手紙は憶えている
原題:Remember
製作国:カナダ・ドイツ
製作年:2015年
日本公開日:2016年10月28日
監督:アトム・エゴヤン

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

最愛の妻の死も記憶から薄れるほど、認知症が進行している90歳のゼブ。ある日、ゼブは友人から1通の手紙を託される。そこで聞かされたのは、ゼブと友人はナチスの兵士に大切な家族を殺されたアウシュビッツ収容所の生存者だったということ、そして身分を偽って今も逃げ生きている一人のナチスに関する情報だった…。

斬新なホロコースト映画

高齢化大国である日本。認知症高齢者の総数は2012年の時点で全国に約462万人と推計されており、2025年には700万人を突破するという計算もあります。

本作は、そんな日本だからこそ無視できない映画になるはずです。

殺し屋の活躍を描くジャンル映画(最近だと『ジェイソン・ボーン』や『ジャック・リーチャー NEVER GO BACK』)がありますが、たいていは若い人、よくて中年です。ところが本作『手紙は憶えている』は、90歳です。加えて重度の認知症で、自分や周囲が何者かも忘れてしまうような健康状態。さらにはサポート役や殺すターゲットまでもが高齢者ですから、もう「オール高齢化」。

そんなので面白いの?と思われるのも無理ない本作。確かにアクションシーンは全くないし、話も非常にスローです。ギャグとかもなし。『BFG ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』のようにお爺ちゃんに萌える映画ではないのは言うまでもない。でもちゃんと面白くしてるから凄い。

まず高齢者である意味が明確にあります。単なるネタとして面白いから…ではありません。

高齢者だらけの意味…それは本作の主題がホロコーストだから。あのアウシュヴィッツ解放が1945年、本作の製作年は2015年ですから、ちょうど70年なんですね。本作は現代にかろうじて生き残るホロコースト関係者を描いた一作なのです。

当時のホロコーストの凄惨さを今話題のVRのように体験させる映画『サウルの息子』がありましたが、現代のホロコーストの苦悩を引きずる人々をこうやって描くというのはなかなかユニークです。


本作は最後にびっくりするオチが待ってる系の映画です。前半は「なんだかなぁ」とノレない感じが若干あったんですが、そのオチをみれば「ああ、そういうことか」となりました。観る前にネタバレは絶対目にしないほうがいいのは間違いないです。

まあ、びっくりするオチが待ってるっていう話がすでにネタバレなのか…。忘れてください。憶えないで!





↓ここからネタバレが含まれます↓




記憶の風化こそが凶器

『ジェイソン・ボーン』が記憶喪失を映画製作者の都合いいように利用した映画なら、本作『手紙は憶えている』は記憶喪失を巧みに活用した実に上手い映画といえるのではないでしょうか。

やっぱりこれは脚本をつとめた“ベンジャミン・オーガスト”という人の功績でしょう。これが映画脚本初経験…それでこのクオリティ、凄いです。

私がこの映画のあらすじを知ったとき、ふと頭に浮かんだ2つの懸念事項といえば、「高齢者をボケていることをいいことに殺し屋にしていいのか」、「高齢化したナチスの人を今さら『悪』と描いていいのか?」でした。でも観ればわかるとおり、この2つの問いはセットになることで解消されます。主人公・ゼブ自身こそがナチスだった…つまり、最初から殺し屋だったし、そのことを忘れてしまったという罪もある…という答えになります。

しかも、本作はその高齢化したナチスの今を実に多面的に見せることに成功しています。ルディ・コランダーことクインベルト・ストームと、ゼブことオットー・ワリッシュの高齢化した2人。コランダーは過去を忘れようとしており、ワリッシュは本当に忘れてしまっていた。そして、当時コックとして働いていたナチス信奉者の父を持ち、ユダヤ人差別に染まっているある男。高齢化した2人には苦悩がありますが、ナチスの言動を他所から見ていた側や時代を知らない世代の側のほうにはそうした複雑な感情を持ち合わせていない。まさに今のナチスをめぐる人々の考え方の縮図です
手紙は憶えている
また、本作はホロコーストの被害者であるマックスにさえも、皮肉な描き方をしています。復讐心がすっぽりないまま殺人にひた走るゼブの行動は、アウシュヴィッツであの残酷行為をしていた人そのものなんですよね。ようはマックスは、もう一度ゼブにアウシュヴィッツでの行為をさせているわけで、ある意味ヒトラーと同じです

ツッコミどころはもちろんあります。いくら高齢者だから油断していたとはいえ、上手くいきすぎですし、さすが転倒して保護されてからまた殺しの旅を再開するのは出来過ぎだと思いました。そもそも、これだけ重度の認知症の高齢者独りにこの旅は無理だろうという話でしたが。でも、ストーリーテリングが上手いのでそこまで気にならなかったです。

あえて好みを挙げるなら、最後のゼブの自殺はあっさりな結末であれかな…。個人的には、完全に人格まで消し飛ぶくらい認知症が末期になってしまうという救いのない展開でも良かったんですけど。

原題の「Remember」もそうですが、邦題の「手紙は憶えている」も秀逸なタイトルです。まさに最後は記録物しか憶えていない…。

日本も太平洋戦争経験者は高齢化が進み、本人の意思と関係なく記憶が消えていき、そして続々とこの世を去っていっています。そんな彼ら彼女らには善悪では語りきれない人生がある…すごく当たり前のことを思い出させてくれる映画でした。