怒り
原題:怒り
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年9月17日
監督:李相日

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★
 
あらすじ

東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。犯人は現場に「怒」という血文字を残し、どこかへ逃亡した。それから1年後、千葉では漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、東京では大手企業に勤める優馬が街で直人という青年と知り合い、沖縄では転校してきた女子高生・泉が無人島で田中という男と遭遇していた…。

誰を疑い、誰を信じるのか

『フラガール』(2006年)で国内の賞を次々獲得した李相日監督。2010年に吉田修一原作の小説『悪人』を映画化し、それ以来すっかり仲良くなったのか、二人が6年の歳月ののち再びタッグを組みました。


『悪人』は、凶悪事件の加害者とその加害者の人生に引き込まれてしまった人たちの群像劇です。本作『怒り』もその基本は同じ。違いは3つの地域で3人の加害者に似た男(誰が犯人かはわからない)が登場する3つのエピソードが織りなすミステリーということ。そういう意味では、『悪人』3本分のボリュームであり、群像劇としても規模もスケールアップしています。

一方で、通常のミステリーとは毛色が違う要素として、単純な「Whodunit(犯人は誰かを解明することを重視したミステリー)」でもないということも挙げられます。原作小説は新聞連載ですが『怒り』を連載中は殺人事件の犯人を決めずに書き進めていったそうで、つまり序盤から伏線をいくつも忍ばせて犯人を推測させるよくあるミステリーではありません。どちらかといえばもっと人間的なドラマ、具体的には「犯人を疑う側」の感情に主軸をおいています。ミステリー好きでも、新鮮な感覚で楽しめるでしょう。


人間的なドラマといえば、李相日監督は俳優陣の演技力を極限まで引き出し、ドラマを創り出すのが得意な人。『悪人』でも、日本アカデミー賞で主演男優賞・主演女優賞・助演男優賞・助演女優賞と役者関係の賞を総なめにしていました。本作では今の日本映画界トップクラスの俳優たちを揃えた贅沢な布陣で、これだけでもじゅうぶんすぎるほど。個人的には映画宣伝ポスターに顔が載っていない、とある俳優が印象に残りました。

悲痛なシーンばかりですが、豪華な役者陣と重厚なドラマは見ごたえがあります。





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これだけで1本の映画を撮っていたら…

『悪人』3本分のボリュームということもあり、『悪人』でみられた良い部分も3倍、悪い部分も3倍になっていた印象でした。

まず、良い部分としてやはり映像は重厚で魅入られます。ドローン撮影でしょうか、冒頭の夜の住宅地、沖縄の海の全景などこれだけで非常にリッチな感じがします。謎の3人男の光と闇を表現するかのような、光と影の演出もキマっていました。坂本龍一の壮大な音楽も相まって、監督いわく「全部クライマックス」というだけあり、扇情的な映像と演出の連続にお腹いっぱいです。

役者陣は「性」の方向で体を張った綾野剛と広瀬すずは誰もが称賛するでしょう。私は、沖縄編に登場した少年・知念辰哉を演じた佐久本宝を評価したいです。最初は島を案内するだけのモブなのかと思ってましたが、まさかの重要なキャラクターで驚きました。まさに新たな「怒り」の代弁者となる知念辰哉を熱演した佐久本宝は、1200人が参加した一般オーディションで選ばれた沖縄出身の撮影当時16歳。新人ながらベテラン俳優勢に囲まれつつ、最後は狂気演技の森山未來と対峙する…とにかく難しい役柄だったと思います。新人賞をあげたい。

若手の新人の演技力もここまで引き出せる李相日監督の手腕は素直に凄いです。

一方、悪いと感じた部分は、重厚な映像と演出の連発のせいでキャラや場面描写がどれも極端になりがちな点。良い人は極端に良くみえ、悪い人は極端に悪くなる…ときにステレオタイプ的にもみえます。

「全部クライマックス」演出も、個々のエピソードを重厚にする効果はありますが、3つのエピソードを噛み合わせるうえでは機能していない気も…。

例えば、泉が米兵にレイプされる例のシーン。悲痛で目をそむけたくなる残酷な場面ですが、あそこまでじっくり描くべきだったのかなとも思います。本来、本作の主軸は冒頭の八王子夫婦殺人事件のはずですが、あそこまでレイプ事件をじっくり描くと、観客の印象が完全にレイプ事件に上書きされます。観客が八王子夫婦殺人事件のことを忘れてしまうと、本作の3つのエピソードをつなぐ唯一の接点が消えてしまい、観客にとって「沖縄」以外の2つの物語がどうしても二の次になりかねません。やっぱり沖縄のエピソードは泉ではなく辰哉が主役ですよね。それだったら、辰哉が田中を刺すシーンこそ八王子夫婦殺人事件と対比させるようにじっくり残酷に描いてもよかったのでは?とも感じました。せっかくの広瀬すずもレイプされ損な気がしてきて、2重の意味で可哀想でした。

片方をたてれればもう片方がたたない…まさに群像劇の難しさですが。

正直、本作の個々のエピソードで1本づつ映画をつくるほうがすっきりして面白くなったんじゃないかと思ってしまうほどです。
怒り
3つのエピソードのなかで個人的に好きなのはやはり「東京」編。派手なのは最初のパーティシーンくらいで、あとは落ち着いたシーンばかり。登場人物が叫ぶとか、凝った空撮とかの扇情的な映像や演出は少なめ。それでいて、本作の主軸とはあんまり関係ない男同士の濃厚なセックスはあそこまでねっとり描くという謎(謎といえば直人はなぜゲイの集まる場所にいたのだろうか)。妻夫木聡と綾野剛は実際に自主的にしばらく一緒に暮らし、『ブロークバック・マウンテン』(2005年)も観て演技に活かしたそうで、二人のあの雰囲気はかなり良かったです。

これだけで1本の映画を撮っていたら…名作だったかもしれない。