レッドタートル
原題:La tortue rouge
製作国:フランス・日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年9月17日
監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 

あらすじ

嵐で荒れ狂う海に放り出され、九死に一生を得て無人島に漂着した男。男はイカダを作って島からの脱出を試みるが、不思議な力で何度も島に引き戻されてしまう。そんな絶望的な状況の中、男の前に大きな赤い亀が現れる…。

ジブリが作ったのではなく…

日本のアニメ映画界で天下をとっていたスタジオジブリは、2013年の宮崎駿監督引退宣言、2014年の『思い出のマーニー』公開、そしてアニメーション制作部門の解散と続き、ひっそり姿を消したかのように見えました。

しかし、スタジオジブリの消失はあっても、日本のアニメ映画界は衰退することなく、むしろ新鋭アニメが旺盛な新時代を迎えています。そんななかで、突如今年公開されたのが本作『レッドタートル ある島の物語』です。

この作品、「スタジオジブリ最新作」と銘打たれています。スタジオジブリはまだ映画作れるのかと誰しもが思ったところですが、本作はこれまでのようにスタジオジブリがアニメーションを制作した作品ではありません

そもそもスタジオジブリのアニメーターたちは解散しているため、アニメを描ける状況にはないです。

じゃあ、なにがスタジオジブリ?というと、スタジオジブリがプロデュースした作品なのです。

本作の監督はマイケル・デュドク・ドゥ・ビットというオランダ人。若い人ではなく、むしろベテランでディズニー作品『美女と野獣』(1991年)にも参加しているほどですが、本人自身ではずっと短編しか制作してこなかったアニメーターです。『岸辺のふたり』(2000年)という作品で、米アカデミー賞短編アニメーション賞に輝き、そして本作で初の長編作品となります。62歳で長編処女作というのも凄い経歴です。

そんな隠れた名匠アニメーターの長編制作のきっかけを作ったのが、スタジオジブリではすっかりおなじみのプロデューサー・鈴木敏夫。2006年、マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督に惚れこんだスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーが彼に長編映画の制作を提案。マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督を日本に呼びこんで、シナリオと絵コンテを練り始めます。初の長編作品制作で慣れないマイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督をサポートするために、アーティスティックプロデューサーとして参加したのが、『火垂るの墓』(1988年)や『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)の高畑勲。こうして約10年の歳月をかけて作られたそうです。

こういったスタジオジブリがプロデュースしてインディペンデント系のアニメーターを支援するのは初の試みだと思います。あくまでプロデュースなので、エンドクレジットを観ればわかるとおり、スタジオジブリからは数名しか参加していません。

だから「スタジオジブリ最新作」というのは厳密には違いますよね。あえて言うなら「スタジオジブリ初のプロデュース作」とすべき気がします。

この作品に対して「ジブリらしくない」という感想を言っても、それは当たり前です。スタジオジブリが作っているわけではないのですから。

ただ、あまりにも堂々と「スタジオジブリ作品」と掲げられているため、勘違いする人がいるのも仕方がない話です。宣伝のためとはいえ、誤解を招くのは誰も得はしないのでやめたほうがいいと思うのだけど…。

本作は、明らかに子供向けではないし、ましてや大人でさえ一般受けはしない作品です。ぞんざいな言い方になりますが、いわゆるエンタメ系のアニメではなく、完全にアート系な方向に振り切った絵作りとなっています。

この作品は一般に受けないでしょうが、私は評価したいです。日本の今のアニメ映画界は確かに多数の新鋭監督の登場によって盛り上がっていますけど、方向性は似たりよったりな気もします。食事に例えるなら、全体的にファミレスっぽい感じでしょうか。今年のアニメ映画で異質だったのは『この世界の片隅に』くらいです。そんななかで、本作のような作品をかつて日本のアニメ映画界を先導したスタジオジブリが引っ張り上げたのは意義のあることだと思います。

どうしても昨今の映画が語られるとき、興収などを挙げて商品として評価する傾向が多々見受けられますが、商業主義ではない、アニメの本質に迫った本作のような芸術的作品も大切にしていきたいものです。






↓ここからネタバレが含まれます↓




これがアニメーションだ。高畑勲の執念

本作を観て真っ先に思い出したのは『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』(2012年)という映画。この映画は同じ漂流モノで、しかも動物が物語の鍵となります。そして、ときに幻想的で、ときに超リアルな映像に物語を投影し、一見するとサバイバルなストーリーでありながら裏で神話的な概念が展開する、なんとも多層構造な作品でした。そっくりです。


『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』は3DCGによって背景や動物たちが徹底的に作り込まれており、これはこれで凄いのでぜひ観てほしいのですが、本作『レッドタートル ある島の物語』も負けず劣らず凄まじい映像でした。

手描きの絵でここまで描けるのかと信じられないほどの、絵の圧倒的な密度に目が奪われます。超繊細な背景はそれ自体が生きているようだし、あまりに滑らかに動くキャラクターのモーションはリアルを通り越してちょっと気持ち悪いくらいな気がするほど。

本作のユーモア担当みたいになっている砂浜を歩き回るカニや、波にのまれて消えていく赤ちゃんカメの集団など、小動物のちょこまかした動きが個人的に好きです。

また、赤い亀を持ち上げようとするときの亀がダラーンとなる重力表現というか、あの重そうな感じが凄い。日常の何気ない動作がアニメで描かれていると感動しますが、本作にはそれがてんこ盛りで観ているだけで楽しめました。

レッドタートル

マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督は過去に手がけた短編でもかなりひいた絵が特徴で、広い背景のなかでぽつんと存在しながらリアルに動き回る登場人物を描いてきました。その作家性が、今回の漂流モノとも上手くマッチしています。

ただ、マイケル・デュドク・ドゥ・ビット監督の才能ももちろんあるのですが、本作がここまでの究極のリアリズムを実現できたのはやはりアーティスティックプロデューサーとして参加したという高畑勲の功績も大きいでしょう。『かぐや姫の物語』(2013年)でもわかるとおり、絵の動きに対する執念は宮崎駿監督以上の人です。高畑勲は、絵の動きのためなら、他の要素を排除することにためらいがなく、過去作でも大胆な絵作りに挑戦してきました。本作でもそれがいかんなく発揮されています。


アニメーションの「animate」は「生命を吹き込む」という意味ですが、本作はまさしく動きだけで命があるように魅せます。セリフがなくても、キャラの個性がなくても、主題歌がなくても、いい。最小限の物語と、最大級の動きさえあれば。それが伝わる一作です。本作はすでに第69回カンヌ国際映画祭のある視点部門で特別賞を受賞していますが、今後も各賞でノミネート・受賞はしていくでしょう。

しかも、高畑勲はプロデュースの実力もあって、そもそも宮崎駿をここまで見出したのは彼でした。

まさにマイケル・デュドク・ドゥ・ビットと高畑勲、この組み合わせの最強っぷりが証明された形です。まあ、また完成するのに時間がかかってしまいましたが…(『かぐや姫の物語』も公開までにものすごい年月を費やしてます)。

スタジオジブリは、アニメーション制作部門の解散で手持ち無沙汰になったのかと思いましたが、こういう世界の片隅でくすぶっている才能を引っ張って支援する活動は、これからもどんどんしてほしいと思います。

それにしてもアニメ業界はこんな才能ある人でも短編作っているだけだったりするのかと思うと、なんというかもったいない世界ですね。