アノマリサ
映画『アノマリサ』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Anomalisa
製作国:アメリカ
製作年:2015年
日本では劇場未公開:2016年にDVDスルー
監督:デューク・ジョンソン、チャーリー・カウフマン

【個人的評価】
 星 5/10 ★★★★★
 

あらすじ

ビジネスで成功をおさめ著名人でありながら、私生活でも妻子に囲まれ恵まれた人生を送るマイケル・ストーン。しかし、実は日常に退屈さを感じており、すべての人間の声が同じに聞こえていた。そんなある日、講演のためシンシナティを訪れたマイケルは、他とは違う「別の声」を持つリサという女性に出会う。

ネタバレなし感想

大人向けストップモーションアニメ

本作『アノマリサ』は鬼才脚本家チャーリー・カウフマンが監督・脚本を手がけたストップモーションアニメです。このアニメは、他作品とは異質な要素がいくつかあります。

まずクラウドファンディングの「KickStarter」で集めた資金で製作された作品ということ。そして、なんといってもR15指定作品だということです。内容は完全に大人向け。ドラマも描写もです。ストップモーションで男女のセックスシーンを、しかもかなり長々とリアルに描いてます。もはやR18でもいいくらい。他にも、そこをリアルに描くのかと驚くシーンが多々あり、新鮮です。

その独創性が評判を呼んだのか、本作は第88回アカデミー賞長編アニメーション部門にノミネートされました。

物語の雰囲気は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』に似ています。大人向けの作品という意味でもそうですし、映像演出も共通点があります。

本作は前述したとおり世界で高い評価を得ているアニメーションであり、実際に観ても「こんなストップモーションアニメは見たことない」と思える一品です。観て損はない素晴らしい魅力が詰まっています。 

しかし、実は私たち日本人にはちょっと「あれっ」となる要素が、それも重要な場面で目に飛び込んできます。たぶん海外の人はわからないから評価に影響しなかったのでしょうが、さすがに日本人は気になる…のでは? それがなんなのかは、映画を見てみることをおすすめします。







↓ここからネタバレが含まれます↓





リアルと非リアル

本作はストップモーションアニメと侮るなかれ、表現がとにかくリアルです。ホテルについてからの主人公マイケルの行動もいちいち細かい。まさかトイレの場面まで描くとは…生活感ありすぎです。

このリアルを実現した技術と努力は素晴らしく、なんといってもCGではなく全部実際に作って、動かしてるわけです。以下のメイキング動画で凄さの一部が垣間見れます。



リアル志向の本作ですが、唯一リアルではない描写がです。マイケル以外の道行く人、従業員、妻、子ども、皆が同じ声なのです。マイケルとリサの登場人物以外は男も女もTom Noonanという人がひとりで声を演じています。本作は最初と最後(エンドクレジット)も声が流れており、主人公はノイズに終始苦しめられます。声だけでなく、マイケル以外の登場人物は顔も同じでいかにも作り物っぽいつなぎ目が目立ちます。本作は人形からなるストップモーションアニメの特性を上手く物語にも活かした巧みな脚本です。マイケルがシャワーに入っているとき、彼自身の顔がとれそうになりますが、これは彼自身までもが人形になりそうになるという描写なのでしょう。

そんなマイケルが人形になりそうになる瞬間、今までとは違う他者の声を聞きます。それが「別の声」を持つリサという女性であり、彼女のことを自身の著書に登場する「anomaly(“例外的な人、異常”の意味がある)」という単語と「Lisa」という名前を合わせて「Anomalisa」と呼び、愛し合うようになります。離婚を決意し、リサと二人で暮らすことを提案するマイケルに、リサもOKと返事をします。しかし、リサの食事のしかたや癖が気になりだすと、なんとリサの声までもみんなと同じ変わり映えしない声に…。

Anomalisa

本作は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』との共通点も多いです。主人公がラストを除きすべてのシーンで画面に映っているということ、主人公が他者にはわからない謎の幻覚的症状に苦しめられているということ、文字通り顔がとれるといった唐突に入るファンタジー演出…。

