この世界の片隅に
原題:この世界の片隅に
製作国:日本
製作年:2016年
日本公開日:2016年11月12日
監督:片渕須直

【個人的評価】
 星 10/10 ★★★★★★★★★★
 
あらすじ

戦争真っ只中の昭和19年、故郷の広島市江波から20キロ離れた呉に18歳で嫁いできた女性・すずは、のんびりした性格で失敗を繰り返して周囲に呆れられつつも、得意な絵描きをしながら前を向いて日々の暮らしを生きていた。しかし、そんなすずにも、日に日に激化する戦争は牙をむく…。

素直な傑作

本作『この世界の片隅に』、ズバリで言ってしまえば、2016年のアニメーション映画のなかで個人的にベスト。ナンバーワンです。

本作の魅力は説明しづらいものです。さぞかし製作側も宣伝しにくいでしょうね。

君の名は。』のように映像的な美しさや扇情的な展開で押しとおす作品でもなければ、『映画 聲の形』のように道徳的な深いテーマに踏み込んで揺さぶる作品でもありません。また、現代社会に将来へ向けての新しいビジョンを提案した『ズートピア』とも全く異なります。

でも、これら作品には絶対ない良さがある…それは私なりに言葉にするなら「素直さ」といったところでしょうか。先に挙げた3作品はエンターテイメントとしても映画としても完成度の高い作品ですが、ゆえに人工的な感じがする。「練りに練って作りました」感が漂っているように見えます。もちろん、これらの作品はそれで良いんですが。

一方の本作『この世界の片隅に』はそうじゃない。素なんです。ある時代の懸命に生きる人々の日常がそのまま描かれるだけ。だからこそ、いかにもな感動ポイントも、鋭利な社会的メッセージも、洗練された脚本のトリックもない…でも、心には響く。

下手したら平凡なほのぼの日常モノになりかねないんですが、確かにそのとおり。

本作の片渕須直監督の前作『マイマイ新子と千年の魔法』(2009年)は同じく似たような日常描写が続く作品でした。こちらのほうは、私が観た感想としては、正直、良く出来た佳作ぐらいにしか思ってなかったです。


しかし、本作『この世界の片隅に』をここまで傑作たらしめているのは、2つの理由があるように思います。

1つ目は、観やすさです。まるで4コマ漫画のようにテンポがいい。原作漫画がまず1ページ内で起承転結がはっきりしているので、映画もそれを引き継いでいます。セリフなど情報量が多いのですが、あまり気になりません。何回でも観返したくなります。

2つ目は、主人公・すずの魅力。原作漫画は柔らかいタッチでコミカルに描かれており、すずのキャラクターはとくにゆるいです。原作でもじゅうぶん魅力的ですが、映画では声優をつとめた“のん”の演技が絶妙です。もう演技というか本人そのものでしょう。つくづく作品にフィットするととんでもない爆発力を発揮する女優だなと思います。

この2つの要素がリアルとフィクションを見事にマッチさせて、素晴らしい化学反応を起こしたからこその本作です。しかし、これだけだと傑作なほのぼの日常モノになってしまいますが、私は日常モノとしては解釈しませんでした。むしろ、クリエイティブを題材にした、創造力の大切さを謳っている映画にみえました。似たタイプだと『風立ちぬ』でしょうか。ただ、『風立ちぬ』は戦闘機設計というちょっと一般には理解しづらい世界だったのに対して、本作『この世界の片隅に』は普通の一般女性の話で、日常に息づく創造力を描いたもの。だから観やすさも相まってとても共感しやすい作品に出来上がっています。

本作は戦時中が舞台の作品。戦争を題材にした作品といえば、『火垂るの墓』や『はだしのゲン』などが有名ですが、そういうあえて言うなら“キツイ”内容ではないです。観るのに覚悟はいりません。気軽に観れます。

