マイケル・ムーアの世界侵略のススメ
原題:Where to Invade Next
製作国:アメリカ
製作年:2015年
日本公開日:2016年5月27日
監督:マイケル・ムーア

【個人的評価】
 星 6/10 ★★★★★★
 
あらすじ

度重なる侵略戦争が良い結果にならなかったというアメリカ国防総省幹部からの切実な悩みを持ちかけられたドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーア。そこでムーアは、自身が「侵略者」となって、世界各国から「あるモノ」を略奪するためヨーロッパに出撃する。

隣の芝生はものすごく青い

『ボウリング・フォー・コロンバイン』(2002年)や『華氏911』(2004年)など世界一の巨大国家アメリカの裏の実態を暴き出し、バッサバッサと切り込んでいくドキュメンタリー映画を次々と製作することで一躍有名になったマイケル・ムーア監督。最近もアメリカ大統領選大詰めの今月になって共和党候補ドナルド・トランプを題材にした『マイケル・ムーア イン トランプランド(Michael Moore in TrumpLand)』を電撃発表&公開したばかりです。


そのマイケル・ムーア監督が2015年に製作し、日本では今年公開された新しいドキュメンタリー映画が本作『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』。“あらすじ”を読むだけでは「何を言っているんだ」ですが、要はアメリカにはないヨーロッパ各国の良いところを紹介して、アメリカに持ち込もうという趣旨の作品です。

議題は教育・仕事・食事・医療・犯罪・金融・歴史認識・ジェンダーと多岐にわたります。注意したいのは、本作で新たなに浮かび上がるアメリカの実態は基本的にありません。アメリカの事情を詳しく知りたい人はそれぞれを個別に扱った他映画を観るほうがいいです。

なので、ちょっとこれまでのマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画とはスタイルが違います。おそらくもう散々アメリカのダメな部分を見せまくってきたので、じゃあどうすれば良くなるのかを考えようと視点を変えてみた感じでしょうか。

「隣の芝生は青い」という言葉がありますが、他者に優れた点があるなら参考にしようという発想は自然な流れです。ところが、劇中でも言及がありますが、アメリカ人は自分たちこそが世界一だと自惚れているのか、他国を参考にしたがりません。だからこそ、この映画には価値があるわけです。アメリカ人の知らないヨーロッパの世界に、「隣の芝生は青い」どころか「良すぎだろ!」と思わずマイケル・ムーア監督も絶句と笑いが起きます。

本作は当然ながらアメリカ人に向けた作品です。しかし、私たち日本人にもグサグサ突き刺さる内容になってます。また、アメリカ人(プラス日本人も)にはびっくりするようなヨーロッパ各国の実態をテンポよくみせてくれ、とても観やすいドキュメンタリーでもあります。なので、ドキュメンタリー映画初心者にもおすすめです。

日本はアメリカの同盟国だし、この侵略には付いていっても問題なしですよね。





↓ここからネタバレが含まれます↓




侵略しがいのある国々

ヨーロッパ各国の“先進事例”が次々と“侵略”されていく本作。

メモがてらにサラッと箇条書きにしておくと…

イタリア
  • 毎年30~35日の有給休暇があり、結婚すればさらに15日追加され、もちろん産休もある。しかも、有給は翌年に繰り越せるから有給日数は凄いことに!
フランス
  • 学校の給食では子どもの健康が第一に考えられ、食事マナーも指導。
  • 性教育ではセックスを楽しいものとして教える。禁欲なんて言語道断。
フィンランド
  • 宿題はとても少ない。家ではたっぷり遊ぶ。実際に授業時間を減らすことで学力が伸び、教育No1の国になった。
  • 全国統一テストもない。じゃあ、どの学校がいいかどうやって決める? そんなの近隣の学校が一番。なぜならどの学校も教育の質は同じ、学校を選ぶ必要なんてない。
スロベニア
  • どの学生も学費の借金なんてない。大学が学費をとろうとしたときは、学生が一致団結してデモ、実際に諦めてみせた。
ドイツ
  • 自国の負の歴史について子どもにしっかり教え込む。
ポルトガル
  • ドラッグを違法にするのを止めた。その代わり医療をタダにして治療を受けやすくすることで、ドラッグ使用率が下がった。
ノルウェー
  • 刑務所は犯罪者を閉じ込める場所でも、復讐するための場所でもない。社会復帰のための場所。なので、家が与えられ、自分で鍵を持ち、普通の暮らしをする。再犯率20%、殺人発生率は世界最小。
チェニジア
  • 女性の権利を憲法に規定、政府出資で中絶のサービスを提供。
アイスランド
  • 金融危機の原因は「男性型経営」にあると考え、女性をトップに起用。女性と男性のそれぞれの良さを駆使し、経済を復活させた。もちろん、金融危機を招いた関係者は処罰。
こういう外国の意外な実態を紹介することは、日本ではテレビ番組とかであります。ただそれとは違うのは、これらの実態をときにユーモアたっぷりに、ときにシリアスなトーンで突撃的に紹介していく手腕です。

マイケル・ムーア監督らしい毒っ気も随所にみられます。

例えば、マイケル・ムーア監督がフランスの子どもたちにコーラを勧めるくだりとか。完全にドラッグをおすすめする変質者みたいになっているのが笑えます。ノルウェーの開放的刑務所に暮らす囚人の背後に刃物があるのを気にするのも面白かった。まさに子ども相手だろうが、囚人相手だろうが情け容赦なしです。
マイケル・ムーアの世界侵略のススメ
各国の登場人物からときおり名言(迷言)が飛び出すのもいい。イタリア女性経営者に「なんで休みばかりで生産性が落ちないの?」と聞いた時の「休みもとってセックスもするからでしょう。牛と同じよ」の答えは実にイタリアらしいです。

あと、各国の事例のいくつかはアメリカを参考にしたと言っていたり、アメリカに住みたいなんて思っている人もいました。ヨーロッパ各国の人もアメリカの実情はあまり知らないというのも皮肉なものです。

でも、アメリカ国防総省幹部からの依頼で侵略するという設定が最終的にうやむやなのはいただけない。最後、報告くらいしてほしかったです。それこそ、アメリカの実際の政治家や関係者にヨーロッパの事例を導入しないですか?と突撃するくらい、マイケル・ムーア監督ならできるでしょうに。

ところで日本は?

当然、本作の内容に反論はあるでしょう。これだけみるとヨーロッパ各国は夢のような理想郷にみえますが、良いところだけではないのは言うまでもありません。また、ここで紹介されたことはその国すべての常識とも限らず、一例だったりします。

しかし、それは意図された狙いあってのことなわけで、私は許容範囲です。前述したとおり、世界一を自称し他者に関心のないアメリカ人に「違うんだぞ」とハンマーで殴る目的のためなら、こういう見せ方も良しではないでしょうか。それに「ヨーロッパ各国=先進国、アメリカ=後進国」というような型にハメることはしていなかったので気になりませんでした。

それにしても…それにしてもです。

われら日本はアメリカと違って「欧米を参考にする」という文句がお決まりなくらい、他者に関心を持っている国です。敗戦国としての劣等感がそうさせるのか、他者を尊重する和の心ゆえなのかわかりませんけど。

ところがですよ。本作で紹介されたヨーロッパの事例が日本に全然導入されていないのはどうゆうことなのでしょうか?「欧米を参考にする」って何だったの…。まさかアメリカを参考にしてたのか…。

図らずも日本とアメリカの嫌な共通点が見えてしまいました。