22年目の告白 私が殺人犯です
映画『22年目の告白 私が殺人犯です』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:22年目の告白 私が殺人犯です 
製作国:日本 
製作年:2017年 
日本公開日:2017年6月10日 
監督:入江悠 

【個人的評価】
 星 5/10 ★★★★★

あらすじ

1995年、ある連続殺人事件が日本中を震撼させた。警察は、犯人を逮捕寸前にまで追い詰めるが、犯人の罠によって警察官も殺され、事件は未解決のまま時効を迎えてしまう。そして事件から22年後、犯人を名乗る男・曾根崎が執筆した殺人手記「私が殺人犯です」が出版され、世間は騒然となる。

ネタバレなし感想

藤原竜也&韓国映画の融合

日本の映画界において、俳優“藤原竜也”は、サスペンスものでミステリアスな主役級キャラクターを任せられる定石となっています。天才と異常は紙一重だとは言いますが、天才と異常の境界線上をゆらつく演技を見せることができる俳優は、きっと今の日本では彼だけなのでしょう。主演作の『デスノート』『カイジ 人生逆転ゲーム』『藁の楯 わらのたて』『映画 ST赤と白の捜査ファイル』『僕だけがいない街』などを観ていると、「ジャンル“藤原竜也サスペンス”」と言えるぐらい、一定のクセがあり、確かな魅力です。

そんな「ジャンル“藤原竜也サスペンス”」の最新作が本作『22年目の告白 私が殺人犯です』

今回、“藤原竜也”が演じるのは、時効後に殺人事件の全容を書き記した書籍を出版し、大々的にメディアに登場した、謎の自称・殺人犯。これ以上ないくらい“藤原竜也”らしいトリックスターな役であり、暴れっぷりに期待できるのは間違いないでしょう。

そして、本作にはもうひとつの大きな特徴があります。それは韓国映画のリメイクだということ。

本作の原作といえるオリジナルは、日本では2013年に公開された韓国映画『殺人の告白』という作品で、基本的な設定はほぼ同じ。元映画の方は、別の韓国映画『殺人の追憶』の題材にもなった華城連続殺人事件から着想されており、もちろん舞台は韓国です。この映画、ストーリーについて言及するとネタバレになるので控えますが、エンタメ系クライム・サスペンスの究極のような作品。ストーリーのトリックはもちろん、ド派手でケレン味のあるアクションでもぐいぐい引き込むタイプで、「なんじゃそりゃ!」と思わず言ってしまうほどの怒涛の展開が止まらない。非常に韓国映画らしい作品です。

↑日本版と比較しても楽しめる。

そんな韓国映画をどう日本に置き換えるのか…。韓国公開の2012年の時点でそれを観た日本のプロデューサー陣がすぐさまリメイク企画に乗り気になったそうですが、なかなか勢いだけではどうにもなりません。

でも、大きな心配はないでしょう。警察監修指導、報道番組監修、法律監修、犯罪心理監修を揃えていることからも、徹底的にリアリティにこだわっていますし、“入江悠”監督もケレン味のあるストーリーテリングは得意なところ。そして、なにより“藤原竜也”の起用。彼のクセのある演技は苦手な人もいますが、今回ばかりは韓国映画のリメイクということで、クセのある韓国映画エッセンスを代弁できる役者として適役です。全体的にしっかり日本化して原作を超えたいという強い思いをビシビシと感じます。

個人的にはこれを機に、韓国映画に興味を持つ人が増えたらいいなと思います。観ない人は全然観たことがないはずですから。今年もお嬢さん哭声 コクソンなど評価の高い韓国映画が公開されていますので、本作を観た後はぜひ韓国映画もご覧になってはどうでしょうか。






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

元の韓国版は実はバカ映画?

私は元の韓国映画『殺人の告白』を観たうえでリメイクである日本版の本作を観ました。たぶんこの順番で観た人と、いきなり本作を観た人とでは、感想が全然違うでしょうね。
出だしからこんなことを言うのもあれなんですが、私は“どんでん返し”のある犯罪映画の中でも「私が本当の犯人なんだよ!」とドヤ顔するよう人物が出てくるタイプの作品があまり好きではありません。じゃあ、そんな私が本作の元である韓国映画『殺人の告白』を観たら、当然、面白くないという感想になりそうですが、それが意外なほど楽しめたんですね。

その理由は、元の韓国映画『殺人の告白』は「誰が犯人か?」というミステリーの核心になりうる部分が割りとおざなりというか、盛大にぶん投げているくらいの映画なのです。それはもう普通にミステリーとして期待して観たら怒るレベルです。その代わり、これでもかと投入されるのは“やりすぎ”アクションと過剰演出の数々。あんまり書くとネタバレになるので断片的に言及すると、蛇プール、カーチェイスの上でチェイス、とかとかそんな感じです。

元の映画は「時効」という非常に論争的な司法の問題を扱う社会派映画にもなりえたのに、そこに全く落ち着かないこのアホさが魅力でした。

だから、日本版の本作を観て、「こんなのトリック自体が突拍子もなさすぎる」とか、「演出が過剰だ」などと不満を抱く人がいたら、ぜひ元の韓国映画も観てほしいです。ポカーンですよ。

22年目の告白 私が殺人犯です

日本版だからこその魅力

個人的には私は元の韓国映画『殺人の告白』の方が、リメイクである日本版の本作よりも好みです。でも、本作もなかなか工夫されたリメイクで、決して劣化版ではない、独自の魅力があって楽しめました
日本でリメイクするうえで最大の課題は「時効」の問題です。劇中でも説明されているように今の日本は時効がないですから。本作はそこを上手く整理して物語に落とし込んでいます。さらに冒頭の実際の出来事と本作の事件の捜査の過程が矢継ぎ早に映像に映っていく演出など、原作の韓国で起きた事件というのを、ちゃんと日本で起きた事件として実在感を持たせていたり、製作陣は企画段階で相当考えているのがよくわかります。元の韓国映画からして司法の問題を論争する気はなく、日本版の本作もあまり説教臭くないので良いのですが、本作の場合はラストで刑法39条(心神喪失及び心神耗弱だと刑が軽減される)という今なお残る別の司法問題をさりげなく投げかける追加アレンジも上手いです。

元の韓国映画にあった過剰アクションがごっそり削られているのは仕方がないですけど…。でも、独自の過剰演出はちゃんとあるのは良かったですね。序盤のロープで首が絞まってドカーンとか(別に首絞めはいらないだろうに…)、曾根崎は実は自殺未遂した小野寺拓巳が整形した姿だったとか(整形したら藤原竜也の顔になれるのが逆に大事件だ…)。この過剰演出も、元の韓国映画を見ていたら目くじらたてるほどではない気持ちで許せます。

それでいて、日本版でしかできない工夫があって、それが最初に前述した「ジャンル“藤原竜也サスペンス”」を逆手に取ったキャスティング。“藤原竜也”というだけで一般の観客層は「知能犯」を連想しますから、この起用の時点で騙せたも同然。そこにいかにも熱血な刑事がぴったりな“伊藤英明”とくれば、もうね。観客が持つ俳優の先入観を巧みに駆使した実に日本だからこそのサスペンスでした。ここまで日本向けになってたら逆に海外の人は楽しくないかもしれない…。

最近は、漫画や小説の映画化ばかりですから、こうやって海外の映画を日本アレンジするのが増えると新鮮でいいなと思います。

(C)2017 映画「22年目の告白 私が殺人犯です」製作委員会