神様メール
原題:Le tout nouveau testament
製作国:ベルギー・フランス・ルクセンブルク
製作年:2015年
日本公開日:2016年5月27日
監督:ジャコ・バン・ドルマル

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 
あらすじ

ブリュッセルの街に家族と一緒に暮らしている「神様」は、自分の部屋のパソコンで世界や人間を管理していた。そんな父に憤慨した10歳の娘エアは、父のパソコンを使って世界中の人々に死期を知らせるメールを送信し、家を出てしまう…。

神はダメ親父だった

無宗教だと言われがちな日本人。ですが、それでも受験に合格するためにお守りを手に入れたり、安全祈願をしたり、選択に迷ったら「どちらにしようかな神様のいうとおり」と唱えてみたり、何かと神様に頼る機会は多いのではないでしょうか。

でも神様って一体なにもの?

そんな疑問にブラックユーモアで答えてくれるのがこの映画『神様メール』です。

映画の冒頭、こんな言葉から始まります。
「神は存在する。ブリュッセルに住んでいる」
そう、この映画では神様はなぜかブリュッセルの街に家族で暮らしています。家を出ることはありません。パソコンのキーボードをカタカタうって、世界を創っています。まるで街や世界を創るゲームの「マインクラフト」や「シムシティ」みたいです。当然というか、聖書にあるとおり最初に世界(街)を創ります。次に動物を放ちます。でも、しっくりきません。そこで人間を創り出します。

そして特筆すべきは、本作の超重要人物であるこの世界を支配する神様がとにかく強烈なキャラクターであること。ただのダメ親父なのです。タバコをふかし、酒を飲み、娘を虐待する…家にこもって憂さ晴らしで人間を苦しめるために、事故や災害を起こしたり、困らせる法則をつくりまくります。もう良いところがひとつもありません。

そんな神(おやじ)に嫌気をさした娘エアが行動を起こしたことで世界が大変なことになるというのが本作の始まりとなります。

ダメ親父な神以外にも、登場人物はみな個性が豊かで、印象に強烈に残る人ばかり。映像も奇想天外です。例えば、熟女がゴリラと寝ます

この突拍子もない世界観を創り出したのはジャコ・バン・ドルマル監督。ひさびさの長編映画です。本作にもカメオ出演していますが、一瞬で退場するのでわからないかも…。

内容が内容だけに熱心なキリスト教に怒られるんじゃないかとも思いますが、そこは上手くできており、不快な感じはしません。別に宗教に関心がなくとも笑えるユーモアと、そうくるかと驚くような映像は見ていて飽きることなく、絵も可愛らしいので、万人におすすめできる作品です。

人生に迷っている人は、何か元気をもらえると思います。



 

↓ここからネタバレが含まれます↓



聖書よりもキャラが面白い

本作の登場人物はみなユニークで愛嬌があり飽きません。

家出した神の娘エアは、使途として目を付けた人間を導いているように見えますが、けっこうテキトー。人間界の常識がわからないゆえに、会話もほとんど噛み合ってません。まあ、でもなんか可愛いのでそれでいいのでしょう。
Le tout nouveau testament
文字も書けず読めもしないエアに代わって新しい聖書を書き綴る大役を任されたのがたまたま出くわしたホームレスのヴィクトール。なんだかんだで頑張って仕事をこなそうとしているのが、これまた可愛い。新しい新約聖書は売れたみたいですが、中身は文字も無く絵のみで、結局文章は書けなかったというオチも和みます。個人的に嬉しかったのは、なぜかヴィクトールは、エアの兄はJC(イエス・キリスト)だと聞くと「ジャン=クロード・ヴァン・ダム」かと答えたり、神(おやじ)に対してブルース・リーのマネで対抗しようとしたり、映画ネタをはさめてくるところ。

そして、世界の中心にたつ存在であり、本作では完全にギャグキャラ扱いの神(おやじ)。序盤はエアに暴力を振るうなど胸糞悪い奴でしたが、家出したエアを追いかけて以降は、踏んだり蹴ったりのひどい目に遭うので、観ているこちらはスッキリします。このへんのギャグのノリはスラップスティックコメディ的であり、ドリフっぽくありました。神(おやじ)が登場する場面では、必ずマヌケな音楽が流れ、これだけで笑いをさそいます。

忘れてはいけないのが、エアの母。彼女が新たな神になるとは予想外でした。女神になる過程も、相変わらずユーモアたっぷりですが、ちゃんとロジックがあるのが素晴らしい。エアの母にちなんでエンドクレジットが刺繍なのもよいです。

使徒たちはみな個性豊かで、とくに使徒たちそれぞれの映像の見せ方が面白いです。手ダンスとか、鳥とか、ゴリラとか、必ず何かしらユニークな映像を見せてくれ、次は何が来るのかと楽しみになります。ちなみに撮影時、ゴリラは等身大の着ぐるみで再現されており、マルティーヌを演じたカトリーヌ・ドヌーヴは本当にゴリラとベットインした光景をつくったわけで、長年の女優人生でもなかなかない経験だったでしょう。

ただの一般人もとても魅力的に描かれています。エアが神(おやじ)のパソコンをいじったことで、世界中の人間に自分が死ぬまであとどれくらい時間があるかを通知してしまった事件は「デス・リーク」と呼ばれ、人間界で大騒動を起こしました。この「デス・リーク」に対する人々の反応が面白いです。今までどおり生きる人、最期までにやりたいことを始める人、死から逃れようとするもやっぱり死ぬ人、不平等に嘆く人、寿命世界記録だと喜ぶ奴、寿命があるので確かめるためにわざと死のうとする奴(このケビンは劇中たびたび登場し笑わせてくれます。エンドクレジットの最後にも登場するので見逃さないように)。自分だったらどうするか考えさせられますが、私は仕事を辞めて好きなことをするかな…。

神がいなくとも「隣人を愛しなさい」

本作はひたすら神(おやじ)の残念な姿が描かれます。聖書は実際矛盾も多く、ツッコもうと思えばいくらでもツッコめる内容です。そこをあえてブラックユーモアを交えて描くアイディアは他にないものです。本作は冒頭から「これはコメディです!」という雰囲気を全面に出しているので、観ている側も見やすく、怒るのもバカバカしいだけです。

それに本作は神を否定しているわけでもないと思います。

「デス・リーク」以降、世界には神が存在しなくなります。そのとき、人間を救っているのは人間でした。使徒たちは他者によって救われます。最後にウィリーを海に連れていってあげるために奮闘する使徒たちといい、劇中では他者のための行動する人々が描かれています。キリストの言葉「隣人を愛しなさい」はあいつが勝手に考えたデマカセだと言っていた神(おやじ)ですが、人間はしっかりその考えを実行していたわけです。

そんな人間にご褒美を与えるかのような女神の粋な計らいによって生まれた新しい世界でも、愛が溢れていました。こういう神様なら嬉しいよねと誰もが思える展開だからこそ、シニカルな作品で終わらない本作の魅力が光ります。

皆さんもパソコンの調子が悪いとき、そして人生に困ったときは、落ち着いて電源を入れ直してみましょう。でも、コンセントをいきなり抜くのは危ないですよ。