ズートピア
原題:Zootopia
製作国:アメリカ
製作年:2016年
日本公開日:2016年4月23日
監督:バイロン・ハワード、リッチ・ムーア

【個人的評価】
 星 10/10 ★★★★★★★★★★
 
あらすじ

大きくて強い動物だけがなれる警察官に憧れていたウサギのジュディは警察学校を卒業し、警察官として希望に胸を膨らませて大都会ズートピアにやってくる。そしてみんなに認められようと、キツネの詐欺師ニックとともにカワウソの行方不明事件を追うことになるのだが…。

新生ディズニーの集大成

「信じて努力を続ければ夢は叶う」

これはディズニーがアニメを製作し始めた初期の頃から作品に込められた思いでした。こうした純粋なメッセージこそディズニーらしさであり、ディズニーから夢をもらった人も世界中にいると思います。しかし、多くの人は現実の社会ではその通りにいかないことを知っています。あれはあくまでフィクションの世界の話でしかないと…。夢見るヒロイン、正義をつらぬく男性主人公、徹頭徹尾な悪役…ディズニーアニメの世界観さえも時代錯誤になってしまいました。

そんなディズニーに転機が訪れます。2006年、ディズニーがピクサーを買収し、社内がそれまでの経営主導からクリエーター主導に変わったのです。ディズニーのクリエーター陣もディズニーアニメの在り方についていろいろと考えることがあったのでしょう。ピクサー買収以降のディズニー作品は、これまでのディズニーのテーマや世界観を改めて問い直すものでした。

  • 『プリンセスと魔法のキス』では、ディズニーヒロインの典型であるプリンセスを問い直しました。
  • 『塔の上のラプンツェル』では、人間的未熟さもある等身大の男性主人公を描きました。
  • 『シュガーラッシュ』では、これまでやられやくでしかなかった悪役の在り方を悪役自身に考えさせました。
  • 『アナと雪の女王』では、マイノリティとしての女性の生き方を物語にしました。
  • 『ベイマックス』では、ディズニーらしいヒーローを描くことに挑戦しました。

前置きが長くなってしまいましたが、本作『ズートピア』はそうした経緯を歩んできた新生ディズニーの集大成的作品であり、ディズニーが今の時代にこそ伝えようとするテーマや世界観が明確になったマイルストーンといえるでしょう。

本作はアメリカで公開されるやいなや世界観とストーリーが絶賛されました。脚本を絶賛されたアニメーション映画といえば、昨年公開されたピクサーの『インサイド・ヘッド』が挙げられます。第88回アカデミー賞で長編アニメーション賞を受賞したのは当然として、実写映画と並んで脚本賞にもノミネートされるほど、同業者や映画評論家からも高い評価を受けました。ピクサー作品は脚本が素晴らしいのは第1作『トイ・ストーリー』時代から言われていましたが、『ズートピア』の高評価によりディズニーもピクサーに負けていないことが示されたかたちになりました(ほんといいライバルになりましたね)。

それもそのはず『ズートピア』は関わっている人の数が凄いです。監督はバイロン・ハワード(『塔の上のラプンツェル』)、リッチ・ムーア(『シュガーラッシュ』)、ジャレッド・ブッシュ(共同監督)と3人います。そして、脚本にいたっては、『アナと雪の女王』監督のジェニファー・リーを含む計7人で執筆しているのです。まさに集大成です。

『インサイド・ヘッド』が少女の頭の中という非常にパーソナルな話だったのに対して、『ズートピア』は巨大な社会の中という非常にスケールの大きい話となっています。そんな『ズートピア』が描く社会は動物だけが暮らす動物の世界であり、その世界の中でもとくに理想郷とされている「ズートピア」と呼ばれる街が舞台となっています。

私は当初『ズートピア』というアニメ企画が最初に発表された時点の情報を聞いたとき、今思えば恥ずかしいですが「子供向け」に振り切った作品なのかなと思っていました(そういう方向性も充分ありだと思いますし…ピクサーの『アーロと少年』がそういう傾向に近いと思います)。しかし、実際に見て全く違うことに驚きました。子どもが見てももちろん楽しいですが、社会の現実を痛感している大人にこそ突き刺さる内容になっています。一見、子供向けに見える世界観も非常に練られたもの。例えば『ズートピア』に登場する動物は哺乳類のみ…これにもしっかりとした狙いがあるのです。

世界観とストーリーに脱帽すること間違いなしです。何よりも、国籍・人種・宗教・職業いろいろな立場の誰が見ても嫌な気持ちにならず共感さえできる作りというのはなかなか真似できるものではありません。

『アナと雪の女王』にはイマイチのれなかったという人も面白いと思います。社会の現実に向き合ったディズニーアニメーション、必見です。





↓ここからネタバレが含まれます↓




動物のリアル

本作の動物たちはリアルです。映像表現としてのリアルさはもちろんなのですが、生活している感がよくでています。あのごちゃごちゃした世界観を見ているだけで楽しいです。これは、例えば体格の大きい動物と小さい動物を無理にデフォルメして統一することなくそのままにしているように、誤魔化さないで描く作品の方向性が効いています。これまでのディスニー作品や他の動物作品では都合よくぼかしていることも多かったですから。

