君の名は。
原題:君の名は。
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年8月26日
監督:新海誠

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★
 
あらすじ

山深い田舎町に暮らす女子高生の宮水三葉は、自分が東京の男子高校生になった夢を見る。一方、東京で暮らす男子高校生の立花瀧も、行ったこともない山奥の町で自分が女子高生になっている夢を見ていた。空には1000年ぶりに地球に接近した彗星が輝いていた…。

新海誠の「結び」の力

スタジオジブリの宮崎駿の引退宣言以降、マスメディアは「ポスト宮崎駿は誰か」とたびたび話題にします。でも、個人的には「ポスト宮崎駿」という言葉は好きではないです。宮崎駿監督は確かに映画史に残る偉大なお人ですが、彼と同じ立ち位置になることがクリエーターや業界にとってプラスになるとは限らないんじゃないかと。なんでもかんでも宮崎駿と比較されるのは邪魔なだけだろうと。

しかし、私のこの心配ごとは余計なお世話だったようです。

次世代を担う日本のアニメ映画界の人たちは今想像以上に羽ばたいています。『時をかける少女』で頭角を現した細田守監督が繰り出す作品は今やファミリームービーとして市民権を確立しましたし、『新世紀エヴァンゲリオン』で燃焼した庵野秀明監督はまさかの実写『シン・ゴジラ』で新生しました。個々の持ち味を活かして固有のクリエイティブ性を爆発させている今の状況、日本のアニメ映画界の多様性がこんなにも増すなんて想像していませんでした。

そんななか、このたび後発として登場したのが新海誠監督。

新海誠監督の絵的な特徴としては光演出による美麗な風景描写が挙げられますが、作品のテーマはデビュー作から最新作まで男女の心の距離を描くことに一貫しています。惑星間の物理的な距離、遠距離恋愛、生と死、職業、年齢、都市と田舎…題材は違えどテーマは全く同じ。ワンパターンといっていいくらい愚直です。

それでも他者に流されることなく、ここまで徹底して同一のことを描き続けるのは逆に凄いと思います。これはやっぱり新海誠監督に独立精神があったからこそでしょう。

ほぼ独りで完成させた『ほしのこえ』(2002年)という短編デビュー作から注目を集め、業界内では高い評価を受けてきた新海誠監督ですが、初期作は粗も多く人を選ぶ内容であったのも事実。また、キャラクターとかストーリーは結構こてこてのステレオタイプで、描き方の幅が狭い面もありました。しかし、作品を重ねるたびに質がブラッシュアップされていきます。その過程はまさに独りからチームへと成長していく流れそのもの。自身の苦手とする部分は優れたチームメンバーで補う…まさに「結び」の力です。

そして新海誠監督が初の製作委員会方式を採用した最新作『君の名は。』では、集大成を迎えました。すでに大ヒットしており、今年の興収トップ10には入るのは確実な勢い。もう一般への認知もじゅうぶんすぎるほどで、とくに現代の若者の心をグッと掴みました。今後も愛され続ける作品になったでしょう。

改めておすすめするまでもないのですが、今後の日本のアニメ映画界を担うひとりの誕生ですから、映画史的にも観ておくべき一品だと思います。

残念なのは、せっかく美麗な映像と音楽でエモーショナルに響く作品なのですから、大画面&大音響のIMAXで観たかったですね…。


↑映画を観て『君の名は。』にハマった人は小説もおすすめです。





↓ここからネタバレが含まれます↓




少年少女の青春と見せかけて…

私の本作の感想は一言でいうなら「『インデペンデンス・デイ』みたいな作品」です(『リサージェンス』じゃない、初期のほうですよ)。理由としては、映像と物語の勢いでエモーショナルに魅せつつ、細かい点や実は重要なキーの部分はわりとおざなりなところが似ているなと。

