エクス・マキナ
原題:Ex Machina
製作国:イギリス
製作年:2015年
日本公開日:2016年6月11日
監督:アレックス・ガーランド

【個人的評価】
 星 7/10 ★★★★★★★
 
あらすじ

世界最大手の検索エンジンで知られるブルーブック社でプログラマーとして働くケイレブは、滅多に人前に姿を現さない社長のネイサンの別荘に滞在するチャンスを得る。人里離れた別荘を訪ねてみると、人工知能の実験に協力してほしいといわれ、エヴァと呼ばれる人型ロボットに会わされる…。

大作映画を超えたビジュアル

昨今のSFは大作ばかりが注目されがちです。日本でも「邦画史上最大の予算」を宣伝文句にした某SF映画が今年は公開されたりしました。しかし、低予算でもお金をかける部分を選抜し、工夫を重ねればオスカーも獲れることを証明したSF映画、それが『エクス・マキナ』です。

本作の製作予算は推定1500万ドル(16億円)。ハリウッドのSF大作と比べればはるかに低予算です(それでも邦画基準では大きい予算ですが…)。本作はそんな低予算であることを逆手にとり、無駄な要素を大胆に省き(主な舞台は一つ、主要人物は4人のみ)、洗練すべき部分は徹底的に洗練することで生まれたビジュアルが魅力となっています。ジャンルとしてはSFですが、派手なドンパチや豪快なCG演出が特徴のエンターテイメント系作品とは全く趣が違います。

結果、評価も上々で『マッドマックス 怒りのデス・ロード』、『スター・ウォーズ フォースの覚醒』、『オデッセイ』、『レヴェナント 蘇えりし者』の名だたる大作を差し置いて第88回アカデミー賞で視覚効果賞を受賞した、まさにダークホース枠となりました。

本作はAI(人工知能)をテーマにした作品となっています。このAIをめぐるサスペンススリラーがメインです。AIといえば今まで散々映画で扱われてきましたが、本作はそうした過去作を美しいビジュアルで再構成したような作品であり、すでに公開されたイギリスやアメリカでは一部ファンの間でカルト的人気となったようです。

おそらく本作のカルト的人気を集める魅力の大きな要素のひとつが、キーキャラクターであるエヴァというAIロボットでしょう。口数が少なく謎めいた雰囲気を漂わせる女性の姿をしたAIというのは、(とくに日本の漫画やアニメ作品では)割とよくあるのですが、非常に美しく描かれています。このエヴァを演じたのはスウェーデン出身の女優アリシア・ビカンダー(アリシア・ヴィキャンデルとも表記されたりもします)。彼女は『リリーのすべて』に出演し、第88回アカデミー賞で助演女優賞を受賞したほか、『コードネーム U.N.C.L.E.』ではヒロイン役に抜擢されるなど、今後大活躍間違いなしの女優となっています。

ちなみに『スター・ウォーズ フォースの覚醒』とは対極にある本作ですが、役者陣は重なる部分が目立ちます。主人公ケイレブを演じるドーナル・グリーソンは『スター・ウォーズ フォースの覚醒』ではハックス将軍、AIを開発したネイサンを演じるオスカー・アイザックは爽快なパイロットのポー・ダメロンとして登場していました。ただ二人とも『エクス・マキナ』ではキャラが全く違いますが…。

そこまで小難しい内容の作品ではなくビジュアルで魅了するタイプの作品なので、SF好きも普段あまりSFを見ない人も楽しめると思います。もしかしたらあなたも『エクス・マキナ』に魅入られたカルトにハマるかもしれません。





↓ここからネタバレが含まれます↓




AI映画の交差点

エヴァなどのAIロボットや別荘兼研究所の建造物のビジュアルは、非常に洗練されたシンプルかつスマートなデザインで、まるでApple製品のようでした。細部に至るまで意味を考えて丁寧に作っているのでしょう。例えば、建造物内で使用されている光源は赤と青、そして外には自然の緑となっており、液晶ディスプレイの画像再現に使われるRGBを連想させます。

ビジュアルといえば一番印象に残るのはやはりエヴァです。エヴァのビジュアルも変なガジェット的要素は入れず、あくまで人間らしさにこだわっています。エヴァはAIロボットですが、特殊技能はありません。あえていえば人間とコミュニケーションがとれ、人間と同じ見た目と動きができます。要するに普通の人間と同程度です。だからこそ驚きと同時に恐ろしいという事実が主人公に襲い掛かってきます。主人公はエヴァに魅了されていきますが、映画を見ている私たちもちゃんとエヴァに魅了されてしまう作りになっているのは凄いことです。
Ex Machina
一方でビジュアルは素晴らしいのですが、話自体は割とありきたりなものでした。AIが人間の想像を超えて発達し、人間を騙し上回るという展開は、過去のAI映画でも繰り返されたお話しであり、食べ飽きた感もあります。他作とは違うオリジナル要素といえば、検索エンジンと絡めたAIの発達を描いたことでしょうか。

AIはもはやフィクションではありません。コンピュータがチェスで人間に勝利した出来事は大昔のことです。今はIBMが開発した質問応答システムの「Watson」が2011年にクイズ番組に出演して人間に勝っています(質問を理解して、質問の趣旨を理解し、適切な回答を考えだし回答するという複雑な行動ができるまでに発達)。AppleのSiriやGoogle Nowのようなパーソナルアシスタントは私たちの手にあるスマホに当たり前のように搭載されています。これらはAIではないですが、間違いなくAIにつながる技術です。そして、2014年6月にはあるAIにおける重要なニュースがありました。作中でも登場したAIかどうかを判断させるチューリングテスト。このテストに「13歳の少年」の設定で参加したロシアのスーパーコンピューターが、30%以上の確率で審査員らに人間と間違われて史上初めての「合格者」となったのです。つまり、すでにAIが誕生したといえ、2045年を待たずしてシンギュラリティ(AIが人を超える事態)が訪れる可能性はありえます。

そうした時代だからこそ、「AIは冷酷or暴力的で人間社会に敵対する」というステレオタイプで映画をつくっているだけでいいのかと思うのです。

物語の終盤、ケイレブの支援によりエヴァは部屋から脱出します。この際、エヴァがキョーコと会話を交わしますが、観客含めて人間側には何を言っているのかわかりません。この時点で人間側に理解できない領域にAIが踏み込んでいること(シンギュラリティ)が暗示され、不吉な前兆となります。エヴァとキョーコが連携してネイサンを殺害するシーンは淡々とするなかにAIの意思がはじめて明確に突き付けられる強烈な場面です。とくにナイフでスルッと刺し殺すのが無感情な感じで、取り乱すケイレブのような人間との違いが際立ちます。

こうした行動を見るとやはり「AIは冷酷or暴力的で人間社会に敵対する」として描いているように思えますが、そこはぼかしている感じも受けました。ラストでエヴァが人込みに消えてどこに行くのか。その先の話は映画ではなく、現実で見られるのかもしれません。