海よりもまだ深く
原題:海よりもまだ深く
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年5月21日
監督:是枝裕和

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★★
 
あらすじ

15年前に文学賞を一度受賞したものの、その後は売れず、現在は探偵事務所で働いている中年男性・良多。別れた妻・響子への未練を引きずりながら、作家として成功する夢をまだ追いかけていた。ある日、団地で一人暮らしをしている母・淑子の家に集まった良多と響子と11歳の息子・真悟は、台風で帰れなくなり、ひと晩を共に過ごすことになる。

みんながなりたかった大人になれるわけじゃない

2013年公開の『そして父になる』は第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で審査員賞を受賞、2015年公開の『海街diary』は第39回日本アカデミー賞で優秀作品賞を受賞…今やすっかり名実ともに日本を代表する映画人となった是枝裕和監督。

そんな是枝裕和監督が『海街diary』の撮影の合間に約1か月半で撮ったというこの『海よりもまだ深く』は、是枝裕和監督らしさがギュッと凝縮されたとても温かい映画となっています。

阿部寛、真木よう子、樹木希林、リリー・フランキー、橋爪功といったこれまでの是枝裕和監督作品に出演した、いわば是枝ファミリーが結集しつつ、小林聡美や池松壮亮などの新しい風が新鮮です。大人のなかで唯一の子どもである主人公の息子・真悟は、作品のテーマにとってもとても大切な存在ですが、そこは子役の見せ方が圧倒的に上手い是枝裕和監督。こんなに魅力的に見せてくれるのだから是枝裕和監督作品に出れた子役は幸せでしょう。

本作のテーマは「みんながなりたかった大人になれるわけじゃない」。

誰しもが自分に当てはめてしまうようなテーマであり、場合によってはかなり深刻で、もの悲しいストーリーになりかねないのですが、安心してください。登場人物はあまり笑ってないのに、なぜか見ている観客はつい笑ってしまう映画です。テーマのわりには気楽に見れると思います。でも、ときどき心に染みてきて泣きたくなるのですが…。

とにかく登場人物の人間味のある掛け合いが面白い。とくに主人公の冴えない中年男性・良多を演じる阿部寛とその母を演じる樹木希林の、“会話”というか二人を囲む“空気感”が絶妙です。決してギャグではない、普通の光景なのですが、そこが良いんですよね。

是枝裕和監督作品の共通点ですが、観客が登場人物の一団のなかに加わって傍観しているような気分にさせられます。始めてみる映画なのに「知ってる」。舞台の団地のあの部屋で私も普通に暮らしてたんじゃないか…そんな感じです。

ド派手な大作やドラマチックな感動作もいいですが、地味だけど身近な本作を見て、映画が心に染みるという体験をしてみるのもいかがでしょうか。





↓ここからネタバレが含まれます↓




なりたいものになれたとしても…

本作に登場する大人たちは皆「なりたかった大人」になれなかった人です。そのなかでも主人公の良多はひときわダメな大人として描かれています。

しかし、よく考えると良多は「なりたかった大人」になれなかった人というわけでは厳密にはありません。彼は小説家として賞をとったくらいですし、息子と妻の幸せな家庭も手に入れていたのです。世の中には、賞をとれずに小説家になることなく終わる人もいるし、結婚したくとも相手が見つからない人だっています。良多は恵まれていないわけではないのです。

要するに良多は「なりたかった大人になれたけど続かなかった人」です。

「理想を叶えること」と「理想を維持すること」は別の難しさがあります。「理想を叶えること」には運でどうにかなるときもありますが、「理想を維持すること」には運では太刀打ちできません。

良多はこの「理想を叶えること」と「理想を維持すること」の違いが未だに理解できていない大人です。だからこそ、ギャンブルで一発当てれば何とかなると思ってしまいます。理想を維持するスキルがない良多は、おそろく宝くじを当てて1億円手に入ってもすぐ破産してしまうのでしょうね。

良多の周囲の人間は、それぞれ独自の考えでこの問題に向き合っています。良多の元妻・響子も理想を叶えることも維持することもできていないのですが、とにかく前に進めば変わるはずと考えていました。どれが正解というわけではないその人の人生です。
海よりもまだ深く1
この映画が巧みなのは、「なりたかったものになれたけど続かなかった」のが人だけではないということです。

この映画のメインの舞台となる「団地」もまたそうです。また、終盤の台風の夜、家族3人が身を寄せ合う「公園の遊具」もそうでしょう。家族の住みどころであった「団地」は高齢者の死に場所になってしまい、子どもの遊び場であった「公園の遊具」は危険物として使われなくなる…。

どんな人でも物でもいずれは「続かなくなる」。悲しいけど確かな現実がこの映画では描かれていました。この映画で描かれている風景もいつかは完全に消えるのかなと思うとせつない気持ちになります。

私たちがこの映画を見て笑うのは、続かなくなる現実を笑って乗り越えるしかないと内心で理解しているからではないでしょうか。

劇中終盤、良多の父が良多の書いた本を残したように、良多は息子に宝くじを残します。自分が続かなくとも誰かに託すことはできる…それがこの映画が示すささやかな救いでした。

そう考えると、この映画も今の時代の日本の団地風景を未来に残す映画になると思えてきて余計に大切な一作だと思えてきます。