原題:The Hateful Eight
製作国:アメリカ
製作年:2015年
日本公開日:2016年2月27日
監督:クエンティン・タランティーノ

【個人的評価】
 星 8/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

猛吹雪から逃げるために疾走する1台の駅馬車が行きついたのは小さな山小屋の紳士洋品店。そこに集ったのは職業や境遇もバラバラな8人の男女だった。全員が嘘をついているような怪しさが充満する密室で、一触即発の雰囲気がしだいに漂い出す。そして、ついに銃声が鳴り響く。

最高の映画体験は日本ではおあずけ

「『君の名は。』が興収200億円突破が確実視」なんてニュースを耳にすると、映画は商業的な売り物なんだなとあらためて実感してしまいます。日本は青春アニメですが、アメリカはアメコミが同じような立ち位置です。エンターテイメント系映画が大衆にバカ売れしている事実は確かだし、映画業界がそれで稼げるのならいいのですけど。映画好きとしてはちょっと虚しい気もしなくもない今日この頃。

そんな商業主義の潮流に一石を投じているのがクエンティン・タランティーノです。映画監督というよりは「シネフィル」というべき誰よりも映画を愛しているクエンティン・タランティーノ監督が最新作で創り上げたのは「商品」ではなく「映画」でした。

本作『ヘイトフル・エイト』は、まず、撮影が「Ultra Panavision 70」という比率が2.76:1の超横長サイズ。「Ultra Panavision 70」は約50年ぶりの復活であり、フィルム上映のために引退した技術者をこのためだけに呼び戻す。さらにはロードショー方式の昔ながらのリッチな上映スタイルを実現する徹底ぶり。まさに「映画」を作ってます。

これらは売り上げには何もつながらない、むしろコストが余計にかかるだけであり、映画に興味がない人から見れば自己満足と思われかねない。でも、タランティーノ監督の「私は映画を作るんだ!」という映画愛が伝わる人には伝わっているはず。こういう人がいたからこそ、今の商業映画が成り立っているんですよね。

ちなみに今年12月に公開の『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』でも「Ultra Panavision 70」が採用されているとのことで、『ヘイトフル・エイト』が復活させたこの流れは商業映画にも波及していくこともありうるかもしれません。

ところが、タランティーノ監督がせっかく用意してくれた極上の映画体験を日本では味わえないという残念すぎる現状が…。日本は普通のデジタル上映でしかも編集されて約20分ほどカットされたバージョンが公開。仕方がないのかもしれないですけど、でも悲しい…。

ということは、日本では本作の一番の魅力を宣伝できないのです。そのせいか、日本での本作は密室ミステリーと一言で宣伝されています。

元北部の騎兵隊の賞金稼ぎ“マーキス・ウォーレン”、
首吊りにこだわる賞金稼ぎ“ジョン・ルース”、
狂った言動をとる女囚人“デイジー・ドメルグ”、
元南部の略奪団の一員で新任保安官を名乗る“クリス・マニックス”、
店番をしていると言う謎のメキシコ人“ボブ”、
絞首刑執行人の“オズワルド・モブレー”、
無口なカウボーイの“ジョー・ゲージ”、
過去に黒人を虐殺した南部の元将軍“サンディ・スミザーズ”
…確かにこの一筋縄ではいかない8人が繰り広げる密室劇です。

でも、注意点というか、あんまり密室ミステリーとして考えないほうがいいと思います。一般的にミステリーというとアッと驚くトリックを期待する人も多いでしょうから。本作は雑でないですけどトリック的仕掛けがメインではなく、それよりも人間同士の会話劇による駆け引きと一気に解き放たれる暴力といういつものタランティーノ節が魅力です。だからタランティーノ監督作品をよく知らない人は、ミステリー風の重厚な西部劇と考えたほうがよいです。

この重厚さが日本では諸事情で欠けているのが問題ですが、それに目をつぶっても最近では見られないリッチな映画なので、エンタメ商業映画ばかりでなくたまにはこういうのもいかがですか?





↓ここからネタバレが含まれます↓




正しい復讐を推奨します

冒頭から超ワイドな映像とエンニオ・モリコーネの音楽が不気味に合わさりながら、じっくりねっとり丁寧に物語が始まっていくこの感じ。タランティーノ節が全開です。

全6章からなる本作。第4章「ドメルグには秘密がある」まで物語は大きく動き出しません。しかし、序盤の第1章から実は心理合戦は動いていました。2回観るとそれがよくわかるので複数回観賞がおすすめです。

キャラクターも非常に魅力的で、サミュエル・L・ジャクソン演じるマーキス・ウォーレンのビジュアルのカッコよさだけでも最高なのですが、個人的にはジェニファー・ジェイソン・リーが演じたデイジー・ドメルグがツボ。私の中では今年一番の悪役キャラです。『スーサイド・スクワッド』のハーレイ・クインよりも断然こっちですね。七転八倒っぷりがたまらなくいい。顔面を肘打ちされ、馬車から殴り落とされ、シチューを顔にぶっかけられ…でもめげない。ときおり見せる愛嬌と食べ物はしっかり食べるという出来の悪い犬みたいなやつでした。アカデミー賞で助演女優賞にノミネートされてましたけど主演でもいいくらいです。ジェニファー・ジェイソン・リーは『アノマリサ』にも声優として出演していましたね。
ヘイトフル・エイト
本作は最近のタランティーノ監督作品とはちょっと変化をつけてきていました。 過去作でいえば『イングロリアス・バスターズ』(2009年)ではナチスどもを殺し、『ジャンゴ 繋がれざる者』(2012年)では差別主義の白人野郎を殺す。映画という嘘(フィクション)の力でありえない復讐を華麗に実現するのが大きな魅力で、そのカタルシスが観客の心を掴みました。


ところが、本作は復讐だらけなんですが、観客の感情移入の余地はないです。わかりやすいカッコよさがあるマーキス・ウォーレンでさえ、嘘か本当かは不明ですがあんなドン引きな行為を自慢されたら、観客も素直に彼の味方はできません。

タランティーノ監督はたぶん過去作を観て「復讐サイコー!」と有頂天になった我々観客に「いや、復讐ってそんな単純に良いものではないよ」ということを本作で言いたかったように感じました。その背景にはおそらく、移民や宗教などヘイト(憎しみ)をぶつけまくる排他的敵対心が蔓延しつつある社会の増大への危惧もあったんじゃないでしょうか。

それに対して本作では結構わかりやすいメッセージがあったように思います。オズワルド・モブレーが劇中で言うとおり、「偏見のままになされる正義は正義になり得ない」し、リンカーンの手紙が嘘でも最後は救いになったように、 嘘(フィクション)の力は薬にも毒にもなるということなのでしょう。

そう考えるとデイジー・ドメルグの七転八倒にも意味がある気がします。ドメルグはどんなにヘイトをぶつけてもヘラヘラするばかり。そんなドメルグに最後には絞首刑を選ぶのは、正しい復讐の形というのがあるという証ともとれます。

ヘイトだらけの世の中を反映した見事な現代風刺西部劇でした。