ソーセージ・パーティー
映画『ソーセージ・パーティー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Sausage Party
製作国:アメリカ
製作年:2016年
日本公開日:2016年11月4日
監督:コンラッド・バーノン、グレッグ・ティアナン

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

郊外のスーパーマーケットで、「神」に選ばれ、カートに入れられて「外の世界」に行くことを夢見て毎日歌って待ち続ける食材たち。ソーセージのフランクは、恋人であるパンのブレンダと結ばれ、ホットドッグになる未来を信じていた。しかし、待っていたの残酷な運命だった…。

セス・ローゲン史上最悪に下品な作品

アメリカ映画界の「下品」専門のスーパーマーケットこと“セス・ローゲン”

下品というのはいつの時代も一定の需要があるものなのか、彼の経歴を見ると順調にキャリアアップしています。

『40歳の童貞男』(2005年)への出演で注目を集め、『スーパーバッド 童貞ウォーズ』(2007年)、『スモーキング・ハイ』(2008年)では製作総指揮や脚本も兼ねるようになり、『ディス・イズ・ジ・エンド 俺たちハリウッドスターの最凶最期の日』(2013年)で監督デビューを果たすまでに成長。


2014年に製作した『ザ・インタビュー』では北朝鮮の逆鱗を買いますが、セス・ローゲンの猛進は止まりません。

製作・原案・脚本・出演もした新作『ソーセージ・パーティー』は、セス・ローゲン史上最も下品な作品といっていいのではないでしょうか。

下品な映画だと日本では『テッド』(2012年)がまさかの大ヒットをしましたが、あれは日本ではセリフ表現が変わったり、シーンがカットされたりしていたので、下品レベルは抑えめでした。一方の本作『ソーセージ・パーティー』は、『テッド』の数百倍は下品です。ところが、アメリカで公開されると、意外というか批評的には高評価。「何が起こった?」という感じです。


私なりに思った本作の良さは2つ。

1つ目は徹底して下品を極めている点。映画の最初から最後まで全部下品のオンパレード。本作の下品さは語るのも馬鹿々々しい、というか詳細に書くとこのサイトが18禁という扱いになるので書けません。少なくとも「R15」ではありますが、中身はそれ以上の下品さです。ただ、他の無数の下品な映画と違い、本作は誰にも媚びてないのが潔いところ。『ザ・インタビュー』では、最後にアメリカに都合の良い決着となっていて残念に思ったのですが、本作は凄い。ありとあらゆる人々に喧嘩を売ってます。ここまでやるなら「もう、好きにしろ!」となります。映画終盤は「えぇ…」と善良な人ならドン引きして当然の世紀末状態。たぶん、セス・ローゲンがラリッたときに見た幻覚を映像化したんじゃないかと思うくらい。絶対、そうです。

これだけだとただのすごく下品な映画ですが、それでは終わっていないのが本作の面白さ。本作の良さの2つ目は世界観です。本作は食材が主人公のCGアニメ。人間の知らないところでモノに自我があって活動している…いわゆる『トイ・ストーリー』が開拓したジャンルです。それに加えて、ディズニーの新境地にして世界の映画評論家を唸らせた傑作『ズートピア』要素が合体しています。『ズートピア』が動物の世界に現実の私たちの世界を投影させた巧みな作りだったのと同様に、本作は、食材たちの世界を現実の私たちの世界とシンクロさせ、人種・宗教などの問題を描いているのです。でも、下品なんですが…。なんだろう、『ズートピア』が先に公開されていて良かった…。

このアホすぎる作品の企画にGOサインをだし、日本でさえも公開に踏み切ったソニー・ピクチャーズも、セス・ローゲンに負けず劣らず狂っていますよ。『ザ・インタビュー』で自社のサーバーがハッキングされ、さらには国際問題にまで発展したのに、全く反省していない。私はそのノリ、好きです。思えばソニー・ピクチャーズはコメディ映画に寛容というか、ちょっとオカシイ企画を通す印象がある気がする。最近も『メン・イン・ブラック』シリーズと『21ジャンプストリート』シリーズのクロスオーバー映画『MIB 23』の製作を進めていることが明らかになったばかりだし。大丈夫なんだろうか…。

