64 ロクヨン 前編
映画『64 ロクヨン 前編/後編』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:64 ロクヨン 前編/後編
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年5月7日・2016年6月11日
監督:瀬々敬久

【個人的評価】
 星 4/10 ★★★★

あらすじ

わずか1週間の昭和64年に発生した少女誘拐殺人事件・通称「ロクヨン」。事件は未解決のまま14年の時が流れ、平成14年、時効が目前に迫っていた。かつて刑事部の刑事としてロクヨンの捜査にもあたった三上義信は、現在は警務部の広報官として働き、記者クラブとの確執や、刑事部と警務部の対立などに神経をすり減らす日々を送っていたが…。

ネタバレなし感想

邦画の前後編戦略はどこまで続く…

アメリカの映画界では「ユニバース」戦略が流行していますが、アメリカより資金が潤沢ではない日本の映画界では代わりに流行っているのは「前後編」戦略です。まず前編が公開されて、それから1か月後くらいに後編が公開される…この「前後編」戦略については、いろいろ個人的には思うことありますが、とりあえずビジネス的には成功しているのか、ここ数年ずっと見られますし、今後も見られるのでしょう。

そんな前後編の映画に選ばれるのは大抵もともと人気のある原作ありの作品です。若者に人気の「漫画」とかは定番。そしてもうひとつよくあるのが「ミステリー」です。

2016年に前後編で公開された本作『64 ロクヨン』は、一見すればじゅうぶん前後編になりうるだけの要素を兼ね備えた作品だったと思います。

原作は、業界なら誰しもが認める人気ミステリー小説家の“横山秀夫”。横山秀夫小説は、2004年には『半落ち』(佐々部清監督)、2006年には『出口のない海』(佐々部清監督)、2008年には『クライマーズ・ハイ』(原田眞人監督)、2012年には『臨場 劇場版』(橋本一監督)と、次々と映画化もされており、実績も抜群。『半落ち』と『クライマーズ・ハイ』の2作は、日本アカデミー賞で作品賞として高く評価もされているし、言うことなし。おそらく映画企画も通しやすかったのかな…。

そして最新作「64(ロクヨン)」は、活動休止していた横山秀夫の久しぶりの作品で国内評価も上々どころか、英国推理作家協会賞(CWA賞)翻訳部門(インターナショナル・ダガー賞)の第1次候補に選ばれるなど、海外でも称賛の声多数。

そりゃあ、映画になりますよ。前後編にしたくなるのもわかります。

ただ、本作の場合はなかなか“個性的”な前後編だった気もして、評価が難しい…。

というのも、映画を前後編で企画制作するときは必ず前後編にする理由がいると思います。単に原作が長いからという理由で2つに分けるのは浅はかです(本来それを1作にまとめるのが作り手の腕の見せどころ)。前後に分けた方が効果的だというなら皆、納得、文句もなし。そして、ミステリーの場合、前後編に分ける理由付けがしやすいものです。つまり、「謎や事件の発生」パートと「解決」パートに分ければいいのですから。2015年に公開された『ソロモンの偽証』の前後編なんてまさにそれでした。

ところが本作『64 ロクヨン』の前後編は、ミステリーなのにその鉄板を外しているのですよね。

そんな私の、本作の感想と前後編への所感は、後編へ続く…。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

お前は生きている価値なし!

はい、後編。

観ればわかるとおり、本作は前編で「謎や事件の発生」パート、後半で「解決」パート…という構成にはなっていません。いや、厳密にはそうなっているのですけど、あまりに大きすぎるノイズがあるんですよね。

そうなってしまう原因は、前編でも後編でも、主題となる事件と直接は関係ない、主人公の三上が属する広報室と記者クラブに代表されるマスメディアの対立が描かれるからです。

前編なんかずっとこの広報室vs記者クラブの舌戦が繰り広げられて、しかも前編終わり際にやっと物語が進む新たな事件が起こります。正直、この新たな誘拐事件発生から映画を始めてもいいじゃないかと思うくらいです。