この映画は基本的に救いのない話であり、大人の無力感が全面ににじみ出るアニメです。

桃太郎の歌の意味を考える

元カノと再会するも喧嘩別れしたマイケルは“大人の”おもちゃ屋に吸い寄せられるように入っていきます。そこにあったのはなんと日本の芸者の姿をした人形(からくり人形っぽい見た目)。一体なぜこんなところに…明らかな場違い。絶対に性的な目的には使えない、というかむしろ怖いです。

以降は、私も物語の急展開に引き込まれ、芸者人形のことをすっかり忘れていましたが、物語終盤、家に帰ってきたマイケルが息子に渡したお土産はあの芸者人形! まさかのキーアイテムでした。こんなの子どもに普通は渡さないでしょう。

そして、この芸者人形は歌い出すのです(やっぱりからくり人形だったのでしょうか)。ここでさらなるツッコみポイントが。その人形が奏でる歌がなぜか『桃太郎』の歌なのです(「も~もたろさん、ももたろさん♪ おこしにつけたきび団子…♪」)。

ここで人形が歌を歌い、主人公がうなだれるシーンの意味はわかります。他者の声が全て同じに聞こえ、何者かも理解できなくなったマイケルの前に、かつてのリサのように「別の声」で人形が歌う。彼にとって人間も人形も同一になってしまった虚しさがマイケルを襲います。

でも、なんで『桃太郎』の歌なのでしょうか。IMDbによれば『桃太郎』は天国から遣わされた少年の物語と紹介されてますけど、さすがに違うでしょう。これもやっぱり製作者の日本知識の雑さなのか?

しかし、このままじゃつまらないので私はあえて考察してみることにします。桃太郎は日本人には常識ですが、川から流れてきた桃から生まれた少年の物語です。ところが、実は桃太郎の出生には諸説あって、桃を食べて若返ったおばあさんとおじいさんとの間にできた子どもだとか、川から流れてきた若い女性とおじいさんとの間にできた子ども(桃は若い女性の隠喩)という話もあるのです。昔は桃は生(性)を象徴する果物として扱われていたようで、つまり『桃太郎』は性から始まる童話だと言えなくもない。『アノマリサ』に話を戻すと、マイケルは退屈な日常を紛らわすために性に逃げてばかりでした。そんなマイケルに人形が性の話である『桃太郎』を歌うというは強烈な皮肉になります。

そこまで製作者は考えていたのかなぁ…。

「アノマリサ」は日本語?

この芸者人形&桃太郎で終わりません。『アノマリサ』最大の日本人ツッコミポイントがラストの超重要シーンで待っていました。

リサがマイケルにメッセージを綴る場面でこんなことを語ります。
「アノマリサ」を和英辞典で調べたら“天国の女神”(Goddess of Heaven)という意味ですって。私は女神じゃないけれど…面白いでしょ。
えっ、私は日本人だけどそんな言葉知らない…と誰もが思うところ。これもIMDbによれば「天照(あまてらす)」のことを言っているのではないかと書かれていましたが…“天国の女神”という意味ではありません(女神ではあると考えられていますが)。まあ、“天国の女神”という意味だったとしたにしても、「あのまりさ」と「あまてらす」は似ているとはいいづらいですよ…。

この日本要素の素直な違和感というか誤用は、ここまで積み上げてきたアダルトな映像や物語を急に雑な印象に変えてしまっています。それまで「良いアニメだなぁ」と見ていたのがラストに来て「あれっ…」となる感じ。まさにリサという新しい女性と意気投合して人生に楽しさを感じ始めた矢先に失望を経験した主人公と同じ気持ちです。

いや、それが狙いなのか? リサは結局アホな女でしたということなのか? 私たち観客もマイケルと同じ境遇を体験させているのか? 実はここまで意図的に計算されたものなら凄い作品ですけど。

深く考えるのはよそう、ため息交じりに私は思うのでした。