本作を誰かと一緒に観る際は、観る相手をよく選ばないと後悔するということだけ言っておきます。






↓ここからネタバレが含まれます↓





良いことを言っている。しかし、下品だ

セス・ローゲンは映画を観る前から私たちに下ネタをふっかけてきます。それは本作のタイトルである「ソーセージ・パーティー」。日本の学校ではまず習わない「sausage party」という言葉、実は「男しかいないパーティ」を意味するスラングです。つまり、映画館でチケットを買うとき「『ソーセージ・パーティー』のチケットを1枚ください」と言うと、まるで「野郎だけのパーティに参加しにきたやつ」みたいに見えるという、羞恥プレイですね。幸いなことに英語に無知な私たち日本人はそこまで恥ずかしい思いをしなくていいのですが。

そんなので恥ずかしさを感じてはいられないほど、本編はぶっ飛んでいました。本作はキャラクターが食べ物だからということを言い訳に、人間相手ではできない下品演出、グロ演出、エロ演出を惜しげもなく連発してきます。正直、キャラクターや場面展開は「そうくるか」と観ていて新鮮だったというのは悔しいけど認めざるを得ない。

ただ、食材以外のモノもキャラ化するのは、世界観的にアリなのか?とも思わなくもないですが。とくに“ビデ”こと膣洗浄機のあいつは完全に下ネタのためだけの存在。別に敵キャラとして立ち塞がる必要性もそこまでないですし。ビデは存在があれなだけに何をしても下ネタになるのが、もうほんとどうしようもない。この作品の下らなさを体現するようなキャラでした。
ソーセージ・パーティー
いや、もちろん本作は社会派的なテーマを裏に内包しているとも言えます。「人種や宗教の立場を超えた融和」とか「他者の価値観をやみくもに批判するだけでは理解につながらない」とか。

しかしです。結局、下品で終わるんですよね…。

結果は大乱交パーティです。誰があそこまでやれといったのか…。ちなみにこの場面は食べ物なせいで逆に下品さが増してますよね。こんなのだから、この作品から社会派的なメッセージを見い出すのもアホらしくなる。そもそも本作は食べ物の大切さを謳っているように見えて、どこの誰よりもこの映画が食べ物を愚弄しているのですから。

これこそセス・ローゲンの確信犯的なわざとらしさといえます。

『トイ・ストーリー3』ではなかった

当初、本作を観る前、食材は食べられるために存在するという避けようのない真実をどう乗り越えるのか、脚本が気にはなっていました。映画を観ている間も「これ、どう終着させるんだ」と興味津々でした。本作は食材を扱ううえでのタブーに踏み込んでいるわけで、そういう意味では『トイ・ストーリー3』に似ているとも思ってました(過去形)。『トイ・ストーリー3』はおもちゃの避けられない宿命を描いており、オチも非常に巧みです。
ソーセージ・パーティー
ところが『ソーセージ・パーティー』は一線を越えるどころかぶち壊してきました。食材たちが人間を殺し、大乱交パーティーを開催し、そして衝撃の一言。

「この世界はアニメだったんだ!」

アニメか…じゃあ、仕方がないな…(ん?)。

ちゃんと諸悪の根源であるセス・ローゲン自身がスクリーンににこやかに笑いながら映るのも堂々としたものです。

いや、絶対にやってはいけない禁じ手をこうもあっさりとやるとは。これ、完全にアニメにも喧嘩売ってる感じです。『トイ・ストーリー3』と比較した私が馬鹿だった…。「アニメだからOK」で全てに言い訳するセス・ローゲン恐るべし。

観て何も得るものはなかったけど、清々しいのはなぜだろう。

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