監督いわく『君の名は。』制作のきっかけとなったは、2014年2月に公開された「通信教育・Z会」のCM作品『クロスロード』。


実際、この短い映像で採られている技術や表現をそのまま長編にしたようなものが『君の名は。』でした。

本作は長編といっても複数の短編をつなぎあわせたつくりといっていいでしょう。以下のような典型的な三幕構成となっています。

①入れ替わりに気付いていく日常を描くドタバタコメディ
②三葉の暮らす町の場所を探し出す葛藤を描くミステリー
③町の人を避難させるための奮闘を描くサスペンス


①・②・③のあとに男女の心の距離が変化するシーンが挿入され、各パートをつなげています。

なので誰が見ても非常に理解しやすいプロットになっており、本作が大衆受けする大きな主因といえます。また「RADWIMPS」による音楽もティーン世代にとって親しみやすさをプラスしています。


なんだかんだいっても新海誠監督の真骨頂、美麗な映像と音楽によるエモーショナルな演出の訴求力はやはり素晴らしいと思います。

とくに序盤(上記の①のパート)、入れ替わり系SFの随一のお楽しみポイントである「入れ替わりに気づきドタバタ劇が展開される場面」は文句なしに楽しかったです。冒頭、いきなり三葉の体になった瀧の目覚めから始まり、徐々に異変に気づき、それぞれがスマホのメモや日記でコミュニケーションをとって影響し合う展開は、見せ方含め上手い。下手にシリアスにせず、コメディに徹したことも功を奏しています。このテンポのよさは本作の最大の長所であり、クセになります。
君の名は。
そして、入れ替わり系SFだと思ったら、実は三葉は3年前の人だったというタイムリープ系でもあったという展開の変移もスムーズでした。都会と田舎を強調してブラフを張ることで、このカラクリを上手く隠せていると思いました。どうして本人たちはすぐ気づかないんだという指摘もできますが、そこは入れ替わり時に記憶が混濁して良く覚えていないとか、いくらでも説明付きますし。

あと、これは余談ですが、過去作を見ていると、絶対、新海誠監督は「年上女性が好み」なんだろうな…と思うわけです。というのも過去作では年上女性との恋?みたいな描かれ方が多いのです。ただそれが一般客には「えっ」となりかねない無理な話になっていたりもしました。『言の葉の庭』(2013年)では高校生と女性教師との関係がどうしても唐突に見えましたし、『星を追う子ども』(2011年)では少女が急に大人のお姉さんに変身しますからね。でも、今作ではタイムリープをカモフラージュすることで、主人公・少年が“ずれた時間軸では同世代の女子である”年上女性に好意を抱く展開を違和感なく見せられています。新海誠監督、頭使ったなと思いました(そこなのか)。

助かってほしいという想い

物語のピークである瀧と三葉が奇跡的に出会う「クレーター」への持っていき方は上手かった。演技面ばかり注目されるでしょうが、背景が意味深い。雲がかかっていて彗星落下痕があるかわからない…どちらの未来に転ぶかわからない感じがよくでています。こういう場面がこのタイプのSFでグッとくるところですね。

個人的に見ていてグサッとくるのは、放送ジャックで避難を呼びかけるも上手くいかない場面です。逃げてといっても逃げてくれない無力感…東日本大震災で散々見た場面を否応にも思い出して辛くなります。

監督も東日本大震災から感じた要素を映画に入れたと言っていますが、そういう意味では本作は恋愛映画でも青春映画でもなく、ただ助かってほしいという想いを描いただけなのかもしれません。

爆破するのも、胸を揉むのも…

とまあ、全体的には好評価としたいところですが、おざなりなところもあるわけです。とくに後半(上記の②や③のパート)に進むにつれ粗が目立ちます。

このシーンいるかな?と思う点もありました。

まず、三葉の住む町を瀧とお伴二人が探すパート。あの風景画があれば、特徴的な湖が映っているのだし、インターネットでも使えばすぐに見つかると思うのですが。ネットで発見して、いてもたってもいられず駆けつけるという流れで良かった気もします。ちなみに、同じく入れ替わり系SFで同時期に公開された『セルフレス 覚醒した記憶』という映画では、主人公が入れ替わった体の本来の主の居所を、2つくらいの単語からネットのキーワード検索だけで特定するという離れ業をやってのけています。さすがにこちらはできすぎですけど。

やっぱり過剰演出としかいえない場面が終盤の作戦シーン。ハッキング校内放送や発電所爆破は結果的にも全然必要なかったと思います。無理にサスペンス展開を用意した感じがしてわざとらしさを感じる。生きるか死ぬかなのになんか軽いノリで作戦を立てていて終盤後半の雰囲気に水を差しています。それに友人に犯罪歴という汚点を残しただけであり、結構大問題。爆破の実行犯の三葉の男友達は完全に少年院ですから、エピローグであんな幸せな光景になれないのでは?