ギャグとして最高なのは、裸で過ごす趣味がある動物たち。動物が服を着ていることのほうが本来は変なのですが、動物たちが服を着るのが当たり前な「ズートピア」では彼らは逆に変わった存在扱いです。これはドナルドダックやくまのプーさんなど中途半端に裸だった過去の動物ディズニーキャラクターに対するあてつけにもなっている、良いブラックジョークでした。
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ディズニーが描く社会の醜さ

あこがれの警官になった主人公ウサギのジュディは希望に胸を膨らませて大都会「ズートピア」にやってきますが、そこで直面するのは社会の現実。ウサギだからという理由で重要な仕事を与えないスイギュウの署長ボゴはわかりやすいですが、それだけではありません。本作は社会の醜い面を動物の世界に置き換えることでマイルドに表現しつつも、しっかりと逃げずに描いています。例えば、キツネのニックがジュディを「にんじん」呼ばわりしますが、これは私たちの世界でいうところのniggerなど差別用語です。また、本人にその気はなくても偏見で相手を傷つけている場面がたくさんあります。警察署受付のヒョウのクロウハウザーはジュディに「可愛い」と言いますがこれだって侮蔑であり(白人に肌が白くて綺麗だねというようなもの)、ジュディは見た目ばかり見ないでと発言します。
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本作の良いところが主人公ジュディを一方的な悲劇のヒロインにしないという点。ジュディ自身も他者に対して偏見を持っているという現実を描くのです。ジュディは最初の初出勤時にニックを見かけて、明らかにキツネだからという理由だけで怪しみます(これは黒人ばかりが白人警官によって犯罪者扱いされるアメリカの警察事情を投影してます)。極めつけは、記者会見のセリフ。ジュディは肉食動物は“生物学的に”凶暴な傾向にもともとあるものだと悪気なく発言してしまいます。当然ながらこれはキツネのニックをはじめ多くの肉食動物たちの心を傷つけることになりました。ちなみに、実際、肉食動物は“生物学的に”凶暴な傾向にあるという事実はありません。草食動物でも気象の荒い動物はたくさんいます。

ここで上手いなと思うのが、本作冒頭の演劇。あれは「ズートピア」の世界観設定を説明する役割もありますが、実は私たち観客に草食動物は大人しく、肉食動物は凶暴という偏見を改めて強調させる演出になっており、見事な騙しのテクニックです

誰もが偏見を受けているし、他者への偏見も持っている。非常に平等な姿勢で社会を風刺した素晴らしいストーリーです。

ゆえに明確な悪役もいないのが本作の特徴です。ライオンハート市長が言う「目的は正しかったが、方法が間違っていた」の言葉に集約されます。偏見で肉食動物を傷つけたジュディも、詐欺をはたらくニックも、騒動の黒幕のベルウェザー副市長も、同じです。誰だって偏見に基づいて行動すれば悪役になるのです。

笑ってしまうのが、海賊版DVDを売っている動物。しかも、商品が過去のディズニー作品のパロディネタになってました。確かに悪いことだけれども海賊版DVDを売って生活している奴もいるという現実を、あの一時は著作権に鬼のように厳しいといわれたディズニーが作品内でギャグで描くとは…。ディズニー、ほんとに変わりましたね。

社会の現実のなかで夢を追うには

作中でボゴ署長はこんなような発言をします。

人生は歌って魔法のように夢が叶うミュージカルアニメじゃない。“ありのまま”だ

英語のセリフは以下のとおり。

Life isn't some cartoon musical where you sing a little song and all your insipid dreams magically come true. So let it go.
引用:IMDb

完全に過去のディズニー作品の自虐であり、ここまで言うかと驚きましたが、でも実際その通りなので何も言えないです。

ではどうすればいいのか? ジュディは夢をいったん諦めてしまいますが、自分の偏見を潔く認めて、もう一度やり直します。

ここで紹介したいのがウォルト・ディズニーの残したこんな言葉。

正直に自分の無知を認めることが大切だ。そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる

まさにそのとおりの行動をジュディはとります。本作では不思議な魔法や絶大な科学力、肩書に頼った権力で問題を解決しようとはしません。ジュディたちは地道な捜査の積み重ねで謎を追います。映画のジャンルとしては、警察バディムービーです。このジャンルは、魔法とか愛の力で都合よくハッピーエンドにしてきた今までのディズニーにはなかったもの。

ここまで丁寧に作り込んでくれれば、現実のなかで夢を追うには「自分を客観視して仲間を信頼する」ことが大切という現実的な結論をつまらないとはいえません。

そして、エンドクレジットのライブシーン。「歌」という共通のものを中心に、異なる動物たちが一緒に盛り上がるユートピア。過去のディズニー作品を全否定しない着地にもなっており、そこにさえ配慮がある。


自己批判を交ぜながら、社会を風刺しつつも、未来の展望を示す…評判どおり21世紀のディズニー最高傑作でした。