できると納得させてしまうこと」をいいます。

本作はこの「現実歪曲フィールド」を体現しているように感じました。「現実歪曲フィールド」はスティーブ・ジョブズの功績を称えてポジティブな意味で使われることも多いですが、本作で描かれるスティーブ・ジョブズの「現実歪曲フィールド」は逆にネガティブな側面が目立っています。ハローと表示されないエラーにキレてエンジニアのアンディを脅したり、誘導灯を消せとゴネたり、会場で配られそうになったタイム誌にケチつけたり、胸ポケット付きの白いシャツを手に入れろと突然要求したり、ウォズからのApple IIチームに謝辞をしてとの提案を頑なに拒否したり、クローズド・システムやらスロットの数やら機器設計について意見を聞かなかったり…。極めつけは、娘のリサを認知せず、それどころか「全国男性の28%が父親の可能性がある」というメチャクチャな暴言で逃げるという、普通だったら仕事でもプライベートでも付き合いたくない人物です。本作は全ての出来事が実際にあったことではないですが、スティーブ・ジョブズにこういう性格的側面があったというのは当時の関係者からよく指摘されています。
スティーブ・ジョブズ
だからといって本作は「現実歪曲フィールド」を批判はしていません。ネガティブな面ばかり目立つのは、あの当時の一瞬だけで評価せざるを得ないからです。わかりやすいのが、終盤のリサに音楽プレーヤーをポケットに入れられるようにするというジョブズの発言。あの時点ではリサにしてみればその場しのぎの口車に見えているかもしれないですが、未来を知っている私たちだけは違うんだと理解できる。映画的な演出でグッときます。周囲の人間はいくらでも手のひら返しできますけど、当人は主張し続けるのは相当な覚悟がいる。この現実的なカッコ悪さをあえて描いているのは、個人的に気に入っています

また、本作は「現実歪曲フィールド」を冷静に分析して、映画というかたちで表現してみせているんですね…そこが脱帽です。

このクセものな脚本を書いたのは、アーロン・ソーキン。「Facebook」創設者マーク・ザッカーバーグの半生を描いた伝記映画『ソーシャル・ネットワーク』の脚本で有名です。『ソーシャル・ネットワーク』も本作『スティーブ・ジョブズ』も当人を真実そのままに描かず、映画的なウソを上手く織り交ぜるのが特徴でした。あらためて脚本の力が凄いなと舌を巻きます。さすが第73回ゴールデングローブ賞で最優秀脚本賞を受賞しただけあります。


そして、監督のダニー・ボイルの演出も上手くマッチしていたのも良かったです。いくつもの回想カットバックや、ラストのフラッシュと拍手と音楽のダイナミックな盛り上がりなど、随所でダニー・ボイル演出が光ってました。ダニー・ボイル監督も演出にクセのある人ですが、脚本に合わせて器用なことができる意外な腕が発揮されていたと思います。

伝記映画としてもかなり異質と書きましたけど、これだけ素晴らしい脚本を見せられてしまうとこれこそ伝記映画としてあるべき姿な気がしてくる。偉人の人生をダラダラ描く過去の伝記映画が物足りなくなっちゃいます。まさにダニー・ボイル×アーロン・ソーキンの現実歪曲フィールドの術中にハマってしまったということでしょうか。

伝記映画自体をスティーブ・ジョブズ的にリデザインした画期的な作品でした。

個人的にはこれからのアーロン・ソーキンの活躍が楽しみです。