笑いながら日常における創造力の大切さに気付ける…2016年必ず観てほしい一作です。





↓ここからネタバレが含まれます↓




この世界の片隅に、誰でも居場所はある

物語序盤、学校時代のすずが水原哲の代わりに広島の海の風景を描くシーンで水原が言うセリフ…「出来てしもうたら帰らにゃいけんじゃろうが。こんな絵じゃ海を嫌いになれんじゃろうが」。

私がこの映画を観た感想も同じです。こんな素晴らしい作品を観せられたら、この時代を嫌いになれないですよ。いや、もちろん戦争は嫌です。タイムマシーンがあったとしても、この時代に戻りたくはない。戦争といい貧窮といい、現代とは比べものにならないくらい、この時代はツライはず。でも、私たちはこの作品で描かれるような前向きさで日常を生きていけているだろうか…つい考えたくなります。

本作の日常が嫌いになれない、むしろ好きになってしまう理由の中心にはもちろんすずというキャラクターがいます。実際に、すずの存在が劇中の人々を前向きにしていきます。すず自身は自分には何の取り柄もないと思っていますが、唯一の特技である“絵を描く”という行為が鍵になっていきます。これが漫画やアニメーションというものとメタ的に重なってなんとも意味深い。クリエイティブの力が、ありのままの世界を映し出し、辛い日常も華やかにさせ、その世界で生きる人を励ます…あらためて創作力の良さを実感します。
この世界の片隅に
本作は時代考証が徹底しています。戦時中のあの時代の文化や風習といった庶民の暮らしが細かく克明に描かれています。これは原作漫画の時点ですでにしっかりした考証がなされており、原作者・“こうの史代”の尽力の賜物といえますが、片渕須直監督がそれに輪をかけて時代考証を極めることで完成度が格段に上がっています。また、片渕須直監督は航空機に造詣が深いということもあり、戦闘機や戦艦など軍事関連の描写が非常にリアルです。

ただ、この時代考証も、観客側が知っている必要は基本的にないものばかりなので観やすさに影響はないです。それどころか裏側から本作を支えることで、本作の日常の説得力に価値を持たせています。時代考証が精密であるゆえに私たち現代人にはわかりにくい文化や用語も多いですが、映画を見て気になった人はぜひ原作漫画を読みましょう。しっかり用語が解説されています。例えば、すずが妊娠か?と思いきや、実は違ったというくだり。原作では栄養不足による「戦時下無月経症」として説明があります。 すずは想像以上に苦しい生活にさらされていたんですね。


まあ、とにかく普通に時代の暮らしをテンポのよい描写で見れるだけでも面白い作品です。こういう風にこの時代について知りたいと思わせれば、本作はじゅうぶん意義ある成功をなしたといえるのではないでしょうか。

普通の物語は辛い出来事があるとトーンが下がるものですが、それがないのも本作の特徴です。憲兵に捕まったり、兄の戦死でさえも笑いがあります。観ているこっちとして「えっ、そこで笑えるの?」とちょっとギョっとするくらいです。隣町で原爆が投下されても日常が淡々と繰り返されるのは不思議な印象でした。劇中で流れるコトリンゴの音楽も、本作の日常との向き合い方を象徴するような素晴らしいBGMでした。


そんなすずの心を打ち砕く暴力として襲いかかるのは、黒村晴美の死と敗戦。黒村晴美の死に対しては白昼夢のような最後の創造力を振り絞って前に進みますが、片腕を失い絵が描けなくなった状態での敗戦の知らせには、感情を爆発させて泣き喚くしかない。でも、ちゃんとすずは前に歩むのを再開する。絵を描くという創造力を失ったすずですが、いつのまにか妻として母として成長していました。これこそ新しい創造力であり、子ども時代の創造力からの卒業なのかもしれません。日常と創造力は変わるものだけど、セットとして傍に常にあるんですね。

たとえどんなに自分をとりまく環境が辛くても、自分がちっぽけな存在だったとしても、創造力しだいで人生はこんなにも美しく見える…自分の生きる日常もなんだか綺麗にみえてきました。