そして、エピローグ。引っ張り過ぎに感じました。町の住人は助かりましたとメディアや瀧のナレーションでオチを見せたのも残念。素直に三葉と再会するだけで個人的にはじゅうぶんだったです。それで全てが観客には伝わるのですから。

雑だと思ったら意外にそうでもないかもと思ったシーンもあって、例えば、瀧と三葉が「クレーター」で“対面する”感動的シーン。「すきだ」だと手のひらに書くくらいなら名前も書けよと思ってしまったのですが…深読みするなら、瀧は名前を書いてたけど不思議パワーで名前部分だけ消えたと解釈できなくもない(スマホのメモは消えてたし)。しかも、“名前は消えても想いは残る”みたいな良い演出に思える。そういうことにしよう。

あとはあれです。胸…揉みすぎです。なにか伏線になればいいんですが(大人になって再会したとき胸を揉んで本人確認する展開とかは当然いらないけど)。これも監督のセンスだとして飲み込むしかないか…。

四葉のコメディアンっぷりは良かったです。

RADWIMPSの音楽にはノれない父親

本作最大の欠点。

それは扇情的な音楽と美麗な映像による勢いある演出では通用しない“大人”の人間ドラマはてんで苦手な新海誠監督の弱点は本作でも変わらず、ということ。

とりわけ、三葉とその父の確執と和解という物語の核心的収束に関わる部分はまさにそれでした。さすがに「RADWIMPS」の音楽に合わせて三葉と父が心通わせ合っていたら変ですからね。それは新海誠監督も承知なのか、今回その点はばっさりカットしていました。ゆえに散々引っ張っておきながらかなり強引な幕引きになっています。

“大人”を描けない問題は新海誠監督の過去作でも目立ち気味で、例えば『言の葉の庭』の主人公の少年と対になる女性教師。この作品では、音楽と映像の勢い演出を大人にも適用したため、女性教師が妙に子どもっぽくみえました。『君の名は。』でも奥寺先輩が子どもっぽい描かれ方でしたが、まあこれは新海誠監督の「子どもっぽい仕草を見せる年上女性が好き」という性癖も多分に含まれるのでしょうけど…。とにかくやっぱり新海誠監督の得意演出は思春期の少年少女にのみ使えるワザな気がします。

本作では三葉と父の関係問題は横に置き、「名前が思い出せない」というエモい問題ばかりクローズアップしていて、それが事態の解決と関係ないのがイライラします。

三葉とその父の確執と和解の部分はもっとちゃんと描けたはずです。例を挙げるなら、序盤の入れ替わりドタバタ劇の際、三葉は瀧のために奥寺先輩とのデートをセッティングしてあげるなど貢献しているのだから、瀧も何かすべきでした。三葉の胸を揉む暇があるなら、三葉の父との関係に影響を与える伏線をここで入れ込めたでしょう。友人キャラももっと効果的に使えたのではとも思います。なにより三葉の母も入れ替わりを経験しているみたいでしたが、その設定ももっと活かしてほしかった。例えば、瀧が体に乗り移っている三葉を父が見て、妻を思い出すとか…。

特に物語上の核心部分には、序盤で提示されていた「田舎か都市か」の選択問題が関わってくるべきでしょう。婿養子でありながら政治を選んで家を出た三葉の父や、都会に憧れる三葉、ずっとここで暮らすと切なげに言う三葉の男友達…彼らの感情の終着はどこにあるのか、ちゃんと答えてほしかった。

だからこそラストで全ての人間が都会にいるのも寂しいです。せめてワンカットでいいから、糸守町にもフォーカスしていれば。

まあ、こうした欠点も含めて、次の作品に大いに期待したくなる出来でした。絶対にさらなる進化した作品を観せてくれると信じてます。

本作の公開日が新生・新海誠の独立記念日となったことは間違いないでしょう。集大成を迎えたと同時に、新たなスタートラインに立った新海誠監督。今後も「結び」の力を大切に、成長していってほしいと思います。