しかも、このマスメディアの描き方が超極端。もう、憎悪の塊です。TV局主導で制作されている邦画ではまず見られないだろう、マスメディアの人たちが徹底的に「嫌な奴」視されてます。とくに後編の会見のシーンなんかは、質疑応答というか“恫喝”と言ったほうが正確な“ヤクザみたいな記者たち”が凄い凄い。気を失った会見担当に「お前は生きている価値なし!」なんていう、人の命がかかっている事件を扱う場でそんな発言はないだろうという暴言さえ吐き捨てるくらい倫理観ゼロです。

でもこれは、横山秀夫作品なら必須要素なのでしょうがないとして受け止めるしかないかな…。元記者である横山秀夫は独自のマスメディア感があって、結構、記者たちをオブラートに包むことなしで描くのにためらいない人なんですね。ただ、本作は前後編で時間が倍になったせいで、過去作以上に強烈だったという…。

だから、多くの本作を観た観客が「前後編にする意味を感じられない」と思うのも無理がない。本編の事件を進めてよ…ってなります。ある程度業界の事情に精通している人は、この記者バトルにもノれるのかもしれないですけど、大半は置いてけぼりを食らうと思います。

私もこの部分はもう少し配慮があってもいいのではと。例えば、本作は映画企画の際に原作の横山秀夫から監督に「記者だけは疎かに描かないでほしい。記者一人ひとりの人格が見えるように描いてくれ」という注文があったそうです。じゃあ、実際の完成した映画では記者の人格が見えたでしょうか。私には、喚いているだけの猿山のサルにしか見えなかったです…。唯一、記者の人柄が見えるのは、飲み屋でのシーンくらいでしょうか。もっと記者側の掘り下げが欲しかったですね。

64 ロクヨン

本作のベストアクター

また、個人的には記者以上に主人公の三上義信にノれなかったのが残念でした。

なんというか、この主人公の物語への関わり方は“受け身すぎる”というか、“事件が勝手に解決している感じ”がして…。

前編で記者クラブの人たちを説得するシーンも、「オレがこんなに頑張っているのだから、お前らも頑張れよ!」論法で、1ミリも納得いかないし、最終的にロクヨン事件をダシにして同情を買うようなやり方はどうかと…。後編での犯人との対峙も結局殴り合いですから全然スマートでもないんですよね。

一応、劇中で三上自身が自己批判的な言葉を少しながら言及しているのが救いかもしれません

なんか不満多めになってしまいましたが、良かった点ももちろんあります

それは役者陣です。

本作で日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を受賞した“佐藤浩市”は、私が主人公にノれなかったせいか、あまり演技も響いてこなかったのですけど。個人的な本作のベストアクターは、新たな少女誘拐事件の被害者であり、ロクヨン事件の犯人でもある目崎正人を演じた“緒形直人”。複雑な本心を見せない非常に難しい役柄ながら、表情や佇まいだけでも見事に演じていたと思います。それと対比する、ロクヨン事件の遺族の雨宮芳男を演じた“永瀬正敏”もさすがの演技力。この二人の演技合戦がぶつかる瞬間を見たかったなぁ…。

ちなみにロクヨン事件の捜査に関わり、事件後に依願退職して以降は自宅に引きこもっていた日吉浩一郎を演じた“窪田正孝”も、面影が全くなくて凄かったですね。まあ、でも、さすがに14年間も部屋に引きこもったとしてもあんな髪も髭も仙人みたいにボーボーな姿にはならないでしょうに…髪くらい普通にきれるよ…。

感想はこんな感じで。結論としては「横山秀夫作品は前後編には向かない」ですかね(えっ)。やはり前後編に向いているかどうかは原作の評価や人気度だけじゃなく、中身まで精査して判断しないとダメなのかな。「映画史に残る傑作の誕生」と恥ずかしげもなく堂々と宣伝していましたが、前後編のビジネス戦略を考えるうえで映画史に残るくらいはあると思います。

きっと小説の方が面白いのだろうなぁ…。読もうかな…。


(C)2016 映画「64」製作委員会